断罪だよ! 全員集合
※タイトルは皆様ご存知、某有名バラエティ番組にちなみました。深い意味はありません。
目が覚めたら、金髪の美少年になっていた。
耳慣れない名前(……というか、これ、人名?)で呼ばれ、俺はふと目を開けた。
肌に触れる空気は澄んでいて、窓から差し込む光が瞼のあたりでキラキラと反射している。違和感を覚えながら、俺は眠い目を擦りつつ身体を起こした。
「ンだよ、母さん、まだ──」
「何を仰っているんです、殿下。お母君はご自身の宮で、まだお眠りになっていますよ」
母親のちゃきちゃきした大声を予測していた俺は、その言葉に完全に覚醒した。勢いよく振り向いた先には、おっとりと微笑む茶髪の美青年。なぜか俺の寝室に当たり前の顔で立っているその彼は、どう見ても調理用のボウルには見えない輝く銀色の器を差し出して言った。
「さ、お顔を。いつも通りの、薔薇の朝露を含んだ清水です」
唖然としてその器を受け取った俺は、恐る恐る中を覗き込んで──
「……はぁぁぁぁぁぁっ!?」
そこに映る金髪碧眼の間抜け面に、大声を上げた。
(待て、待て誰だこれ!)
天使の輪が光る金の短髪に、瞬きをすれば風が起こるんじゃと思うほどに長い同色の睫毛。細く尖った顎、完璧なバランスを誇る大きな目と通った鼻筋。寝起きにも関わらず、プルプルに潤った薄紅色の唇。文字通りの、絵に書いたような美男子がそこにいた。
でも、俺はごく普通の日本人だ。同じくごく普通の日本人顔の両親から生まれて、金髪やカラコンなんてまるで縁もなく──
「……ッ」
「殿下?」
鋭い頭痛と共に、どっと「何か」が頭に流れ込んでくる。
映画のセットのような豪奢で巨大な洋風建物、どう見ても西洋系の顔立ちの人々、男女問わずレースやフリルを多用した洋服、傅く人々を当たり前に見ている人間。
(俺の名前は……、リュシアン)
俺の意識は、自分が日本人男子高校生、小林 遼成だと認識している。でも同時に、「俺」はクレール王国第三王子・リュシアンだとも理解していた。
俺は悟る。これはいわゆる、ありきたりな異世界転生だと。
記憶の濁流に呑み込まれそうになり、俺は思わず頭を抱えた。
ピンクブロンドのストレートヘアの美少女が、俺の腕に絡みついてくる。その様子を悔しそうに眺める、同世代の少年たち。冷めた目でこちらを見ている、豊かな黒髪の美女。耳鳴りのような、口さがない噂話。
(そうだ……。今日は、兄上の卒業パーティー。その場で「俺」は、婚約者の断罪と婚約破棄を──)
俺たちが通う高等貴族学園では、夕刻の卒業式のあとに盛大なパーティが開かれる。主役はもちろん卒業生たちだが、在校生も彼らとの最後の交流の場として、参加を認められているのだ。王太子である第二王子の兄が卒業生代表を務めるとあって、弟の俺が参加しない理由はない。
その場で俺はよりによって、黒髪の美女こと婚約者のアデライード・ロレーヌ侯爵令嬢との婚約破棄を宣言するつもりだった。
彼女の罪は、フロランス・ヴィリエ伯爵令嬢への執拗な虐め行為。俺の真実の愛の相手である彼女への嫉妬から、陰に陽に嫌がらせを繰り返した。
……少なくとも、「俺」はそう信じて疑っておらず、王家付きの役人や使用人を総動員して証拠をかき集めていた。
(なんかもう、お約束の展開……)
俺は頭を抱えつつ、こちらを不思議そうに見つめている茶髪の美青年を見上げた。ちなみに、彼はエメリック・ロジエ。俺の側近だ。美しいもの好きの「リュシアン」が最近、顔面最優先で選んだ男で、正直機転が利くとは言えない。
「……エメリック、『あれ』を」
「? ……ああ」
一拍遅れで応じたエメリックがさっと部屋の隅に駆け寄り、書類の束を持って引き返してくる。俺はそれらを受け取り、素早く目を走らせた。
そこには予想通り、アデライードの「悪事」の数々が記されていた。
学園のサロンでのお茶会にわざとフロランスを招待せず、仲間はずれにしたこと。剣の稽古の場で、フロランスに故意に怪我を負わせたこと(この国では淑女の嗜みとして、護身術に剣技を学ぶらしい)。教師に頼まれ、学園の教科控え室で一人片付けをしていたフロランスを、その小部屋に閉じ込めたこと。
あと、これはリュシアンの心のメモ特記事項だが、身持ちの固いスレンダー美人のアデライードに対して、ロリ系グラマーなフロランスはかなり先進的だった。もちろん「最後」までは及んでいないものの、そこそこ際どいところまで許してくれていた。……我ながらクズだな、リュシアン。
とはいえ、こんな証拠で婚約破棄を突きつけるなど、とんだ無謀だ。そんなこと、普通の男子高校生でも分かる。
だが、この書類を読む「俺」の身体に沸き立つものがあるのは、リュシアンがこれを読んだことがあり、自分に都合のいい未来を思い描いたからだろう。
苦い思いを噛み締めながら次々にページをめくっていた俺は、最後の書類を目にした瞬間、ふと瞬きをした。
(……ん?)
