第2話
第2話宜しくお願いいたします
昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎中に響いた。
教室へ戻る生徒たちの足音を聞きながら、僕――神代 悠真は窓際の席でじっと外を見ていた。
人と話すのは苦手だ。
いや、「苦手」では済まない。
言葉を発しようとすると頭が真っ白になり、心臓が激しく鳴る。
だから誰とも話せない。
ただ一人を除いて。
「悠真ー!」
勢いよく教室の扉が開き、天城 葵が笑顔で入ってきた。
「また一人で考え事? せっかくの昼休みなのに。」
「……別に。」
彼女には普通に話せる。
理由は自分でも分からない。
初めて会った日から、不思議なくらい言葉が出てきた。
「ほら、先生が呼んでたよ。」
「僕を?」
「うん。職員室。」
嫌な予感しかしなかった。
⸻
職員室に入ると、担任の佐伯先生が困った顔をしていた。
「神代、実は少し頼みがある。」
僕は黙って頷く。
「昨日の美術室の件だ。」
昨日、美術室で高価な絵画がなくなった事件。
まだ犯人は見つかっていない。
「君、あの時間に廊下を歩いていたよな?」
「……はい。」
「何か覚えていることはないか?」
覚えている。
全部。
昨日の午後三時十二分。
廊下を歩いていた生徒は十九人。
先生は四人。
窓から吹いていた風の向き。
誰がどちらの足から歩き始めたかまで。
だけど――。
「……。」
言葉が出ない。
先生相手だと喉が詰まる。
「先生、私が代わりに聞きます!」
いつの間にか葵が横に立っていた。
「お、おい天城。」
「悠真は人前だと話せないんです。」
僕は小さく息を吐いた。
助かった。
⸻
「じゃあ悠真、私だけに教えて。」
廊下へ出ると、葵が優しく言った。
僕は目を閉じる。
昨日の光景が鮮明によみがえる。
「午後三時十二分。」
「うん。」
「美術室から出てきた人が一人。」
「誰?」
「先生じゃない。」
「生徒?」
「違う。」
葵が首をかしげる。
「用務員。」
「え?」
「でも。」
僕は続けた。
「制服の裾。」
「裾?」
「用務員なら作業着のはず。」
葵の表情が変わる。
「つまり……変装?」
「たぶん。」
⸻
二人は美術室へ向かった。
事件以来、立入禁止になっている。
「入っていいのかな。」
「先生には後で怒られよう。」
そう言って葵は窓から器用に中へ入ってしまった。
「早っ。」
「ほら!」
仕方なく僕も続く。
教室の中は静まり返っていた。
盗まれた絵が飾られていた壁だけが空白になっている。
僕は床を見る。
「……。」
「何かある?」
「靴跡。」
「え?」
「まだ残ってる。」
普通の人には見えないほど薄い土の跡。
だけど僕には昨日と今日の違いが分かる。
「サイズ二十七。」
「男?」
「たぶん。」
「それだけで?」
「昨日はいなかった。」
葵は苦笑した。
「悠真って本当に化け物だね。」
「褒めてないよね。」
「褒めてる。」
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その時だった。
ガタン。
廊下で音がした。
「誰かいる。」
葵が一瞬で扉へ向かう。
廊下を走る影。
「待て!」
彼女は迷わず追いかけた。
僕も走る。
角を曲がる瞬間。
黒いパーカー。
帽子。
右足を少しかばう走り方。
見覚えがある。
絶対にある。
でも誰だ。
記憶の中では顔まで見えている。
なのに名前が出てこない。
「あっ!」
葵の声。
逃げた人物は非常階段から一階へ飛び降りた。
普通なら大怪我をする高さ。
だが着地すると、そのまま走り去ってしまう。
「速すぎる……。」
葵でさえ追いつけなかった。
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夕方。
帰り道。
「悔しいなあ。」
葵が空を見上げる。
「もう少しだったのに。」
僕は歩きながら考えていた。
違和感。
逃げた人物。
変装した用務員。
そして美術室。
全部が一本につながりそうで、つながらない。
その時。
「止まって。」
「え?」
道路脇の自動販売機。
その横に、小さな銀色のものが落ちていた。
僕は拾い上げる。
「ボタン?」
「制服のボタンだ。」
裏側には学校指定の刻印。
そして――。
「赤い塗料。」
盗まれた絵に使われていたものと同じ色だった。
葵が息をのむ。
「犯人の物?」
僕は静かに頷いた。
「たぶん。」
初めて、事件を犯人へとつなぐ証拠を手に入れた。
だが、この時の僕たちはまだ知らなかった。
この小さなボタンが、学園全体を揺るがす大きな事件の始まりにすぎないことを。




