表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

類友(るいとも)

 新たな母親の名前は清水美幸というらしい。幸を生んで父親は蒸発しており、現在の所在はわからないまま。毎日酒をあおっては暴力を働く様な人物だったらしいので、いなくなってよかったと美幸は笑いながら話してくれた。どこか陰りのある笑顔のように感じた正義だったが、あえて突っ込む気にはなれなかったので、何も言わなかった。それ以前に、その話自体にも興味もない。そのようなことを聞かされてもなんと返していいかわからない。同情して欲しいのか、慰めて欲しいのか、それとも笑い飛ばして欲しいのか、正義に判断はつかなかった。


 清水家が正義の家に越してきてから三日ほどの時間が経った。変わったことといえば、朝と晩にコンビニ飯ではないまともな食事を取ることができるようになったぐらいで、別段頭を悩ませるような出来事は起こっていない。幸もおとなしく学園に通い、正義との接触は限りなく減っていた。少なくともこの三日間は屋上にちょっかいを出しに来てはいないし、家に帰ってからも自室にこもっており、顔を合わせるのは食事のときくらいである。


 正義は正直、嫌な予感がしていた。まだ半年ほどの付き合いでしかないが、幸のことを奇人だと解釈していた。言動は高圧的で、行動も普通の女子高生とはかけ離れていた。容姿はともかく、女らしさを感じないし、何を考えているかよくわからない。半年間、正義は幸の笑顔を今までに一度も見たことがなかった。いつも通りならばここまで不安になることもないが、三日間一度も言葉を交わさないのはこれまでにない経験だ。悪い方向で何かわけがあるような気がした。


 時刻は十二時前。空を見上げていた正義は体を起こし購買へ向かった。授業が終わる前に昼御飯を確保するためである。さらに、屋上は開放されているので昼食を食べに来る生徒もいる。一度寝過ごしたときのことを思い出して、正義はため息が漏れた。目が覚めたらその場にいる生徒全員に遠巻きに見られていた。相変わらずの厄介者を見るような目でだ。あれ以来食事は体育館裏になっている。どこで食べても味など同じだった。



「おばちゃん、カレーパンとやきそばパンね」

「あんたいつも早いね。授業でてるの?」

「不良なもんで」



 いつも同じような会話をしているが、購買のおばちゃんは特にとがめてくるわけでもなかった。学園に来ているときは常に来ているのだから、正義の状況は知っているのだろうが気さくに話しかけてくれている。仕事だと割り切っているのか、気にしない性格なのかは知らないが正義にはありがたいことだった。


 自販機で買ったコーヒーとパンを手に体育館裏に到着した。ここは不良の定番スポットなのか、正義以外にも不良と呼ばれる生徒がたむろしていることが多い。友人と言えるかは怪しいが、顔見知りは何人かいた。今日は一人だけ先客がいる様だ。



「おぉ正義さん、昼飯ですか?」

「あぁ、お前はその感じだとサボりか?」



 話しかけた少年の足元には煙草の吸殻がたまっていた。杉林良平、一年。必死に勉強して学園に入ったが、授業についていけずドロップアウト。元々、親に強制されてやってきた勉強だったので、少し遅れた反抗期がやってきたらしい。入学当時は黒かった髪も今ではくすんだ金色になり、両耳には四つずつピアスが揺れている。



「ったく、やってられねーっすよ。たまに授業出てみたら、教師の野郎ぜんぶ俺に当てるんすよ? しかも、周りは間違う俺を見てせせら笑ってるんすよ。しまいには、お前たちはこんな風になるんじゃないぞ。とか言い出しやがって、頭きたんでふけてるんす」

「殴らなかったのか?」

「あんな野郎殴る価値もないっすよ。まぁ、机はぶったたいて出てきましたけど」



 そういいながら良平は新しい煙草に火をつける。肺に大きく煙を溜め込みゆっくりと吐き出す。紫煙が空に吸い込まれながら消えていった。良平は見た目こそ不良であったが、正義から見れば普通の勉強ができない生徒でしかなった。根が明るいので、今からでも勉強でもして、授業に追いつけるなら普通の学園生活をおくれるだろう。良平がそれを望んでいるかどうかわかりはしないので、何も言わないが。