リュシアンの身体も違和感を抱いていることから、これは初見の書類だと分かる。眉間に皺を寄せながら目を走らせて、……俺は息を呑んだ。
滑らかなパジャマ──多分シルク──を纏った背中を、冷たい汗が伝い落ちる。俺は何度も唾を飲み込みながら、最後の一文までを読み終えた。
(なんだよ、これ、誰が……! こんなもの読ませて、俺にどうしろって言うんだよ!?)
咄嗟に頭を掻きむしる俺を、エメリックが一歩引いて見つめている。恐る恐る俺の名前を呼ぶ彼に構わず、俺はしばらく唸り続けた。
(どうする? 俺がまずすべきことは……)
だが悲しいかな、ごく平凡な十七歳の頭には、とても名案は浮かばない。俺はガックリと項垂れて、──そして恐る恐る、目の前のエメリックを見上げた。
窓の外の様子を見るに、今はまだ早朝。卒業パーティーは夜。
俺は深呼吸するように大きく息を吸い、おもむろに口を開いた。
卒業生代表として挨拶をした兄王子に捧げられた大きな拍手と共に、大講堂で執り行われた卒業式はつつがなく終わった。
そしてそのあとはいよいよ、大広間での卒業パーティーである。
主役である卒業生たちが着飾っている間に、着々とパーティの準備が進められていた。大人として社交の場に出る前の最後の訓練の場であり、学園生活の最大の締めくくりでもあるパーティには、生徒だけではなくその保護者の参加も認められている。今も、王国を支える様々な家の高位貴族が、子息たちの晴れ姿を、微笑ましそうに見守っていた。
そんな場でよくも、脇役にすぎない自分が騒ぎを起こそうとしたな……と、俺は改めて震え上がっていた。「リュシアン、頭は大丈夫か」と、疑わざるを得ない。
だが、今の俺は、華やかに着飾った卒業生たちが続々と入場してくるのを、胃をキリキリさせながら見守っていた。
リュシアンが企んでいた婚約破棄が無謀なことは、俺にも十分理解できる。それでも俺は何かに突き動かされるように、その瞬間を今か今かと待ち侘びていた。
パーティの主催者は、次期生徒会長と決まっている。兄王太子の後を継いだ同級生が挨拶を終え、いよいよお楽しみ時間の始まりを迎えた瞬間、俺は大声を張り上げた。
「……皆のもの、聞いてくリェ!」
緊張しすぎて噛んだ。
慌てて咳払いをした俺は、しんと静まり返ったパーティ会場の中心に躍り出た。ブーツが床を鳴らすカツカツという音が、シャンデリアがいくつも下がった豪華な空間に響き渡る。
俺は内心の震えを自覚しながら背筋を伸ばし、そこに集まった人々をぐるりと見回して言った。
「偉大なる上級生の旅立ちという、素晴らしき日。彼らに恥じぬよう、次は我々が学園を引っ張るのだと、改めて強く心に誓った。……そして私もまた、この国の王子として、不正を見逃してはならないと決意した。私は今日ここで、とある人物の悪行を告発しようと思う」
ちなみにこの口上は全て、リュシアンが考えたものだ。部屋に隠してあった台本はカンペとして、今もポケットに突っ込んでいる。
困惑した様子の人々を前に、俺は続けた。
「アデライード・ロレーヌ侯爵令嬢! フロランス・ヴィリエ伯爵令嬢! 前に出て来てくれ!」
俺の口にした名前に、広間がにわかにざわつき始める。そんな中、名指しされた二人の令嬢が進み出てきた。
細身の身体を姿勢よく伸ばし、淡い微笑を浮かべているのがアデライード。宝石のように輝く波打つ黒髪をハーフアップにして、切れ長のいかにも頭の良さそうな目をかすかに細めている。彼女が俺の婚約者だ。
一方、ピンクブロンドをなびかせて俺に走り寄り、腕を絡めてきたのはフロランスだ。小柄な身体に不釣り合いなほど大きな胸を俺の身体に押し付けつつ、紫色の目でじっと俺を見上げてくる。……その感触に、悲しいかな、思わず動揺してしまった。
俺は頭を小さく振り、空いている左手の人差し指をアデライードに突き付けた。
