表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空を越えて  作者: 飛燕
14/21

第十四話:想い出の花――夢――

 ――この花は……あやめ? 青紫の花弁を遠慮がちに開き、微風に揺られている。

 何故あやめを見ているのか、何故こんな所――月明かりの差す雪原――に咲いているのかは気にならなかった。

 辺り一面に雪が降り積もっているが、花の周りだけはポッカリと穴が開き、丁寧に手入れがされている。

「――大事にしてるんだね」

 最初からそこに居た様に、哀しそうな表情の悠希が優しく花を撫でる。

「羨ましいな」

「羨ましい?」

 返事の代わりに笑顔を返す悠希。

「この花はね、コウちゃんの想い出なんだよ」

「花が想い出? どういう意味だ?」

「このままじゃダメ。この子、寂しがってるよ?」

「なあ、悠希。さっきから言ってる意味が分からないぞ? 説明してくれないか?」

 その問いに答える事無く、静かにこちらに向かって歩いてくる。

 そしてピタリと足を止め、オレの胸の辺りに手を添えた。

「コウちゃんは分かってる筈だよ。ただ、知覚してないだけ」

「……悠希は知ってるのか?」

 小さく首を縦に振り、ゆっくりと歩きだす。

「どこに行くんだ?」

「みんなの所」

「じゃあ、オレも――」

 悠希に続こうとしたが、根が生えた様に足が動かない。

「みんな――光ちゃんも待ってるよ」

 必死に足を動かそうとしている間にも、悠希はどんどん歩を進めていく。

 ただ遠ざかっているだけだが、恐いほどの不安と疎外感が全身に広がっていった。

「ま、待ってくれ――」





「っ!」

 辺りを見回すと、広々とした寝室が視界に入る。

 ――夢か……。

 枕元に置いてある携帯で時間を確認すると、まだ六時を回っていなかった。

 心臓の音と荒くなった自分の呼吸音だけが、鼓膜を刺激している。

 ……ここはどこだ? 明らかにオレの寝室とは違う、白と水色を基調とした部屋。

 映画で見る様なでかい窓、一人で寝るには余りにも大きいベッド。

 ……ん?

「っ!」

 何気なく布団を捲ると、ちょうど腰の辺りで人が寝息を立てていた。

 これは……悠希だ! 何で悠希が一緒のベッドで寝てるんだ!?

 いや、今は現状からの脱出が最優先だ。起こさないようにそ〜っと――

「ん〜……あ、おはよう、コウちゃん」

「……」

 健闘虚しく、寝呆け眼の悠希の笑顔が炸裂する。そして眠そうに欠伸をもらし、目を擦りながら口を開く。

「昨夜は燃えたね〜」

 ナニ!? 一体何があったんだ!?

「あ、あの……」

 いつのまにか喉がカラカラになっていた。思うように声が出ないが、ここはきちんと確認しなければならない。

「昨夜何したっけ?」

「え? 覚えてないの?」

 自分でも分かるほどぎこちなく頷く。すると不思議そうな表情を浮かべ、ん〜と考え込む仕草を見せる。

 そして突然ハッと悲愴な表情を造り、目尻に涙を溜めた。

「ひどい! 忘れちゃったの!? 私初めてだったのに!」

「!?」

 今なんて? すげー事言ってなかったか?

