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三人娘(ともだち)

 幸がいじめられてていた事件から数日のときが流れた。なにやら、幸はあの三人と友達になったらしい。女の関係はよくわからないものだと、正義は思った。始めは仕返しのために幸と友人になったのではないかと疑っていたが、今のところその動きはない。当の本人もまったく問題ないといっているが、正義にはそれが、とぼけているのか、本心なのかを判断する材料を持ち合わせていなかった。なので、この問題に関しては不干渉を決め込むことにする。友達になったと聞いた日から数日は、幸に張り付いて警戒していたが、それももう疲れた。


「今日も空が青い」


 いつもどおり暇をもてあましていた正義は、ベンチに仰向けに寝そべり、時間をただただ浪費していた。縁側で日向ぼっこをする老人のように、雲の流れを追うだけの時間。正義はこの時間を好んでいた。誰にも干渉されていないことを好むようになったのは、この半年のことを考えれば当たり前なのかもしれないな、と自嘲的な笑いがでた。

 ここ数日、幸は屋上に来なくなった。あの三人組と仲良く授業に出ているようだ。放課後も連れ添ってどこかに遊びに行っているようだったので、心配するようなことはなかったが、最近少し屋上がいつもより静かになった気がしていた。

 十月になり風が肌寒くなってきたが、日差しはまだ強い。冬服を着込んでいたので、正義は秋の陽気にまぶたが重くなってきていた。数分まどろんでいたが、そのうち完全にまぶたが落ち、そのまま眠りにおちた。


「御剣君、起きてください。風邪引いてしまいますよ?」


 誰かに揺さぶられて正義は覚醒した。それなりの時間眠っていたようで、空は燃え上がるような赤に彩られていた。気温も下がっており正義は肩を抱え、少し振るえながら自分を起こした人物に目を向けた。


「おはようございます。どうかしましたか?」

「どうかしましたじゃありません! こんなところで寝ていたら風邪を引きます。それに、報告をしてくれないと欠席扱いになりますよ?」


 腰に手を当てながら憤慨している白衣を着た小さな女性は、この学園の保険医の如月涼子先生だ。初めての赴任がこの学園で、正義の監視を押し付けられた人物でもある。身長が正義の頭二つ分は低い。さらに童顔なのも合わさって、傍目には中学生に見えた。

 正義の目から見ても涼子先生はよくできた人であるように見えた。年齢が近いというのもあるだろうが、生徒からの人気も高い。仕事の手際もいい。この学園の中では、正義が心を許せる数少ない大人の一人だった。


「すんませんでした。取り合えず俺はずっとここにいましたから、出席扱いにしておいてください」

「……みんなと一緒に授業に出る気はないの?」

「俺がよくても周りが納得しないでしょう? この学園は、お坊ちゃんやお譲ちゃんばっかりなのは知っているでしょう? 俺みたいな奴と同じ空気を吸うだけでも不機嫌になる。とか、普通に言い出すような奴らばっかりなんですから」

「それなら、転校する方法だってあるのよ?」

「それはいいです。まだ、転校する気は起きてない」

「……そう。もう帰りなさい。喧嘩したらだめですよ?」


 涼子先生はそういい踵を返した。正義も大きく背筋を伸ばし家にまっすぐ歩を向けた。ベンチで長時間寝たおかげで、体の節々が軋みをあげ関節が音を鳴らす。幸は家にもう帰っているだろうかと、ふと思った。もし帰っていない場合、新たな母親、美幸さんと二人きりになってしまう。はっきり言って間が持たない相手だった。何かと話しかけてくるのだが、正義自身、話を広げるのが下手なので、どうしても二人とも黙ってしまう状況が生まれてしまう。何より厄介なのが、幸が家にいないと、正義の部屋にまでやってきて話をしに来ることだ。別段嫌っているわけではないが、めんどくさいと思っていた。

 どうやら幸は家に帰ってきてるようだったが、ほかに来客があるようだった。玄関には見知らぬ靴が三足ある。見たところ女物なので自分には関係ないと、正義は自室の扉を開けた。