 時間が経つにつれこの場所にも人が増えてきた。この固まりのまとめ役で、後輩を助けるためヤクザの家にかちこんで留年した三年の織田。身長百九十センチを超え、強面で寡黙な三年の斉藤。ほかにも数人この場にいたが、正義は名前まではしらなかった。


 ここはいろんな学年のドロップアウター達の掃き溜め。勉強ができない者、暴力を振るい日常に戻れなくなった者、見た目だけで差別された者と様々だが、ここにいる不良と呼ばれる生徒はみんな笑っていた。不遇な状況でもあるにかかわらず、まるで気にもせずに馬鹿話に花を咲かせている。この空間に自分はすごく浮いている気分だったが、この空気はとても気に入っている。


 不良たちの話を耳に入れながらパンをかじっていると、織田が正義の前までやってきた。アメフト選手の様ながたいの持ち主なので、近づかれただけでも威圧感がある。話では空手をやっていて大きな大会でも入賞したこともあるらしい。織田は胸から煙草を取り出し正義の前に突き出した。



「正義よぉ、そんな隅っこで飯なんか食ってねぇで、話に加わったらどうだ?」

「俺から話すようなことはないですよ。あと、煙草は吸わないんで」

「ワシも吸わねぇんだわ。やるよ」

「良平にでもあげてください。というか、吸わないのに何で持ってるんです?」

「勇次のやつが勝手に渡してきやがるんだ。毎回いらねぇっていってるんだがな。それに煙草は体にわりぃからな。ほれ、良平」

「ありっす。いただきます。織田さんどもっす」



 織田から煙草を受け取った良平は早速火をつけて紫煙を揺らしていた。話に出てきた勇次という人物のことを正義は知らなかったが、兄貴気質の織田には慕っている後輩が山ほどいるので、そのうちの一人なのだろうと自己完結した。織田は正義の横に腰を下ろす。あまりのでかさに、周りの温度まで上がってしまったような錯覚を覚える。



「おめぇは、俺等とは違うな」

「いきなりなんです? 変わらないですよ。不良のレッテルを貼られた、学園の汚点です」

「目が、俺等とは違う。全部諦めてるようで、何かに逆らっている。よくわかんねぇな、口にはできねぇがそんな感じだ」

「それで、本題は?」



 このような会話もいつものパターンだった。この会話の後に来るのはほぼ間違いなくあの言葉だろう。



「ワシと勝負じゃ。この中じゃ、おめぇか斉藤くらいしか相手にならねぇからな」

「なら、斉藤さんとやってくださいよ。俺はまだ飯食い終わってない」

「おっ、織田さんと正義さんヤるんすか? 今回は俺織田さんに賭けるっすよ」



 周りで賭けが始まってしまった。こうなってしまえばやらざるを得ない。ため息を出しながら食べかけのパンをビニールの上に置き、距離を少し離して織田と向き合った。あちらもやる気のようで、上着を脱ぎ去り、脇をしめて構えている。格闘家の血が騒ぐのか、織田はこうやって正義に勝負を仕掛けてくることが多かった。お遊びに近い勝負ではあったが、あたれば痣になる程度の攻撃はお互いに受ける。ルールは骨が折れない程度というアバウトなものだったが、暗黙の了解で怪我をしないようにしていた。


 正義は指を軽く曲げ、腰を軽く落とすように構えを取った。父、英雄から教わった名前も知らない格闘護身術は意識せずとも体が動くまで叩き込まれている。後の問題は織田の攻撃に反応できるかどうかだけだ。大柄な体格をしている織田だが、その攻撃はコンパクトで素早い。体重も重いので、背筋をつかって繰り出される正拳は当たれば一撃でやられてしまうだろう。互いに構えたまま睨み合いが続く。先に動いたのは織田のほうだった。



