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大天使の初恋を、妖精王が台無しにする物語。 〜永遠の恋人は、まだ恋人未満〜  作者: 久茉莉himari


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【9】大天使、床屋を問われる。 〜平成チャラ男の美意識革命〜

ルシアンのオリンピック選手級のバタフライが続く中――


アンジュはプールサイドのパラソルの下から、アーチボルトに借りた拡声器を使ってルシアンを鼓舞していた。


「ルシアン!素晴らしいぞ!流石、大天使だ!」


拡声器を使っても、アンジュの鈴の音のような声は美しく響く。


ルシアンは息継ぎをする度に、「恐れ入ります!」「痛み入ります!」「恐悦至極に存じます!」と律儀に返事をしている。


リオはアンジュを止める瞬間を逃さないように、少し離れたところからアンジュを見張っていた。


そんな中――

メインリビングから二人を見ていた妖精王が、パソコンの前にいるロクシーに言った。


「ロクシー先生、超キャワたん☆

しかも、天才なんでしょ?

ルチアーノから聞いたよん♪

俺もルシアンの初恋成就ってやつ?叶えてやりたいなーって❤️

脚本書いてくんない?よろ☆」


ロクシーがジロリと妖精王を見て、低く告げる。


「……1本10万ドルよ?

あんた“ドル”が分かんないんでしょ?」


妖精王がニパッと笑う。


「そうそうそう!!

“10万ドル”が良くわかんないけどー、俺って純金と天然の鉱物しか身につけられないから♪

このネックレスじゃ足りなーい?」


ロクシーの目が瞬時に鑑定士のように光る。


――これは最高級のビションプラッドのルビー!!

10万ドルじゃ買えないやつ……。

しかもネックレスの部分は純金!!

オークションに掛けたら……。


ロクシーがアッサリ答える。


「オッケー!

前払いね!」


妖精王は「あげぽよ☆☆☆」と言うと、ネックレスを置いて、ふらりとプールサイドに向かう。


その途端、ルチアーノがロクシーの元に飛んで来て、深紅のシルクのハンカチを噛み締めながら訴える。


「ロクシー先生…!

あんな軽い奴の脚本を引き受けるのですか!?」


ロクシーがネックレスを揺らし、答える。


「もう、前払いして貰ったしね!」


するとルチアーノが目を見開いた。


「……なんと!!

先生は札束じゃなくて良いんですか!?」


リビングを見張っているアーチボルトが、心の中で「それは流石に、失礼じゃろう!?」と叫ぶ。


ロクシーは再びパソコンに向かうと、一言。


「まあね」だけ。


その瞬間、ルチアーノが深紅のハンカチを投げ捨てて、仁王立ちになった。


そして宣言する。


「……ならば!

俺様も宝石なら山程ありますッ…!!」


ロクシーがゆっくりと視線をルチアーノに向ける。


その目は“ドル”の形になっている。


ロクシーはやさしく微笑むと、言った。


「……へえ……インゴット何本持ってる?」


アーチボルトがまたも心の中で絶叫する。


――ルチアーノの馬鹿が…!!

守銭奴に自分の財産を教えるな!!




そして、昼食時――


リオとアーチボルトが交代して、アーチボルトがアンジュの元に向かう。


そしてアンジュに向かって、にこやかに告げた。


「アンジュ……。

もう昼食の時間じゃ。

もう用意は出来たし、その拡声器でルシアンに『ごはんだ。止まれ』と言ってくれんか?

ルシアンのぶんも、作ってしまってのう……」


アンジュが青い瞳をキラキラと輝かせる。


「なるほど!

アーチボルトの好意も食事も無駄には出来ない!

よかろう!」


そして、アンジュが拡声器で叫んだ。


「ルシアンよ、止まれ!

