幸福の勘定書
幸福の勘定書
男は、幸福を計算する事が出来ると考えていた。
幸福そのものではなく、幸福であるかどうかを判断する材料なら、数字に置き換えられる。収入、貯蓄、住居、健康、家族、交友関係、自由な時間。此れらを項目ごとに分け、点数を付ければ、生活を客観的に見直せる筈だった。
男は会計士だった。
三十年以上、企業や個人の収支を調べ、帳簿の数字を確かめてきた。数字は有用な材料だったが、帳簿上は利益が出ていても事業を諦める経営者や、資産が有っても将来が不安で金を使えない人間も居た。
退職後、男は其の事を自分の生活に当てはめて考え始めた。
毎朝、仕事へ出ていた頃と同じ時刻に起き、新聞を読む。然し、読み終えた後に急ぐ必要は無かった。ある朝、男は新聞を畳んだまま、今日一日を何に使えば良いのか分からず、暫く動けなかった。
「今日は、何か予定が有るの」
妻が尋ねた。
「特に無い」
「それなら、ゆっくりしたら」
男は頷いたが、ゆっくりするという事が何をする事なのか分からなかった。
其の午後、男は古い帳簿や住宅ローンの返済記録を整理した。数字は、収入や支出、家を買った年、ローンを返し終えた年を明確にした。然し、其の間に、退職後の時間を置く場所は無かった。
男は白い紙を取り出し、幸福の勘定書を作った。
項目は十に分けた。収入、貯蓄、住居、健康、家族や友人、自由な時間、能力を発揮する機会、社会との繋がり、自分の生活を決める自由、将来への不安である。其々を零点から十点までで評価し、合計を百点とした。
男は自分の点数を計算した。
退職金と預貯金が有り、住宅ローンは返済済みだった。健康状態も悪くない。妻との関係は安定し、子供達は独立している。友人も居た。合計は八十二点だった。
男は「82」と書き、丸で囲んだ。
其の夜、男は妻に言った。
「最近は、何をしていても面白くない」
「何か困っている事でも有るの」
「特に無い」
「体の具合が悪いの」
「そういう訳でもない」
妻は机の上の紙を見た。
「此れは何なの」
「幸福を計算する為の表だ」
「計算したら、幸福かどうか分かるの」
「判断する為の材料にはなる」
「あなたは何点だったの」
「八十二点だ」
妻は表を見て言った。
「それなら、十八点分、何か足りないのね」
「そういう計算になる」
「其の十八点が何なのか、分かっているの」
男は表を見た。仕事を辞めてから、社会との繋がりも、能力を発揮する機会も減っていた。将来への不安も無い訳ではない。
男は赤鉛筆を手に取った。
「此処を上げれば、もう少し良くなる」
「点数を上げれば、面白くなるの」
男は、赤鉛筆を紙の上に置いた。
翌朝から、男は生活を変えた。
毎朝三十分歩き、歩数を手帳に記した。食事にも気を配り、退職後に疎遠になった友人へ連絡した。町内会の会計も引き受け、領収書を分類し、帳簿を整えた。
三箇月後、合計は八十七点になった。
男は「改善」と記し、日付を添えた。翌朝、八十七という数字を思い出すと、小さな満足が生じた。前日の歩数も目標を上回っていた。
然し、朝食の席で妻が味噌汁をこぼした時、男は苛立った。
「そんな所に置くからだ」
歩数も点数も、こぼれた味噌汁の前では何の役にも立たなかった。
半年が経つ頃には、散歩も友人との交流も習慣になっていた。町内会の仕事も滞りなく進んだ。然し、雨で散歩をしなかった日や、予定の無い日を、男は損失の様に感じるようになった。
ある雨の日、男は手帳の歩数欄を空白のままにした。其の空白が、他の日より大きく見えた。
男は幸福の勘定書の余白に「満足感」と書き加えた。然し、何点を付ければ良いのか分からなかった。満足している事と楽しい事は同じなのか。何もせずに過ごした一日を、満足した一日と呼べるのか。
男は、空欄の前で鉛筆を止めた。
