第十一話:過去からの刺客――多難――
「――っ!?」
「おっ?」
閃光により一時的に奪われた攻司達の視界が回復し辺りを見渡す。
しかし、目に飛び込んできた光景は、数秒前まで居たものとは明らかに違っていた。
怪鳥によって吹き飛ばされたはずの部屋の上半分や、
部屋の真ん中に空いたはずの巨大な穴が何事もなかったかの様に存在している。
今部屋に居るのは攻司と光そして沙羅。その三人がテーブルを囲む様にして座っていて、
テーブルの上には光が用意した沙羅への食事の残骸が置かれている。
つまり怪鳥に強襲される前の状態――沙羅を尋問していた時――に戻っていた。
その光景にしばらく呆然としていた攻司が、はっと我に返り、
未だ魂が抜けているかの様な光の肩を揺さぶる。
「光! おい光!?」
カクカクとマリオネットの様に揺られる光だが、依然戻ってくる気配はない。
「起きて〜! ひっかり〜ん!」
それを見かねた沙羅が突然叫び、光の頬に平手打ちを決める。
その際にテーブルから落ちた食器が割れる音と、気持ちいい程乾いた音が部屋に響き渡る。
「――えっ!? ……えっ!?」
「うぇ!? お……さ……な、何してんだよ!?」
突然の暴挙にでた沙羅が先程の光と同じ様に――とは言い難い程強く揺さぶられる。
沙羅の攻撃によって目が覚めたのか、叩かれた左の頬を押さえ目をキョロキョロさせている。
「あわわわっ。ひ、ひかりんが戻ってきたんだから良いではないか〜」
「他にも方法あるだろうが!」
「コ、コウジ君! 大丈夫だから、その子を放してあげて」
擦っていた手をどけ、努めて平常を装う。
しかしその頬には綺麗な紅葉マークが付いていて、見ているだけでも痛々しい。
「で、でも」
「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だし、
沙羅ちゃんも悪気があったわけじゃないみたいだし……ね?」
「ん〜……光がそう言うなら」
渋々と沙羅の胸倉を掴んでいた手を放す。
開放された沙羅はふう、と息を整え笑顔を見せる。
「さっすがひかりん! 話が分かるでござるな〜」
全く反省していない沙羅に再び掴みかかろうとする攻司だったが、光の無言の制止に何とか留まる。
「あ〜もうっ。とにかく、沙羅はこれからオレと一緒に隊長の所まで行くぞ」
「え? コウジ君の上司さん? どうして?」
「ああ、さっきの沙羅の話にちょっと心当たりがあるかも」
「拙者は桐生殿と一緒だったらどこでも行くでござるよ〜」
そう言って猫の様に攻司の腕に擦り寄る。
「だ〜! 鬱陶しい!」
「おはよ、コウジ君。昨日はあれからどうなったの?」
朝のホームルームが始まる前の賑やかな教室。
珍しく早く登校した攻司の元へ光が歩み寄る。
「ああ、ちょっと込み合った事情があったみたいだったから、昨日は送り届けて帰っちゃったよ」
「え? そっか。……また、会えるかな?」
ぶっきら棒に言い放つ攻司とは対照的に、どこか寂しそうな光。
そんな表情に困惑するかの様に攻司が口を開く。
「あ、会いたいのか? だってあいつは光の命を狙ってたんだぜ?」
「それは冗談って言ってたよ。何だか面白かったよね、あの子」
「え〜? そうか〜? オレとしては鬱陶し――」
「きっりゅう殿〜!」
気だるそうに話す攻司の首元に背後から飛び掛る小柄な少女。
朝にも関わらず元気が溢れ出ているかの様だ。
「な!? なんだ!?」
「あ……沙羅ちゃん!?」
その少女とは昨日初めて会ったとは思えない程フレンドリーな沙羅だった。
しかも昨日の忍び装束とは違い、攻司達が通う泉稜学園の中等部の制服を着ている。
「あっ、ひかりん。おっはよ〜」
攻司にくっ付いたまま、元気よく右手を挙げ朝の挨拶をする。
相変わらず身体のサイズに似つかわしくない程の大音量だ。
「うっせ〜! 耳元で大声だすな! ってか何で沙羅がここにいるんだよ!?」
「いや〜、あれから色々とあって、この学校に通う事になったでござるよ」
「はぁ!? 家に帰るんじゃなかったのかよ!?」
「心配無用っ! なんと隊長さんの所に居候する事に!」
ビッと得意気に親指を立てる沙羅。
「心配とかじゃなくて! ――とりあえず手を放せ!」
力尽くで沙羅の腕を剥ぎ取るが、流れるような動作で今度は攻司の膝の上にストンと座る。
「お前な〜」
「拙者は桐生殿の傍に居たいでござるよ〜」
「分かったから! 百歩譲って傍にいるのは許すから、とりあえず立ってくれ」
「もぉ〜」
明らかに不満そうな表情で立ち上がる沙羅。
攻司はここ数分で心なしかやつれた感じすらする。
そんな二人のやり取りを静かに見守っていた光が小さく笑う。
「な、何だよ?」
「ひかりん?」
二人の問い掛けにも答えず、ただクスクスと笑う。
その表情は何の嫌味もなく、純粋に二人のやり取りを楽しんでいる様だ。
「何が可笑しいんだ?」
「ひかりんって笑い上戸?」
「バカ、酒を飲んでるわけねーだろ」
手馴れたように軽く後頭部にツッコミを入れる。
そこでようやく光が沙羅に向かって話し掛ける。
「沙羅ちゃん」
「ふぇ?」
「これから、よろしくね」
光の満面の笑みに一瞬驚いたかの様な沙羅だったが、
言葉の意味を理解すると負けないくらいの笑顔で光に抱きついた。
「拙者、ひかりんもだ〜い好き!」
「ははは……」
一変して傍観者になった攻司が乾いた笑いを漏らす。
さらにげっそりとした攻司の表情は、これからの多難を暗示している様だった。
途中から展開が一変してしまった『過去からの刺客』でしたが、何とか終えることが出来ました。
友達に読んでもらったのですが、終わった後の第一声が『なにこれ?』でした(汗)
自分としても若干予定とずれてしまったので仕方ないかな、と思ってます……。
皆さんもこんな一言でいいので、感想やアドバイスを送って頂けるとありがたいです。
次は時空とは関係ない話にするつもりですが、よかったらそちらも読んでみて下さい。