「アデライード・ロレーヌ! お前はこのフロランスに、数々の陰湿な虐めを行ってきたな!? そのような女が、俺の婚約者に相応しいはずがない! よって、俺はお前を罪人として告発し、この婚約も破棄することを宣言する!」
その時の冷めた空気を、俺は一生忘れることはないだろう。「何言ってんだコイツ」という全方位からの視線をひしひしと感じつつ、俺はアデライード嬢を睨み付けていた。
だがアデライードは眉ひとつ動かさず、優雅に微笑んで答える。
「何を仰っているのか……」
「とぼけるな! 証拠は揃っているんだぞ!」
ヤケになって叫んだ俺は、背後のエメリックから受け取った書類の束を彼女に投げつけた。非難の視線の中、俺はアデライードに「読め」と命じる。群青色のすっきりとしたドレスが汚れるのも構わず、地面に跪いて紙を拾い上げる彼女に、女性たちが悲鳴を上げた。
流れるように立ち上がったアデライードが、その書類に目を通し終える頃、俺はフロランスの身体を抱き寄せながら言葉を発した。
「身分の違いによる差別を禁じている学園の方針に反し、お前は茶会でフロランスを仲間はずれにして、笑い者にしていたそうだな。護身剣技の授業では、剣に不慣れな彼女にわざと厳しく当たり、怪我を負わせた。週末の学園の小部屋に、彼女を閉じ込めようとしたこともあったな? 他にもまだまだある! 潔く罪を認めろ!」
「お言葉を返すようですが……、何か、証拠はあるのですか?」
あくまで冷静なアデライードに、俺は声を荒らげて言い募った。
「もちろんだ! 全て、このフロランスが証言した! 彼女は自分の日記に、被害を受けた日時を克明に記録している! 何より、彼女が一人きりの時に危険な目に遭った時に何度か、お前の姿がその場で目撃されているんだぞ!」
鼻息も荒く言う俺を、周囲は呆れた様子で見ている。俺だって、こんなの無茶苦茶な言いがかりだと理解していた。でも、何かに操られるように、言葉を止めることが出来ない。まだ夏前だというのに、背中には汗がびっしょりだ。
俺はフロランスの身体を自分に押し付けるようにして抱きながら、再び指先をアデライードに向けた。
「さあ、観念したならそこに跪いて、フロランスに詫びろ! そして今すぐ婚約破棄に同意して、書類にサインをするんだ! そうすれば、投獄だけは勘弁してやる!」
(もう嫌だ……)
白けたような周囲の目、アデライードの呆れた眼差し。「殿下ぁ……。あたし、怖かったですぅ……」と訴えるフロランスの声。頭が痛い。
それでも胸を張り続ける俺に、遠くから歩み寄ってきた男が声を掛けた。
「殿下、不躾な発言をお許しください。……ですが、被害者本人の証言のみでアデライード嬢を有罪だと断じるのは、あまりに乱暴ではありませんか? 何より、その『陰湿な虐め』というのも……」
「うるさい!」
もっともな指摘に逆ギレするしかない俺に、その男は小さく肩を竦める。ジェラール・アルクール、侯爵令息である彼は、整った男らしい顔に冷ややかな笑みを浮かべ、アデライード嬢の隣に並んだ。
「……ではまず、茶会の件から。あれはアデライード嬢が、もうすぐ卒業される先輩ご令嬢との思い出作りにと、学園のサロンで主催したものでしたね? 当然、その先輩と面識のないフロランス嬢を、招く理由などない。そこにフロランス嬢が押しかけ、騒いだ」
「……仰る通りです、アルクール侯爵令息」
大人びた美しさを誇る二人に比べ、自分はなんと子どもっぽいのだろう。憤慨した表情の俺に、ジェラールは滔々と言葉を続ける。
「剣技の授業についても、『技量が違うから』と断りを入れたアデライード嬢に一方的につっかかり、無闇に勝負を挑んできたのはフロランス嬢です。それは、共に授業を受けていた面々から証言を得ています。
……それから小部屋の一件、あれはフロランス嬢の自作自演です。あの日、アデライード嬢が次期生徒会役員の打ち合わせであの付近を通ることは、多くの人間が知っていた。フロランス嬢自身が用務員に頼んで、彼女が通りがかる頃に鍵を掛けさせたのです。小金をもらったと、老人が証言しましたよ」