「ぬん!」



 丸太のように太い腕が風を切りながら突き出される。愚直に突き出された拳は空を切ったが、正義は内心冷や汗を流していた。理解していた一撃だとはいえ、目の当たりにすれば恐怖がわく。織田の追撃は終わらない。一歩ずつ大きく踏み込みながら必殺の拳が繰り出される。力比べでは元々勝ち目がないことを理解していた。正義は突き出された拳を体を縦にして交わし、その腕をつかんだ後、織田の利き足を払うと、正義より二周りはある巨体が大きく回転して浮いた。そのまま背中をしたたかに打ちつけた織田だったが、受身を取りたいしたダメージにはなっていない。織田は素早く立ち上がり、埃を払いながら豪快に笑った。



「これだから正義と戦うのは楽しいのぉ」

「俺はしんどいですよ。今ので俺の勝ちになりませんか」

「勝負は諦めたほうの負けじゃい。ワシはまだまだやれる」



 重心を低くしながら正義の懐まで突っ込んできた。膝より低い位置から振り上げるようなアッパーカットが飛んでくる。体を後ろに反らして何とか交わすが織田の拳は制服に当たり、ボタンをすべて弾き飛ばした。戦意を削ぐか、満足させないと終わりそうになさそうだったが、織田の肩口の向こうにある集団が目に入った。



「織田さん。申し訳ないですけど、終了です。野暮用ができそうです」



 正義が視線を向けた方向には女生徒が四人いる。その中の一人は幸がいた。



「見たいだのぉ。あれは清水の嬢ちゃんか、あんまり穏やかそうな感じじゃねぇな、ワシが行こうか?」

「織田さんが行ったら、騒ぎになりますよ。俺一人で十分です。それに、身内ですし」

「そうか。おっしゃお前ら、今回の賭けは引き分けじゃ」



 後ろではブーイングが起きていたが、正義はそれを無視して幸がいる団体のほうに歩き出した。見る限りでは、友達同士で食後の散歩というわけではなさそうだ。幸を囲み木に押さえつけられている。わかりやすいいじめの光景。なにやら幸を罵っている様だ。



「あなたいつも偉そうでムカツキますのよ」

「天才だかなんだか知らないけど、うざいからやめてくんなぁい?」

「いい子ちゃんぶってさ、少し勉強できるからって調子乗ってんじゃねーぞ」



 罵られているようだが、幸は涼しい顔をしたまま聞き流している。その様子が気に食わなかったのか女生徒三人は幸の髪を引っ張りさらに木に押し付けた。苦悶の表情になったがそれでも幸はまだ幾分余裕がありそうだ。



「何とかおっしゃったらいかがかしら?」

「痴れ者が、自分たちが優位でないと行動も発言もできず、ただ黙る弱者にしか上に立てない愚か者。満足したか? 大人しくしている私に言いたいことを言って、安い優越感に浸ることはできたか? あぁ、優越感なんて言葉の意味もわからないか、俗物が」

「こいつ!」



 幸の挑発に逆上した一人がポケットからカッターナイフを取り出し、幸の頬に突きつけた。そのような状況になっても幸は一向に怯む様子はない。



「図星を付かれて逆上するか。器も小さいやつ。所詮強者に媚を売って腰を振るだけの売女ではしかたないか。体だけは一人前のようだしな、お前のようなやつにはお似合いだ」

「うるさいですわ! その顔ズタズタにしてあげますわ!」



 カッターナイフを幸めがけて振り下ろそうとしたが、カッターナイフが幸に触れることはなかった。振り下ろそうとした腕は正義に捕まれ空中で静止したままになっている。



「それはやりすぎだ。口喧嘩くらいなら放置しようかと思ったが、刃物は洒落もならない」

「あなた、御剣正義!」

「まったく俺も有名人だな。今なら見逃してやる。刃物で脅していたなんてのが教師に伝わったら、退学だってありえるぞ」

「そんなのお父様とお母様に言えば簡単になかったことにできるわ。逆にあなたのせいにしてあんたを退学にすることだってできますのよ?」

「そうか、ならそうすればいい」

「なに? 強がり? 冗談だと思ってるのかしら?」

「今の俺の状況、お前だって知っているだろう? こんな場所に未練があると思ってるのか? お前みたいなやつがいるから、俺はこの学園で最悪の不良という立場になっている。この学園は権力に屈するクズばかりだ。俺はもう腹を据えかねている。報復の方法なんていくらでもあるんだぜ? たとえ俺がこの学園から退学になったとしても、お前は毎日俺に脅えながら暮らすことになる」

