危騎士
退屈な日々。
高校に入れば友人も増え、楽しい学生生活が始まる。
大体の人間は、そんな幻想を抱いて入学してくる。
しかし、高校に入ったところで自分自身が変わろうとしない限り、中学の時と同じような退屈な日々を過ごすことになる。
教室の窓際の席で、ぼんやりと空を眺めているこの少年も、そんな幻想を抱いている中の1人である。
「白井、自己紹介。お前の番だ。」
担任教師の男は、ぼーっとしている少年に苛立ちながら自己紹介をするよう促した。
今日は高校生活最初の日。つまらない入学式を終え、教室で自己紹介を行っている最中である。
白井と呼ばれた少年は、気だるそうに立ち上がり渋々自己紹介をした。
「・・・白井・・・騎士です・・・。」
騎士と名乗った瞬間、教室がざわつく。
「ナイトだって!すごい名前!」
「ただ・・・あんまりナイトって感じじゃないな。」
「騎士っていうより盗賊だな。」
「しーっ!聞こえるって!」
クラスメイト達は、好き勝手に思った言葉を口走る。
彼らの言うとおり、騎士の外見は「ナイト」にはほど遠い。体が大きいわけでもなく、元気もない。コミュニケーションが苦手で、美容室で色々と話しかけられるのも嫌いなため、髪も伸び放題で余計に暗い印象を与えてしまう。
「・・・よろしく・・・。」
そう言って、騎士は静かに席に座る。
騎士の自己紹介は、いつもこのような形で終わってしまう。
名乗った瞬間にその場がざわつき、次に名前と見た目のギャップをバカにされ、特に何を言うわけでもなく終わる。
毎度のことなので怒ろうともせずに、騎士は再び空に目を向ける。
(まぁ、こうなるよな・・・。)
心の中でそう呟く少年に、隣の席の少女が声をかけた。
「かっこいい名前だね!」
予想外の出来事に少年は硬直してしまった。
騎士と名乗って他人から褒められたのは、今回が初めてのことである。
声の主を確認するため恐る恐る振り向くと、そこには人懐こい笑顔で騎士を見つめる可愛らしい少女がいた。
「騎士くん?」
少女は騎士に何らかのリアクションを求め、再び話しかける。
しかし、この行動が余計に騎士を硬直させてしまう。名前を褒められるのも初めての経験だが、女子に名前で呼ばれることもまた、彼にとって初めての経験であった。
騎士の様子は周りから見れば、ただ固まっているようにしか見えないが、頭は物凄い速さで回転している。
(・・・え? えっ!? 何なのこの子!? 俺の名前を褒めるとか・・・頭おかしいの!? いや、ただ俺のことをバカにしてるだけかもしれない・・・。まったく! これだから女ってやつは・・・。いや、あれ、ちょっと待って! この子、俺のこと名前で呼んだ!? 呼んだよね!? みんな聞いた!? やっべー・・・マジやべぇ・・・これだけでご飯3杯はいけるわー。 あ、あれ・・・? ちょ・・・まっ・・・名前で呼ぶって事は・・・もしかして・・・この子・・・
俺のこと好きなんじゃね!?)
訂正しよう。騎士は今、物凄い速さで勘違いをしている。
ようやく妄想の世界から帰還した騎士は、今自分が置かれている状況を確認する。
自分に惚れていると思われる女の子が、小首を傾げながら上目遣いで自分の反応を待っている。こんな機会は滅多にないので、なんとかこのチャンスをモノにしたい。この子に更に好印象を与えるにはどんな反応をすれば良いのか、必死に考えた結果。
「フッ・・・」
騎士は口元を歪ませ笑い、再び空を眺めるという行動に出た。騎士にとっては、コレが最もクールな行動なのだろう。
隣の席の女子に名前を褒められ、口元を歪ませて笑いながら空を見つめる少年。その名は
---白井 騎士。
彼はこの日から、影で”危騎士”と呼ばれるようになった。