「ぐうぅ……」
唸ることしか出来ない俺に、ジェラールはいっそ憐れむような声で言った。
「……殿下。私は、フロランス嬢が学園の外で、怪しげな男と会っていたのを見ました。あれは確か、五月十日の夕刻……。初夏にも関わらず寒い日でしたから、よく覚えています」
彼の言葉に、人々が一斉に振り返る。注目を集めたフロランスは、俺の腕に胸を密着させながら叫んだ。
「知らないわ、そんなこと! だいたい、その時間なら寮の自室にいたわよ!」
「ほう?」
とぼけたように首を傾げたジェラールが、唇の両端を吊り上げて笑った。
「ならばその日、寮でちょっとした事件が起こったことはご存知ですね?」
「……え?」
目を瞬かせるフロランス。王宮暮らしである俺も当然、学園の寮で起こったことなど知らない。
二人して顔を見合わせていると、ジェラールは大袈裟に溜め息を吐いてみせた。アデライードは無表情のまま、すぐ隣に立つジェラールを見上げている。
ジェラールはからかうように言った。
「おや? 確か、貴女の部屋の近くだったと思いましたが? 誰かがうっかり、部屋のカーテンに火を燃え移らせてしまって……」
フロランスは慌てて言い返した。
「もちろん覚えてるわ! 焦げ臭さが私の部屋まで届いて……」
「本当に? ボヤ騒ぎを起こしたのは、敷地の反対側の、男子寮の生徒だったはずだけど」
ジェラールの言葉に絶句したフロランスが、その場に立ち尽くす。この一幕だけでも、彼女の言葉の信憑性はダダ下がりだ。
にっこりと笑ったジェラールが、呆然としている俺に語り掛けた。
「殿下ほどのお方なら、少し調べればすぐにお分かりでしょう。……ですが、お手間を省くため、私から報告させていただきます。
フロランス嬢が密会していたのは、詐欺と殺人の指名手配犯です。愛人の女性を金銭と名誉に恵まれた男に近付かせ、骨抜きにし、財産をせしめたところで生命を奪う。犯人の男は、どこか危険な香りを漂わせる美丈夫ですから、貞淑な女性たちはひとたまりもなく、手のひらの上で転がされてしまったのでしょう」
「……は?」
ポカンと口を開ける俺に、ジェラールは「命拾いなされましたね」と微笑む。
だが、彼は不意に表情を改め、厳しい目を俺に向けた。
「……ですが、殿下。殿下がその女に騙され、アデライード嬢を傷付けたのは紛れもない事実です。
今日のことだけではない。聞けば、日頃から完璧な令嬢であるアデライード嬢に冷たくあたり、彼女のために王宮から与えられた予算も、ご自身の遊興やフロランス嬢のご機嫌取りに使い込まれていたとか。四月のアデライード嬢の生誕祝いにも、紛い物の宝石を一つ贈られただけだ」
途端にザワつく周囲の声が、俺の全身にのしかかる。俺はそろそろと逃げ出そうとするフロランスの肩を抱き、大声で叫んだ。
「う……うるさい! どこにそんな証拠が……!」
「疑問に思われたアデライード嬢は、いただき物にケチを付けるのも躊躇われたそうですが……。最終的には、著名な鑑定士のもとを訪れました。殿下が悪徳業者に騙されてしまった恐れもありますから。──結果はもちろん、彼女の誕生石であるダイヤモンドではなく、ただのイミテーション。騙されたのではなく、積極的にお買い求めになったと、業者も証言しましたよ」
ジェラールの言葉に、アデライードがそっと何かを取り出す。彼女は「鑑定書がこちらに」とだけ告げ、それをジェラールに渡した。彼が掲げたのは間違いなく、王室御用達の宝石店に所属する鑑定士の署名入りの鑑定書だった。
ジェラールは「昨年の誕生日祝いの品も、鑑定しましょうか?」と唇を吊り上げる。俺はフロランスを巻き込み、ガックリとその場に膝を着いた。
いつの間に手配していたのか、ジェラールが右手を掲げると、広間の端から騎士の一団が走り出てくる。彼らはフロランスの腕を容赦なく掴み上げ、抵抗する彼女に刀の切っ先を突き付けた。フロランスの顔が真っ青になる。