「そ、そんな脅しがつ、通用すると、お、思ってるのかしら?」

「俺の今の境遇を同情してくれるやつらがあんなにもいてな」



 いつの間にか、正義の後ろには織田など不良が勢ぞろいしていた。大方さっきなった予鈴で場所でも変えるのだろう。不良達の凄みに女生徒三人はライオンに睨まれた小動物のように縮み上がってしまった。大人数の男に囲まれれば致し方ないといえるだろう。



「そういうわけじゃ、ワシらは一蓮托生なんでな、もし正義に非がなく罪が擦り付けられるなら、わかるよのぉ?」



 追い討ちをかけるように織田が息がかかるほど顔を近づけて言う。涙目になりながら頷くことしかできない女生徒達。あまりの迫力に腰を抜かしてしまったようだ。立ち上がることもできなくなっているようだった。ぞろぞろと引き上げていく不良達だったが、斉藤だけは正義の後ろに立ったまま女生徒を見下ろしている。



「斉藤さん。どうかしましたか?」

「……すまなかった」

「は?」



 斉藤はその一言だけをいい、手に持っていたビニール袋を正義に手渡して行ってしまった。中身は食べかけのカレーパンと封を切っていない焼きそばパンとコーヒーが入っている。よくわからない人だと、その背中を見送った。腰を抜かした女生徒三人は脅えた表情のまま正義を見上げている。ここまで慄かれるとさすがに罪悪感が沸いてきていた。後頭部をかきながら女生徒に手を伸ばした。



「立てるか?」

「え? ええ」

「ここまでやるつもりはなかった。だけど、俺とあいつらは別に友達でもなんでもない。ただの顔見知りでしかない。それであそこまで言うんだ。俺に関係ないことでもあいつらは動きかねない。しばらくは大人しくしておくんだな」

「わ、わかりましたわ」

「よし、いい子だ」



 軽く頭を撫でてやると、顔を赤くして飛び退った。ほかの二人も何とか立てるようになったようで、よろよろと校舎に帰っていった。この場に残ったのは正義と幸の二人。涼しい顔で諦観していた幸だったが、正義が振り返るとなにやらむくれていた。



「君は誰にでも優しいんだな」

「なんだそれ、それとも余計なお世話だったか?」

「いや、助かったよ。あんなくだらないことで傷なんか作りたくない。お母さんも心配するしな」

「そう思うなら挑発するなよ。いつも都合よく俺は近くにいない」

「近くにいたら助けてくれるのか?」

「お前が本当に助けを求めてるなら、俺は何度でもお前を助けてやる。だから、呼べよ。あらゆるお前の脅威から俺はおまえを守ってやる」

「……それは、私が君の妹だからか?」

「まだ一緒に暮らしだして三日、それに厳密にはまだ家族になったわけじゃないし、いきなり妹になりましたとか言われても納得できるほど物分りはよくない。お前だから、清水幸だから守ってやると言っている」

「君は、恥ずかしいやつだな」

「うっせ」



 表情にはあまり出ないが、幸の機嫌が直ったことを確認した正義は食べ賭けだったパンをかじった。表面が少し乾燥しており顔をしかめることになる。一気に食べてしまおうと大きく口を開けたところで、手にあったパンをひったくられた。幸はひったくったパンを見つめ一口含んだ。



「まずいな」

「こっちに開けてないやきそばパンがある。こっち食うか?」

「いや、これでいい」

「午後の授業は出なくていいのか?」

「今戻ったら、彼女達が気まずいだろう? 私は今病欠ということになっている」

「そこまで気が回っているなら、俺が出るまでもなかったな」

「そんなことはない。感謝している。ありがとう、正義」



 半年の付き合いのなかではじめて見た幸の笑顔はとても可憐で、自分でも顔が赤くなっているのを感じた。その顔を見られないように正義は屋上に向かう。幸も後ろについてきている。空はいつもと同じように雲が流れ続けていた。

後半に台詞を詰め込みすぎたでしょうか。

元々あったプロットは大幅に瓦解しています。

もっと精進していきたいと思います。


それでは読んでくださった方ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