邂逅(かいこう)
御剣正義はいつも屋上で授業をサボタージュしていた。初秋に差し掛かったとはいえまだ日差しは暖かい。正義は設置されたベンチに仰向けに寝転がったまま空を眺めていた。時刻はまだ十時ごろ、普通の生徒ならばめんどくさいと思いながらでも、教師の話を聞き、ノートにテストに出そうな項目でも書き込んでいることだろう。去年までは自分も同じことをしていた。と、自嘲的な笑いを出す。
正義がサボりをする原因になった事件が二年に進級した日に起こった。粋がった新入生数人に絡まれる事件。どうやら、かつあげが目的だったようだったので、金を出すことを拒否すると新入生達は正義に襲い掛かってきたのでそれを返り討ちにした。返り討ちにしたといっても、正義はほとんど手を出しておらず、足を引っ掛けてこかした程度で逆に正義は顔面を殴られ鼻の骨を折っていた。それにもかかわらず、学園側は正義に全面的な非があるという判決を出した。二週間の謹慎処分と不良というレッテルを貼られ、平穏だった学園での生活は終わった。後から聞いた話だが、絡んできた新入生の中にはこの学園の出資者の子供がいたらしい。金が動いたのかどうかわからないが、悪いことはそういった内容で擦り付けられた。
謹慎明け授業に出たときは、厄介者を見るような視線や恐怖する視線にさらされる羽目になる。さらに、横に座っているクラスメイトは正義の横で授業をすることを拒み、席を替えないなら授業に出ないと騒ぎ出したのだ。その日から学園での居場所はもうなくなってしまったのだと悟った。庇護してくれる人物は誰一人として出てこなかった。一年のときにクラスメイトだったやつも、教師ですら、正義にいなくなってしまえという視線を送っていた。
あれから半年の時間がたったが、現状に何一つ変わりはない。学園に来ていることを見られれば、まだいたのかという視線だけ、そんな視線ももう慣れてしまった。こんな学園辞めてしまおうかとも思ったが、なんだかそれは逃げていると感じたし、自分は何も悪くないのに思い通りに追い出されてやるかと、意地になっていた。今は、保健室に顔を出せば出席扱いにはしてくれていた。その代わりに大量のプリントを消化する羽目になるのだが、その程度は正義にはたやすいことだった。勉強や運動は昔から得意で、この学園も偏差値は高い。一年の頃は学園でも上から数えたほうが早いぐらいにはテストの点はよかった。他人とのコミュニケーションは得意ではなかったが、素行が悪いということはなく、優良な生徒でいると思っていた。
世界は悪で満ちている。
どんなに真面目でも結局は権力を持ったものや、狡賢いやつが正しいことになる世界。そんなことは理解したつもりでいたが、ここまでその真理が自分に降りかかってきていると気が滅入る。
別に絡んできた名も知らぬ新入生達のことを恨んではいなかった。使えるものは使えばいいと思っているし、それが正当化してしまっているのならそれが正しいのだろう。苛立ちは隠せないがそれを覆す力がないから仕方がないと、正義は考えていた。
そんな過去を顧みていると、誰かが正義を覗き込んできたが逆光で顔がわからない。
「君がサボっている間に放課後になりました。今日はどうする?」
「ナチュラルに嘘をつくな。まだ、十一時にもなってない。授業はどうしたんだ? 幸」
声の主は清水幸だった。あの事件があっても、今までと何一つ態度の変わらなかった奇特な人物。正義は上半身を起こし幸に向き直った。
「いいじゃないか。お互い不良なんだ」
「そのギャグ、中々センスいいな」
正義の記憶で清水幸という人間は、模範生徒と呼ぶにふさわしい人物だったと記憶している。一年の頃の記憶しかないが、成績優秀、容姿端麗と非のうちようがない天才と囁かれているのをよく耳にした。普段他人に興味がない正義が見ても幸の容姿は抜群だ。肩まで伸びた透き通るような黒髪、長いまつ毛、ふっくらとした唇。胸は大きいとはいえないが、ほっそりとした体のラインは人形を思わせた。
幸との出会いは一年のとき同じクラスで、席が隣だった程度で特に親しかったわけではない。日常会話くらいはしていたが、連絡先を交換したわけでもない。つまりはただの元クラスメートだった。
そんな幸が正義に付きまとうようになったのはあの事件から一週間後ほどたってからである。いつものように屋上で時間をもてあましていたとき、突然が現れ、正義に言った。
「友達にならないか?」
「なに言ってんだお前、今の俺の状況知らないわけじゃないだろ」