其の頃、男は一人の老人と知り合った。
町内会の会計報告の為に訪れた商店街の外れに、小さな時計修理店が有った。店内には時計の他、古いラジオや扇風機、電気スタンドが並んでいた。
店主は七十歳を過ぎた老人だった。長年、時計を修理してきたが、最近は客が減っていた。新しい時計は安く、故障すれば修理するより買い替えた方が安い場合も多い。
男は老人の生活について尋ねた。
「年金だけでは、少し厳しいですか」
「贅沢をしなければ、食べていく事は出来ますよ」
「御家族は」
「妻は十年前に亡くなりました。子供は二人居ますが、遠くに住んでいます」
男は、老人の幸福の勘定書を頭の中で作った。収入も貯蓄も多くなく、家族との交流も少ない。点数を付ければ、経済面と人間関係は低くなるだろう。
然し、老人は壊れた時計の蓋を開け、細いピンセットで歯車をつまんでいた。其の動作には急ぐ様子が無かった。
「毎日の生活に、満足されていますか」
老人は手を止めた。
「満足、ですか」
「生活の事で、何か不満は有りませんか」
「不満なら有りますよ。商売は昔ほど上手くいかないし、体も若い頃の様には動きません。妻が生きていればと思う事も有ります」
老人は店の奥を見た。
「然し、朝起きて店を開け、時計を直して、昼飯を食べる。夕方になれば店を閉める。そういう生活が、私は好きなんです」
「収入が増えれば、もっと良くなるのではありませんか」
「そりゃあ、増えれば助かりますよ。然し、金が増えれば、今より幸福になるかどうかは分かりませんね」
男は反論した。
収入が増えれば選択肢が広がり、貯蓄が増えれば将来への不安も減る。金銭的な余裕が幸福に繋がる事は否定出来ない。
「幸福という物を、数字で表す事が出来ると思いませんか」
老人は笑った。
「数字にする事は出来るでしょう。然し、数字にしたからといって、分かった事になるんですかね」
老人は修理台の時計を手に取った。
「時計が動かない理由なら、調べれば分かります。歯車が摩耗しているのか、電池が切れているのか。原因が分かれば、直す事も出来る」
老人は時計を置いた。
「然し、人間の生活は、そう簡単にはいきません。収入が少ないから不幸なのか。家族が居ないから寂しいのか。仕事が無いから退屈なのか。本人に聞いてみなければ分からないし、本人に聞いた所で、十分に分かっているとは限らない」
店を出る時、老人は修理の終わった小さな置時計を差し出した。男が町内会の掲示板に置く時計を探していると話した事を覚えていたらしい。
「代金は」
「古い物ですから、結構です」
男は時計を受け取った。
帰宅して居間の棚に置くと、秒針が一定の間隔で動いた。男は暫く見ていたが、時刻を手帳には記さなかった。
其の日、男は近くの公園に立ち寄った。
子供達が砂場や滑り台で遊んでいた。一人の子供が靴を脱いだまま滑り台を滑り、終わると靴を拾いに走った。母親らしい女が声を掛けたが、子供は返事をせず、靴を履いてまた階段を上った。
男は手帳を開いた。今日の歩数は目標に届いていた。
子供は何度も滑り台を上り下りしていた。体を動かし、友人と一緒に居て、自由な時間を使っている。男は点数を付けようとしたが、何点になるのか分からなかった。
男は手帳を閉じた。
自分が子供だった頃、幸福について考えた事は無かった。欲しい物が買って貰えなければ不満だったし、学校で叱られれば面白くなかった。然し、翌日には別の事に興味を持っていた。
其の頃の生活が今より幸福だったとは思わない。それでも、毎日を点数にはしていなかった。
帰宅すると、妻が夕食の支度をしていた。
男は老人との会話を話した。
「あなたは、幸福になりたかったの」
「そうだ」
「それとも、自分が幸福だと確かめたかったの」
男は答えなかった。