お前も私と昼食を取るのだ!」


その刹那――


ルシアンが完璧なスーツ姿で、アンジュの前に現れ、胸に手を当て言った。


「……御意……!」




そして、ルシアンとアンジュは二人きりで昼食を取った。


場所は二階のバルコニー。

アーチボルトとリオが事前に用意しておいたのだ。


2月末のセレニスはもう、春のような陽気だ。


穏やかに吹く海風が心地良い。


ルシアンには、リオが普段食べているようなトレーニング後の疲労回復用の食事。


アンジュはフルーツ入りのスコーンに、サンドイッチと、フレッシュオレンジジュース。


アンジュはルシアンの緑色のドリンクに興味津々で、一口飲みたいと言って、ルシアンを困らせた。


アンジュはあどけなく笑い、ルシアンの無表情にも僅かな笑みが零れる。


その様子を影から見ているのは――

ルチアーノ。


その手にはNASA監修の超小型録画機器が握られている。


――この尊い光景は、これから……将来に渡って何百回も見返す……!


そんな決意に満ちていると……


妖精王がふわりと別の階段を登って、アンジュとルシアンのテーブルに向かった。


ルチアーノが妖精王を引き戻そうとしたその瞬間――


妖精王の腰まである長い金色の髪、そしてアンジュの長い金髪が重なった。


すると――

バルコニーに降り注ぐ太陽の光と反射して、その空間が本当に金色に染まって見えた。


思わず「……金ピカだッ!」と叫んでしまうルチアーノ。


くるりと妖精王が振り返り、「ルチアーノ!何してんのー?」とルチアーノの元にやって来る。


ルチアーノがゴホンと一つ咳払いをして、妖精王に「こっちだ!」と言って一階に向かう。


妖精王は楽しげに、ルチアーノの後を付いて来る。


そして一階のメインリビングに着くと、ルチアーノは声を落として言った。


「妖精王よ……お前、髪の毛が長いよな?

何でだ?」


妖精王が嬉しそうにニパッと笑う。


「あーこれね☆

ロン毛、イケてるっしょ☆

ウェーイ☆☆☆」


ルチアーノの目が見開かれる。


「……ロン毛はイケてる……!!」


それは――ルチアーノに雷を打たれたような衝撃を与えた。


推定年齢300歳、情緒3歳の昭和ロマンの男が、初めて平成チャラ男の美意識に触れた瞬間だった。




そして、ルシアンが一人になるところを見計らって、ルチアーノがすすっとルシアンに近づく。


「ルシアン……お前、月に何回床屋に行ってる?」


ルシアンは淡々と一言答える。


「特には」


ルチアーノが顔を真っ赤にして、大興奮した様子で畳み掛ける。


「じゃあ……伸ばそうと思えば伸ばせるのか!?」


ルシアンが「ああ」と答えると、ルチアーノは身悶えしながら言った。


「……妖精王が言ってたんだよ……!

ロン毛はイケてるってな!

お前も髪の毛を伸ばせよ!!

アンジュちゃん絶対に……“ルシアンって、イケてる❤️”ってなるぞ!」


ルシアンの片眉がビクリと上がった。




メインリビングのソファで、静かにラテン語の本を読んでいるアンジュに向かって、ルシアンがおずおずと声をかける。


「……アンジュさま……私は髪の毛を伸ばすべきでしょうか?

……大天使として……」


アンジュが小首を傾げる。


「髪の毛?

そう言えば、ミカエルは長髪だな!」


その瞬間――

ルシアンの目にうっすらと“神話級比較対象”の文字が浮かび上がる。


――大天使ミカエルさま……!?

大天使の双璧をなすお方と……同じ!?

この一介の大天使の私が……!?


ルシアンの顔がみるみると深海色になり、プールに向かって駆け出そうとすると、アンジュの鈴の音のような声が響いた。


「私は今のままのルシアンで良いと思うぞ!」


アンジュの言葉は、さらりと放たれた純粋な善意の言葉。


だが、ルシアンの心臓に直撃した。


そして、その瞬間、ルシアンの中で“ロン毛計画”が静かに消滅した。


その代わり、ルシアンの心に別の何かが芽吹いた。


そして――ルチアーノにも。


「俺様も……ズッ友のお揃いのロン毛にしよっかな❤️」と。

ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)

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