第十三話:想い出の花――転入生――
「今日からこの泉稜学園に通うことになりました、緋村悠希です。
趣味は読書と料理で、好きな食物は――」
黒板の前で淡々と自己紹介をする悠希。
そこから距離にして机六つ分離れたところでは、光と攻司がこそこそとやり取りをしている。
「いいか、光。悠希の質問には常に注意するんだ。絶対必要以上に今までの事は話しちゃダメだぞ?」
「う、うん。でもせっかく再会できた幼なじみを、そんなに怪訝にしなくても……」
「光は優し過ぎるんだよ。この場合、悠希に対しての優しさはオレへの攻撃になる。それも致命傷の。
特にここ最近の沙羅との接触の詳細を知られたら……」
そこまで言うと再び顔を青くし、ブルブルと震えだす。
そんな攻司を必死に宥める光だったが、教師の呼びかけにハッと前を向き、小さく返事をする。
「春日、悪いが席を代わってくれないか?」
「え? 私ですか?」
「ああ、緋村がどうしても桐生の隣に座りたいと言っていてな。
なんでも幼馴染らしいじゃないか。そうだろ? 桐生」
「はい、まあ……光もですけどね」
「え? 緋村、そうなのか?」
「あれ〜? そうだっけ?」
頬に人差し指を当て首を傾げる。
それを見た男子は何故か顔を赤らめている。
「相変わらず光に対しては厳しいな」
「うう……」
「まあ、三人が仲良しなのは分かった。で、春日。代わってくれるか?」
「は、はい」
「ありがと、光ちゃん」
先程までは若干渋っていたが、いざ悠希が近くにくると笑顔で席を譲る。
対する悠希はすれ違う際に軽く肩を叩き、意味深な笑みを送っていた。
「じゃあ春日は――とりあえずこの席に座ってくれ」
「そこ……ですか?」
担任が指し示した席は先頭のど真ん中、俗にいう特等席だった。
このクラスでは、あまりにも生徒が嫌がるので空席になっていた席だ。(形式上机と椅子はある)
さすがに後悔したかの様にチラリと元自分の席を見たが、
既に悠希が嬉しそうに座っていた為、泣く泣く特等席へ腰を下ろした。
「よろしくね、コウちゃん」
「分かったからあんまりくっつかないでくれ。視線が……」
抱き付かれた攻司には可愛い転入生を独り占めにするな、という視線が男子から送られている。
ちなみに牧村は先程の悠希の仕草でとろけていた。
「や〜ん、そんなの気にしなくてもいいのに。私達は将来を誓い合った仲なんだし」
「ぶっ!?」
割と大きめな声だったため、クラス中が騒めきだす。
「コラコラ、ホームルーム中だぞ。――と言っても今日の連絡事項は転入生の事くらいだ。
朝のホームルームはここまで。緋村に群がるのはいいが、一時間目には座っている様に」
日直が号令をかけ、担任が教室から出ていくと同時に、男子が悠希の元へと傾れ込む。
「悠希ちゃん! さっきの『将来を誓い合った仲』っていうのを詳しく!」
まず最初に飛び掛かったのは復活したての牧村。その目は不純ながらも輝いている。
「え〜? 聞きたい? 聞きたい?」
「うんうん!」
牧村を筆頭に攻司を除く、クラスの男子全員が一致団結している。
「ね〜コウちゃん。教えてもいい?」
「教えるって言っても、そんな事なかっただろ?」
と言いつつも目を泳がせ汗を垂らしている。
過去の話を暴露される事よりも、何か裏があるのでは、という事に怯えている様子だ。
「あ〜、ひど〜い。忘れちゃったの? コウちゃんが私にプロポーズした事」
「だ、だからそんな事してないって。デタラメ言うなよ」
「ちゃんと証拠あるよ?」
「え?」
数秒前までは一応平静を装っていた攻司だが、今はそれを忘れたかの様に動揺を露にしている。
傍目から見ると少し可哀相とさえ思えてくる。
「いい? よ〜く聞いてね?」
そんな攻司を尻目に懐からテープの再生機を取り出しスイッチを押す。
『ケッコンしよう』
『え!? コウちゃんいまのホント!?』
『うん。キリュウコウジはヒムラユウキをあいしている』