「同じ事ではないのね」
男は食卓の二膳の箸を見た。
其の夜、男は幸福の勘定書を開いた。
八十七点という数字の下に、収入、貯蓄、住居、健康、家族、交友関係、自由な時間、能力の発揮、社会との繋がり、将来への不安が並んでいる。どれも生活を考える上で重要な項目だった。金銭的な困窮や病気、孤立を、気の持ち様だけで解決出来る訳ではない。数字によって改善すべき問題を見付ける事には意味が有る。
然し、八十七点という数字から、自分が幸福だと結論付ける事は出来ない。
男は余白に書いた。
収入が有る事は、生活の不安を減らす。然し、収入が有る事と、生活に満足している事は同じではない。
家族が居る事は、孤独を防ぐ助けになる。然し、家族が居る事と、家族との関係に満足している事は同じではない。
健康である事は、生活の自由を広げる。然し、健康である事と、毎日を楽しいと思う事は同じではない。
最後に「満足感」と書き、その横に空欄を作った。男は長い間、紙を見つめた後、点数を書かずに横線を引いた。
翌朝、男は勘定書を引き出しにしまった。
捨てる必要は無い。生活を見直す道具としては役に立つ。然し、点数だけで幸福かどうかを判断する事は、もう止めようと思った。
其れからも、男は散歩をし、友人と会い、町内会の会計を続けた。時計修理店の老人とも時々話した。妻と食事をし、子供達から電話が来れば孫の話を聞いた。
ただ、手帳の使い方は変わった。
歩数を書く欄は無くなり、友人との約束に丸を付ける事も止めた。雨の日には、雨が降ったとだけ記した。
ある日、男は老人の店に立ち寄った。
老人は店先で、壊れたラジオの裏蓋を外し、内部の埃を払っていた。暫くしてつまみを回すと、雑音の中から短い音楽が聞こえた。
老人は手を離した。男も何も言わなかった。
男は、其の時間を手帳に記さなかった。
ある日、友人と喫茶店で話していると、友人が尋ねた。
「それで、今は何点なんだ」
「分からない」
「計算を止めたのか」
「点数を付けるのを止めた」
「それなら、最初から作らなければ良かったんじゃないか」
男は冷めたコーヒーを見た。
「そうかも知れない」
然し、勘定書を作った事は後悔していなかった。自分が何を持ち、何が不足しているのかを考え、生活を改善する為に行動した事には意味が有った。数字で判断出来る事と、出来ない事が有る。その違いを知る為には、計算してみる必要があったのだろう。
友人は別の話を始めた。男は其の話を聞き、時々頷いた。点数を付ける必要は無かった。
帰宅すると、妻が夕食の支度をしていた。
「今日は、少し早く帰れたね」
「そうだな」
「散歩にも行ったの」
「行ったよ」
「それなら、御飯まで少し休んだら」
男は居間の椅子に座った。
窓の外は夕方だった。向かいの家の壁が有り、道路を車が通り、近くの家から子供の声が聞こえていた。
引き出しの中には、幸福の勘定書が有る。其の表は、今でも生活を考える上で役に立つ。然し、夕食を待つ此の時間を何点と評価すべきか、記す場所は無かった。
台所から、鍋の蓋が触れ合う音が聞こえた。妻が何かを落とし、小さく舌打ちをした。
「何か手伝おうか」
「もう出来るから、座っていて」
男は流し台の横に落ちた箸を拾い、水で洗って食卓に置いた。
夕食の支度が整い、妻が男を呼んだ。
食卓には、二人分の料理が並んでいた。男は椅子に座り、箸を手に取った。妻が今日の出来事を話し、男も散歩の途中で見掛けた事を話した。
話の内容は、特別な物ではなかった。
然し、男は其の時間に点数を付けようとは思わなかった。
幸福の勘定書は、引き出しの中に有る。
必要な時には、また取り出せば良い。
ただ、其の日の男は、幸福であるかどうかを確かめる為に、食卓に座っていたのではなかった。




