第十話:過去からの刺客――回想――
「あの、これって?」
数日前の迷子の親探しから始まり、自分と似ている青年から渡された銀色のケース。
それを持って攻司が来たのは、殺風景で窓一つない広々とした一室だった。
その部屋では攻司を待ち構えるようにして椅子に座る金髪の少女がいた。
「違和感ある?」
ケースから取り出されたリングを少女に装着され、露骨に不安な表情を浮かべる。
先程から視線をそれと少女に泳がせ、カチャカチャと時計を回す様に触り、拳を握り締めては開いている。
「はあ、何かちょっと力が抜けたような……」
ぐにゃっと分かりやすく脱力してみせる。
その様子を青い瞳に映した少女は、容姿とは不釣合いな程大人びた表情で語りかける。
「ふふっ、気にしないで。人体に影響がある物じゃないから」
「ん〜? ……で、これと『強くなりたい』って言うのは、どんな関係が?」
「はい、説明書」
そういって再び銀色のケースから取り出されたのは、綺麗に畳まれた白い紙だった。
それを受け取った攻司が、開いてみてその文字の多さに絶句する。
「それ読めば大体分かるから」
「……」
「何? どうかした?」
「読めません」
「は?」
「だから、これ読めませんって。オレ英語苦手なんですよ?」
B5サイズの紙に余白が殆ど見えない程ビッシリと書かれた英文。
定期試験で常にギリギリの点数の攻司にとっては、子供の落書きと大差はない。
ちなみに他の教科も赤点一歩手前だ。それを聞き悲しみと哀れみの表情を浮かべ、大きなため息をつく。
「ま、要するに普段抑えられている人間の力を引き出してくれる装置、と思ってくれて差し支えないわ」
「へぇ〜」
無邪気な子供のように目を輝かせリングをいじる。
一仕切りそうしていたが、何かを思い出したかのように少女の方に向き直る。
「隊長、英語教えてくれません?」
隊長と呼ばれるには幼すぎる少女が、本日何度目かの深いため息をつく。
「私は忙しいの。お馬鹿さんに勉強を教えてあげる暇はありません」
「嘘だ〜。今だってオレが来るまで暇そうにしてたじゃないですか」
「……さ〜て、仕事仕事。はい、暇人は帰った帰った」
少女の身体に似付かわない大きさの机から、何かの書類を取り出す。
それをバサバサと振り『帰れ』サインを送る。
「暇じゃないっスよ。期末テスト近いから」
「どうでもいいから早く帰れ〜!」
「――殿! 三時の方向!」
「!」
沙羅の言葉に反応し三時の方向に向き直ると怪鳥が接近――していなかった。
「あれ?」
「あ、拙者から見て」
「を〜〜い!」
沙羅の位置を確認し、今度こそ指定通りの三時の方向(実際は攻司の六時の方向)には、
風を切り裂き滑空してくる怪鳥が数メートルの距離まで接近していた。
「あっちゃ〜」
特に悪びれた様子でもなく、むしろ楽しそうに目を覆う沙羅。
しばらくそうしていたが、攻司の叫び声(断末魔)が聞こえてこなかった為か、不思議そうに手をどける。
「おおっ!?」
驚愕の表情を浮かべ見る沙羅の視線の先には、右手で怪鳥のクチバシ鷲掴みにしている攻司がいた。
そして完全に静止状態になった怪鳥は、白い煙を出し徐々に姿を消していく。
当の攻司は、その様子をただ呆然と眺めるだけでピクリとも動かない。
「き、消えた……」
ようやく攻司が言葉を発したのは怪鳥が完全に姿を消してからだった。
そして間もなく、一つの雲もない青空に光の亀裂が入り始めた。
「な、何が起きてるんだ!?」
「綺麗でござるな〜」
緊張感のない沙羅が楽しんでいる間にも光の亀裂は広がっていく。
そして眩い閃光と共に、空であったモノが崩れ落ちる。
「あはは! あははは!」
「バカ! 何がそんなに楽しいんだよ!?」
「だって空が〜! あ〜ははははは!」
沙羅の笑い声が反響する中、太陽の光度を越える程の白が三人を包み込んでいく――