「ヒ……ッ」
「大人しくしろ!」
逞しい男たちが、小柄なフロランスの身体を引きずり始める。
勝ち誇ったような笑みを浮かべるジェラールと、冷たい無表情のアデライードを見つめ、……俺は盛大に溜め息を吐いた。
ここからは、完全にアドリブだ。
「……ならば、俺からも一つ言わせてもらう。──アデライード。お前、最近その男とずいぶん仲良くやっているようだな。エメリック、『あれ』を」
「はい、殿下」
そっと歩み寄ってきたエメリックが、再び書類を俺に手渡す。俺はそれを掲げながら、腹から声を出して言った。
「四月の中頃、確か王子妃教育があると学園を休んだ日。お前は密かに家を抜け出し、そこのジェラールと会っていたな?」
途端に空気が凍りつき、人々の目線が今度は一斉にジェラールとアデライードに向かった。だが、アデライードはまったくと言っていいほど顔色を変えず、いつも通りの涼しい顔で微笑んでみせる。
「……ただの、よく似た別人ですわ」
「そうか? 俺はあの頃、何とかしてお前がフロランスを虐めていた証拠を見つけようと、躍起になっていた。王家の『裏』も動かして、あれこれ目撃証言を集めていたんだ。……確かにその日、王子妃教育は行われていた。だが、受けていたのはよく似た替え玉だろう?」
この冬から、王子妃教育の教師役が、目の良くないやや高齢の女性に変わっていた。それまで慎重だったアデライードとジェラールだが、これは使えると油断したのか、次第に行動が大胆になっていったのだ。
ずっと学園でひっそりと言葉を交わし合う程度だったのが、教師の交代を受けて、短時間の外出になり、やがて長時間の密会へと変わっていったのも、ある意味で仕方のないことだろう。
さすがに俺が『裏』まで動かすとは思っていなかったのか、ジェラールは顔を引き攣らせている。相変わらずだんまりを続けるアデライードに、俺は三度指先を突き付けた。
「望むなら、お前たちが何月何日、何時何分、どこでどのように会っていたのか、『裏』の記録を出すことも出来る。無駄な抵抗はやめた方がいい」
俺の言葉に、ジェラールが顔を歪める。アデライードもすっと目を細めた。
俺はそんな婚約者に一歩近付き、溜め息と共に告げる。
「……なあ、アデライード。そいつが、反王家派の首魁の息子だって、知ってたか? 一族共々、表向きは忠実な振りをしているが、決起の恐れありと、王家の『裏』が密かにマークしていた存在だぞ。
……お前、利用されたんだよ。俺が、フロランスに夢中になって騒ぎを起こして、王家の体面を丸潰れにするのを助長した。これから更に、お前をどう駒にするつもりだったのか……」
顔を歪める俺を、アデライードは無言で見上げる。その表情には何の色もなく、彼女は一言も発しない。
一方で、彼女の隣に立つジェラールは、イケメン貴公子の顔を般若に変化させ、わななく指先で空を払った。
「──なっ、何を根拠にそんな……!」
「だから、『裏』が全部記録してるよ。いくら頭の良いお前でも、その全てを否定することは出来ないだろ? 怪しげな武器商人やら何やらと会っていた記録も残ってる。……俺は、その情報を父上に報告していた。今頃、お前の家にも調査官がなだれ込んでいる。──その辺にしとけよ」
俺の言葉にジェラールはガックリと膝を着き、アデライードはやっぱり無表情で俺を見つめていた。
その後、グダグダな空気のまま卒業パーティーは再開され、史上稀な盛り下がりを見せたあと、何となく終わった。主役の座を奪われた卒業生たちには、心から申し訳なく思う。本当に、なぜリュシアンは自分のパーティの場でもないのに、この日に婚約破棄など企てたのか。
後日、俺は父上と兄王太子に呼ばれ、改めてこの度の騒動について話し合った。
結論から言うと、リュシアンは何も考えていなかった。
超タイプの外見の女の子に言い寄られて有頂天になったあいつは、一刻も早く彼女と婚約して、さっさとやることヤリたいだけだったのだ。兄の卒業パーティーを選んだのは、単純に目立つ場が好きだから。