 いや、オレは何も――

「きっりゅう殿〜、おっはよ〜!」

 突然ドアから飛び出した沙羅が、朝からありえない程の大声とテンションで宙を舞った。

「ごふっ」

 容赦ない頭突きが肺に入り、自分の意志とは関係ない息が漏れた。

 そして、そのまま小柄な身体からは考えられない力で抱きついてくる。

「さ……沙羅」

「会いたかったでござるよ〜」

「ちょ、ちょっと沙羅ちゃん! 朝の夫婦の営みを邪魔しないでよ!」

「ふぇ? 緋村殿?」

 チビッ子二人が至近距離で視線を絡める。どうでもいいから、早く退いてほしい。

 こんなところを誰かに見られたら――

「サイテー」

「……」

 見られた。それも最も見られてはいけない二人に。軽蔑と怒りに満ちたミサ。

「……」

 そして悲しみと不審に満ちた光。二人は仲良く寝室のドアの前に立っていた。

「あの、これは……」

 どう説明すればいいんだ? 一晩を共に過ごした悠希と朝から熱烈抱擁の沙羅が、ベッドの中でオレの両サイドを支配している。

 ――ダメだ。オレが見ても誤解が正解に変わりかねない状況だ。

「あ、ミサちゃんに光ちゃん。おはよう」

「おっはよ〜」

 オレの苦悩を他所に朝の挨拶を済ませる二人。どうやらここから退く気はないらしい。

「おはよう。朝からお盛んね」

「や〜ん、恥ずかしいけど嬉し〜い」

「おさかん?」

 頬を朱に染め抱きつく悠希と、言葉の意味を理解出来ず小首を傾げる沙羅。その沙羅も悠希の行為に気付くと、負けじと顔をオレの脇腹に埋める。

 ――ああ、どんどん状況が悪化していく……。

「こんなロ○コン放っておきなさいよ。悠希、お風呂借りるわね」

「どうぞ〜。あ、私達も入ろっか?」

「あ、拙者も桐生殿と入る〜」

「――入るわけないだろ……」

 脱力したオレを無視するかの様に光とミサが廊下へと消える。

 ……終わった。しばらく誰も居なくなった廊下に目をやっていると、今度は慎が鼻歌を交えてやってきた。

「攻司〜、今ミサちゃん達が露天風呂の方に向かってたんだけど、一緒にのぞ――」

「行くわけねーだろ!」

「ちょ、ちょっとした冗談だよ。……ああっ!? その両サイドの女の子達は!?」

 その時、オレの中の何かが音をたてて切れた。続いて形容しがたい鈍い音と、慎の断末魔が鼓膜を刺激した。





「はぁ〜、朝からエライ目にあった」

 あの後沙羅から聞いた話では、昨日から緋村家に招待されたオレ達は深夜まで宴会(?)をしていたらしい。

 そして突然オレが眠気を訴え、悠希に支えられて宴会場を後にしたらしい。

 その後は部屋に直行し、何事もなかったと思いたい……。

「エライ目にあったのはボクの方だよ……」

 頭を泡だらけにした慎が泣きそうな顔で呟く。

「あはは、ごめんごめん。余りにもタイミングが悪かったからさ」

 プールかと思える程でかい湯槽に浸かり、両手両足を伸ばす。

 さすがに悠希の家は父親が大富豪だけあって、全ての規模がでかい。

「タイミングだけで人を殺そうとしないでよ」

「ば〜か、オレが本気になったら慎なんか数秒で――」

「コウちゃ〜ん、お背中流しにきたよ〜」

「悠希!?」

「えっ!? 悠希ちゃん?」

 胸まで隠したバスタオル一枚のみを身に纏い、ゆっくりと大浴場の――間違いなくオレの元へと歩いてくる。

「ここは男湯だぞ!?」

「ふふふ〜」

 ……いや、本当は全く問題ない。なぜなら光以外は知らないが、悠希は列記とした『男』だ。

「いらっしゃいませ! 男湯へようこそ!」

 どこかで聞いた事があるフレーズで慎が悠希に駆け寄る。

「はうっ! 目にシャンプーが! ――うわ!」

 びっくりするくらいコテコテな、『石鹸を踏んで転ぶ』というのを実践してみせる。

 普通なら心配する場面だが、まあ慎だし。

 ――ん? なにか忘れてるような……。

「コウちゃん……」

 ――これだ。

 いつの間にか距離を詰めていた悠希の熱を帯びた瞳が、距離にして二〜三歩程の位置にあった。

「くっ、来るな!」

「だ〜め、私が隅々まで綺麗にしてあげる」

 今までの経験上、悠希から逃れる事は不可能。小さい頃からやっている『柔術』によって鍛えられた握力と反射神経。オレも小さい頃は一緒にやっていたが、一度も正式な試合で勝ったことがない。

 ここまでか――


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