「やぁ、お帰り正義」

「な、なんで、御剣正義。あなたがココに来るんですの!」

「なんでって、ココは俺の部屋だからだ。お前も、人の枕抱いてんなよ」


 部屋の扉を開けると、机を中心に幸とこの前の三人組が座っていた。この間、幸をいじめていたリーダー格っぽいお嬢様言葉を話す少女は、正義のベッドの上で枕を抱きながら内巻きにカールした髪をいじっていた手を止め驚いているようだ。黒髪ストレートと癖毛のショートの取り巻き二人も座布団の上に座って正義の登場に驚いている。靴の人物はわかったが、なぜ正義の部屋に集まっているのかよくわからない。見たところ部屋をあらされてはなさそうだ。机に教科書とノートが開かれているところを見ると、勉強をしていたようだった。


「幸、説明を求めようか」

「構わんよ」

「何をしている」

「勉強会」

「なぜ俺の部屋でやっている」

「美香君が教科書を忘れてな。君のを借りようと思って、結局そのままここでしている」

 

 目を向けると、美香とは枕を抱いていたお嬢様言葉の少女のようだ。正義と視線が交差すると美香は形が変形するほど枕を強く抱きしめた。綿が寄ってしまう。と、どうでもいいことを考えながら幸に視線を戻した。


「そうか、なら出て行け」

「いいではないか、移動は面倒だ。ココでするよ」

「お前たちは俺の生着替えを見たいのか?」

「私は一向に構わん。それに聞きたいこともある」

「……勝手に着替える。その間に用件を聞こう」


 少女四人を前に正義は気にする風もなく、衣服を脱ぎ始めた。学園指定の制服をハンガーにかけ、クローゼットからシャツを取り出し、スラックスからジャージに着替えようとベルトに手をかけたのだが、飛んできた枕によってさえぎられてしまった。


「あなたは、部屋に女性がいるのになぜ、裸になるんですの!?」

「裸って、下に何もはいてないわけじゃない。それに肌着だって着ている。今時、男の下着姿見ただけでうろたえるなよ。ほかの三人は普通にし……てもないか」


 顔を真っ赤にしながら枕を投擲してきた美香に呆れていたが、よく見ると黒髪ストレートは顔を背けつつチラチラと伺っていた。癖毛は手で顔を隠しながらも、指の間から正義の体をしっかり凝視していた。幸は手で顔を隠してはいなかったが、少し赤面して視線が泳いでいる。着替えることは困難だと悟った正義は、取り合えず取り出したシャツだけ着る。周りは多少ソワソワと落ち着きがない様子だったが、正義はかまわず続けることにした。


「で? 幸は俺に聞きたいことがあるんだろう?」

「……そうだ。これは一体誰のものなのかね?」


 そういって幸が取り出したのは、小さな布切れのようなもの。よく見てみると赤にレースの刺繍が施されており、部分的に透けてしまいそうな薄さの大人向けの下着。正義には見覚えはなかったが、誰のものかは予想がついていた。


「お前は、人の箪笥を漁るのが趣味なのか?」

「そんなことはどうでもいい。君には女装趣味でもあるのか? それならば、私としては君の事を少し考えさせてもらわなければならない。いや、別にそういうことに偏見があるわけじゃないが、いやしかし、君にそんな趣味があるならば私は、でも、いや、どうなんだ?」


 自分から糾弾をはじめた割りに、なにやら混乱している幸。ほかの三人もこの話題には興味があるのか、食い入るように正義と幸を見ていた。正義はため息を吐き出しながら、その下着を幸から引ったくり、部屋の隅においてある小さな箪笥を引いた。中にはカラフルな下着がぎっしり詰まっており、すべて女性用のものだ。下着を折りたたみその中に収納して、幸達のほうに振り返った。


「めんどくさいが、説明しよう。俺に女装趣味はないし、この下着も俺の物ではない。質問は随時受け付ける」

「君は一人暮らしで、母親もいないはずだが、それなのになぜ女物の下着がある?」

「これは、俺の姉や、妹に当たる人たちのものだ。性格には元だが」

「君に、姉妹がいるという話は聞いたことがない。それにこの家にもそんな形跡はない。まさか正義私を謀っているのではないだろうな」

「……そうか、幸は俺の親父にあったことなかったな。お前の母親で六人目だ」

「は?」

「俺の母親になろうとした人達だ。それになぜかどの母親も連れ子がいた。兄弟姉妹お前を含め七人いる」

「ほかに誰もいないではないか、仮にいたとして何で衣服が残ったままなんだ?」

「さっき母親といったが、家の親父は一度も再婚していない。だから性格に母親ではない。今のお前と同じ状態だ。みんな、親父に惹かれてここにやってくるが、早くて半年、長くても数年でこの家を出て行く。くそ親父の名誉のために言っておくが、親父は遊び人というわけじゃない。どの人も、現状に納得していたし、文句を言う人はいなかった。最近はそうでもないが、たまにここを訪れる人もいる」