だが、その煩悩が奇跡を起こした。
彼はアデライードの不貞の証拠を掴み、それを断罪の切り札にしようとした。一方で、王家の『裏』は自分たちが得た情報に騒然とし、当然、国王である父に全てを報告した。あの場で俺は「俺が父王に報告していた」と言ったが、あれはまあ、なんというか……せめてもの見栄だ。
ともかく、父と兄は俺の暴走を隠れ蓑に、着々と情報を集め、犯罪者と国家反逆者を同時に捕らえようとしていたのだ。
けれど卒業パーティーの日の朝、何の因果か、リュシアンの中身が小林 遼成に入れ替わった。
あの日俺は、婚約破棄の根拠となるアデライードの虐め(と言うのも恥ずかしい内容)と不貞の証拠に目を通し、最後の見慣れないページに、文字通り固まった。
それは、ジェラールの正体に関する資料。父や兄が俺に黙っていたはずの内容だった。
それを読んでしまった俺は、どうすべきか分からなくなり、一番偉い人──すなわち父王に相談した。初めましてな父は、俺の手元にこの資料があったことに驚愕していたものの、全てを話して俺に予定通り婚約破棄を決行することを命じた。
そして、あの騒ぎである。
資料を誰が紛れ込ませたのか、父も兄も本気で首を傾げていた。俺も黙って彼らに倣った。
父の前を辞したあと、自室に戻った俺は、ポツリと呟いた。
「……なあ、エメリック。お前、何者?」
いつも通り、不器用な手つきでお茶を用意していた側近が、不思議そうに首を傾げてみせる。
俺はその自然な反応を見ながら、入れてもらった薄いお茶を啜った。相変わらず不味いと、リュシアンの身体が言っている気がする。俺は小さく笑った。
「あのタイミングで、あの資料。……お前しかいないだろ? 何の目的で、あんなのを俺に読ませた?」
「殿下、何を仰っているのか……」
「あくまでとぼけ続けるんだな。──分かった」
なんの根拠もない思い付きに、明確な答えが返ってくるとも思っていなかった。俺は小さく溜め息をつき、「……下がっていいよ」と眉間に皺を寄せて笑った。
エメリックはいつものように生真面目に頭を下げ、茶器と共に部屋を出て行く。
結果的に俺は国家の危機を救ったわけだが、周囲のリュシアンの評価が、地面にめり込むほど低いままなのは変わらない。婚約者も修道院送りとなり、後ろ盾を失って、今後どうなるのかも不明なまま。
ひとまずは元の世界に戻れるのか、戻れないのならどうするか。考えるべきはそこだろう。もしやこのリュシアンの中身が、現代日本の俺の身体に入ってるかも知れないし。そうなったら色々やばい気がする。
お湯の味しかしない薄い茶を飲み干し、俺は静かに息を吐いた。
周囲に人の目がないことを確認し、彼はそっとその部屋に入っていった。
そこに待ち構えていたのは、四十代前後に見える女性。真っ直ぐに背筋を伸ばした金髪の美しいその人は、宗教画の天使のような笑みを浮かべて言った。
「ご苦労さまでした」
「対価に見合う働きをしたまでです」
王の行動に気付いていた彼女は、そのまま息子が切り捨てられることを案じていた。いざ断罪劇が始まったら、何とか息子を守ってほしい。それが彼になされた依頼だった。
彼も当初は、息子である少年が拘束された場合、秘密裏に逃がす程度の考えだった。
だが、あの日の朝、少年は何故か雰囲気が変わっていた。明らかに、自分が起こそうとしていた婚約破棄騒動に、ゲンナリしていた様子だった。ならば、不確定要素に不確定要素を掛け合わせれば、どうなるか──堂々と生き延びられる確率が上がるのではと、彼は賭けに出たのだった。
そして賭けは成功した。凄腕スパイ連盟として知られる組織の一員として、面目の立つ働きは出来ただろう。
彼は恭しく頭を下げ、部屋を出た。注意深く周囲を伺い、ごく自然に歩き出す。
それを見送った女性も、静かに微笑んで席を立った。
「まだまだ世話がやけるわね。──私の可愛い、天使ちゃん」