『キャー! うれしー! ふたりでしあわせなかていをつくろうね?』
『うん、しあわせになろう』
「ね? 言ってたでしょ?」
満足気に頬を赤らめる悠希に対し、攻司を除いたクラスメイトはポカンと口を開け唖然としている。
ちなみに攻司は青ざめて微動だにしない。
「今のって……」
「攻司の声?」
「うん、そうだよ?」
その返答に再びザワザワと騒ぎだす。原因はテープから流れた声だ。
現在攻司は高校二年生の十七歳。
当然声変わりも済ませ、年相応の声になっている。
しかし、テープの声は今と比べると遥かに高く、性別すら分からない。
「攻司の声に聞こえたか?」
「いや、ちょっと……」
「え〜? 間違いなくコウちゃんよ。ね、コウちゃん?」
何故かその問い掛けに答える事無く硬直している。
視線を泳がせ、何かを考えている様だ。
「……みんなは信じてくれるよね?」
「信じるって言ってもな……」
「さっきの声じゃ判断しようがないよな」
「ボクは悠希ちゃんを信じる! ――あれ? でも信じちゃったら攻司とフィアンセ? う〜ん……」
再び牧村を含めた男子が騒めくと、今まで溌剌としていた悠希が次第に泣きそうな表情になっていく。
「ひどい……みんなは私を信じてくれないの?」
「ぐはっ」
「うぐっ」
身を捩り子猫の様に泣きだす姿に、何故か男子が悶えだす。
しかし、行動とは裏腹に、顔は弛みきっている。
平たく言うと嬉しそうだ。
「こ、攻司! こんな可愛い子を悲しませるとは何事だ!」
「男として恥ずかしくないのか!?」
「悠希ちゃん、ボク達はキミを信じるよ!」
「みんな……」
涙を浮かべ喜ぶ悠希の横で攻司が大きな溜め息を洩らす、そして覚悟を決めた様に口を動かす。
「……分かった、話すよ。あれはオレ達が幼稚園児だったころ――」
「ねえ、コウちゃん。わたしのことすき?」
ここは泉稜学園幼等部。幼い子供達が遊具で遊んでいる中、
二人の園児――攻司と悠希――が向き合って座っている。
「う〜ん、よくわかんない」
「じゃあさ、『ケッコンしよう』っていって」
「ケッコンしよう」
「じゃあ次は『うん。キリュウコウジはヒムラユウキをあいしている』っていって」
「うん。キリュウコウジはヒムラユウキをあいしている。……あれ? ボクが?」
「よけいなことはいわなくていいの。さいごにきもちをこめて『うん、しあわせになろう』って」
「うん、しあわせになろう」
「――っつーのを悠希がテープレコーダーで録っていたらしい」
悠希を含めた一同の頭に『……』が浮かぶ。
そして何を思ったのか、その中の一人が無言で攻司の頭をグーで殴る。
「いてっ。なにすんだよ?」
それに続いて隣にいた男子も同じように殴りだす。
「いてーって。だからなんだよ?」
さらに続いて前後左右の男子が拳を振るう。
皆笑顔に見えるが、それを超越する怒りオーラを発している。
「とりあえず殴られろ」
「ああ、殴られるべきだ」
「いてっ! 今のはマジでいてー!」
「ウルサイ! オレ達の心の痛みに比べれば屁みたいなもんだ」
「屁もある意味いてーだろ!」
「止めて! 私のコウちゃんをいじめないで!」
さらに威力を増すリンチに突然悠希が割って入る。
それを見た男子は魔法にでも掛かったかの様にピタリと止まる。
「で、でも……」
「いいの……コウちゃんには今を生きてほしいの。だから……」
「だったら妙なモノを持ち出すな」
言った瞬間殺意のこもった視線が集中するが、それも悠希の儚げな表情により打ち砕かれる。
「コウちゃん。これから一緒に幸せになろうね?」
「……」
沙羅に散々戯れつかれた後の様に、グッタリと机に潰れる。
その間も男子からの攻撃的な視線は止む事はない。
今初めてこの光景を見たら、大半の人は『いじめ』と思うだろう。
「あ〜……授業始まってるんだがな……」
そんな荒れた教室に、一時間目の数学教師の声が虚しく響いた。