「お母さんはそのことを知ってる?」

「さぁな、それはもう当人同士の問題だから俺は知らない。取り合えず、親父は人の好意を無碍にする様な屑ではないのは確かだ。籍を入れるにしろ入れないにしろ、お互いが納得する結果で終わるはずだ。こんなところか、納得したか? なんなら姉さんでも兄さんでも呼ぶことはできるぞ」

「いや、いい。納得したよ。おかしいとは思っていたんだ。君にそんな趣味があるようには見えなかったからね」


 話が落ち着いたので壁に背を預けて座り込んだ正義だったが、話を聞いていた美香が髪を揺らしながらなにやら怒った様子で尋ねてきた。


「御剣正義に女装癖がないのはわかりましたわ。一体あなたたちはどういう関係ですの?」

「正義でいい。フルネームは聞いててなんか違和感がある。俺と幸は、一様家族だ」

「彼のお父上と私のお母さんが再婚してな、私は妹ということになる。さっきの話を聞くまではそう思っていたんだが、まぁ、家族という認識で問題ないだろう」

「では、まさか、一緒に住んでおりますの?」

「そういうことだ。初めから言っているがここは俺の部屋だし、お前が抱いていたのも俺の枕だ。というわけだ。勉強の続きなら幸の部屋でやってくれ。俺は俺で勉強しなければならないからな」


 部屋から追い出そうとするが、幸はそれをさえぎる。


「そう言うな。テストも近いんだ。一緒にやったほうが効率がいいだろう」


 この発言には、ほかの三人も驚いているようだ。いじめの現場を見られて後ろめたい気持ちがあるのだろうと、正義は思った。もしくは、目いっぱい脅されてしまったので、正義は恐ろしい存在というトラウマを植えつけてしまっているのかもしれない。少し考えた結果、正義は一緒に勉強をすることにした。ここで、この四人と勉強するのと、下で美幸さんと二人っきりになるのを天秤に載せると、わずかにこっちのほうが気兼ねしなくていいと判断した。


「わかったよ。で? 俺はどこで勉強すればいいんだ?」


 幸たちが使っている机はさほど大きくない。四人も座っていれば、それで少し狭いくらいだった。床でやろうかという考えが少し頭をよぎったが、小学生でもあるまいし、そのこっけいな姿を想像して頭を振った。どうするんだ。と、幸に視線を送ると、幸は手招きをしてきたので幸の横まで向かったとたん、強引に座らされた。


「詰めればやれないこともないだろう?」

「狭いだろ」


 体の左半身が幸とくっついていてこの上なく動きにくかったが、幸はなんだか満足そうな顔をしていたので文句を言えなかった。

 沈黙が続き、全員黙々と勉強を続けていたが、居心地悪そうにしていた三人を見かねたのか、幸が大きく背伸びしながら言う。


「君達と正義も自己紹介したらどうかな? またこのような勉強会も開くことになるだろう。必然的に正義との接触も増えるのは明白。君たちは喧嘩をしているわけでもないのだから、仲良くしなくてもいいが、険悪な関係じゃなくても良いと思うが?」


 その言葉に少女三人は顔を見合わせたが、美香はすぐに正義を指差しながら憤慨した様子で物申した。


「何で私がこんな野蛮人と仲良くなければいけないんですの? 私は嫌ですわ」

「ほかの二人は?」


 美香の発言を無視して幸はほかの二人に問いかけた。無視されて騒ぎ出したが、我関せず視線を動かさない。二人はなにやら小声で何か相談しているようだ。すぐ話は纏まったようで、黒髪ストレートのほうからしゃべり始めた。