「一年のときにいいそびれた。私は君のことを気に入っているんだ」
「俺にかかわると、爪弾きされるぞ」
「御託はいい。携帯を出せ」
「お前、そんな押しの強いやつだったか?」
傲慢不遜とはこのことだと、正義は笑いを堪えることができなかった。まだ、自分を厄介者だと思われてない人物がいるとは思っていなかった正義は、携帯を差し出した。こうして、数少ない正義の携帯のメモリに新たな名前が登録された。それ以来、幸は頻繁に正義の元に現れるようになった。放課後まで特に何をするわけでもない。少しの会話を交わすだけ、後は空を眺めるだけだった。授業が終わり、放課後になれば二人でゲームセンターに入りびだっているのが常だった。そんなこんなで幸との本格的な付き合いも半年ということになる。回想終了。
「で?」
「で? とは?」
「どこにいく? 放課後なんだろ?」
「そういうノリのいい所、とてもいいぞ」
あまり表情を表に出さない幸だが、今は見るからに喜んでいるように見えた。いつものようにゲームセンターで日が暮れるまで遊び、いつものように別れの挨拶もないまま分かれた。財布がかなり軽くなってしまったが、元々金の使い道などほとんどないので、気にすることもなくコンビニで晩御飯を買った。
家が見えるところまで着いたときに違和感を覚えた。自宅に電気がついている。正義の家は親が死別しており、父子家庭だった。とはいっても、父親である英雄は世界中を駆け巡っており、家にいるのは年に数回で一人暮らし同然ではあった。三ヶ月前に一度、家に戻ってきていた形跡があったので今までのパターンなら後数ヶ月は帰ってこないはずだった。となれば、ありうる可能性は一つだけだった。正義は頭を抱えたまま玄関を開けた。鍵はかかっていなかった。
「おかえりなさ~い」
やけに間延びした声で正義を迎える人物がいた。頭を抱えたままため息が出た。目の前にいる女性は完全に初対面だが、おそらく『母親』なのだろう。英雄が作ってきた新たな母親の一人。別段珍しいことではなかったので、まずは無視することにした。まずやることがあるから。
女性をすり抜け、正義は墓前の前に正座した。
「ただいま、母さん」
生みの母親は、正義が五歳になる頃に病気で亡くなった。それからだった。英雄が新しい母親を連れてくるようになったのは。さびしかったのだろうと、子供ながら思った。英雄が連れてくる女性はみんな正義に優しくしてくれたし、どちらかといえば姉のような人たちばかりだった。今でも、正義のために食事を作りに来てくれている人もいる。迷惑ではなかったが、どんな人が来ても母親の代わりになるはずはなかった。
母親の挨拶も済ませ女性の方に向き直ると、見知った顔がいた。
「何で幸がここにいる」
「お母さんが、君のお父上と再婚したからだ」
「……知ってたのか?」
「私も、さっき家に帰って聞いた話だ」
また頭を抱える羽目になった。よりによって知り合いの母親と結婚するとは、家の親父も間が悪い。というか自分に対する嫌がらせなんじゃないだろうかと思えた。自分の父親ながらその可能性がありえないことじゃないことに、さらに頭を抱えた。
「あらあら、さっちゃんと友達なの~? それならこれから仲良くしていきましょう?」
いままで黙っていた幸母が間延びした声で言う。頭の中に花畑があって、そこで蝶を追いかけているような人、というのが正義の第一印象だった。見た目も、幸とは少し年の離れた姉妹といったような風貌。親子なのだから似ているのも当然だった。
「父がどこにいるか知っていますか?」
「あの人は、たぶん海外だと思うわ~」
「いつも通りか。それで、ここに住むんですか?」
「ええ~明日荷物が届くと思うから、そうしたら一緒に暮らしましょう?」
「わかりました。親父が決めたことなんで俺が言うことは特にありません」
結局いつも通りだと思った。いきなり母親が増えただけ、今回は幸というオプションもついてきたわけだが、どちらにしろ自分の生活に支障はないと思ったが、幸が放った言葉に一抹の不安を覚えた。
「これからよろしく。お兄ちゃん」
「うっせ、糞妹」
家でも安息の場所はなくなりそうだった。学園よりはましではありそうだが。
はじめは正義のヒーロー物を書こうとしていたのに気付いたときには別物になっていた。
よくあることなんですが、その辺は気にしないで読んでください。
まだ序章ですが、これからの展開をお楽しみに。
それでは読んでくれた方ありがとうございます。