「私の名前は有沢アリスと申します。以後お見知りおきを」

「わかった、アリスだな。お前そんなしゃべり方だったか? この前はもっと雑なしゃべり方だった気がしたが」

「雰囲気というのは大事かと思いまして。こちらが地ですよ」

「私はね、私はね如月明っていうの。美香ちんとアリアリとは小さいときからの友達なんだ。ジャス君よろしくねー」

「……ジャス君って、俺か?」

「そうそう。だって名前正義でしょ、だからジャスティスで長いからジャス君。よくない?」

「明さんはあだ名をつけるのが趣味みたいなものなので、気を悪くしないでくださいね」

「……町で見かけても、その名前で呼ばないでくれ」

「わかったよジャス君」

「……もういい」


 アリスはこの前の一軒があったので、もっと陰険な雰囲気を持っていると思っていた正義だが、今の自己紹介を聞いただけであれば、大和撫子のような気品のある女性のような雰囲気を感じた。学園の生徒なので育ちはいいのだろう。逆に明の方は、いじめとは無縁の小動物を思わせる性格だった。しゃべり方はなんだか頭がゆるそうな感じではあったが。もしかしたら今日の勉強会は明のために行われているのかもしれない。

 滞りなくすんでしまった自己紹介を前に、美香は呆然としてその様子を見ていた。すると、髪が逆立つかの勢いで美香はアリスと明を睨みつけた。


「お二人とも裏切り者です。こんな野蛮人と仲良くするなんて、ありえませんわ! それにきっと頭も悪いに決まっています。ありえませんわ!」

「えージャス君、噂より全然怖くないし、というか、すごくいい人っぽいよ? いきなり服を脱いだのはびっくりしたけど」

「そうですね。それにノートを拝見した限りでは、勉強のほうもかなりできるように見受けられます。邪険に扱うほどの殿方には見受けられませんが。しかし、女性の前で服を脱ぐのは如何かと思います」

「正義は、真面目にテストを受ければ学年トップの学力の持ち主だ。手抜きさえしなければな」


 三人に反論意見をまくし立てられ、美香はさらに顔を赤くした。この問答もなんだかめんどくさくなった正義は、譲歩して早く話を終わらせることにしようとしたのだが、突然、明が美香の頬を引っ張り出した。


「にゃ!? にゃにをしゅるんでふか! あきらふぁん、ふぁなふぃなふぁい!(な!? なにをしているんですか! 明さん、放しなさい!)」

「美香ちんだめだよー挨拶は全部の始まりなんだから。いつもいつも私に礼儀がどうとか言っているのに、美香ちんはあいさつもできないのかー?」

「いふぁい! ふぁかりふぁしたふぁら、ふぁなふぃてふだふぁい!(痛い! わかりましたから、放してください!)」


 明から解放された美香は赤くなった頬をさすりつつ、納得いかない様子で自己紹介を始めた。


「来栖美香ですわ。幸さんのことは悪かったと思っています。すいませんでしたわ」

「そのことは別にいい。そっちで話がついているみたいだし。でも、刃物だけはやめておけ。冗談じゃすまないからな。ビンタ位にしておけ」

「私だって振り下ろすつもりなんてなかったですわ。いえ、言い訳はしませんわ」

「そうそう、おとなしいと、お前は可愛いんだから怒りっぽいのを直すと良い」

「かわっ!? 何を言っているんですの!? やめてくださいまし」


 くるくると表情が変わる美香をからかうのは楽しいと思っていると、太ももに鈍痛が襲った。幸がちぎらんとする勢いでつねっているのが見える。下から覗き込むような視線が背筋に冷や汗を流した。


「幸、痛いんだが?」

「君が美香君のような子が好みというのはとても興味深い、詳しい話を聞かせてもらおうかな?」 

「修羅場? 修羅場?」

「あらあら、美香さんも顔を赤くして、満更でもないのですか?」

「アリスさん! 何を言っているんですの!」


 てんやわんやの大騒ぎになり、勉強どころではなくなってしまったが、こんな空気も悪くないと正義は思っていた。これからも、こんな日々が続くのならそれもいいと、小さな幸福をかみ締めていた。しかし、明日、幸に事件が起こるとはしらない。これは、嵐の前の静けさだったのである。

前回の更新から少し日がたちました。

早く書ける人がうらやましいです。

それでは読んでいただいた方ありがとうございます。

おかしいところ、誤字脱字などありましたら報告していただけるとうれしいです。

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