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大天使の初恋を、妖精王が台無しにする物語。 〜永遠の恋人は、まだ恋人未満〜  作者: 久茉莉himari


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【7】四時間、鏡。〜初恋と苺ババロアの戦場〜

そして四時間後――


ルシアンの寝室の扉がドンドンとノックされた。


ルシアンが静かにドアを開く。


「静かにしてくれ、ルチアーノ」


ルシアンが淡々とそう言うと、特大クラッカーを持って立つルチアーノが目を剥いた。


「……お前なあ……!

お前こそ、四時間も鏡を見つめてるって……何してんだよ!?」


ルシアンの片眉が上がる。


「なぜ、それを知っている?」


するとルチアーノが、ドアの前でジタバタし出した。


「良いから!

早く恩寵を解け!

俺様を中に入れろ!

話し合うんだッ!」


その刹那――

ルシアンが無表情で「解いた」と言うと、ルチアーノがズカズカと部屋に入って来る。


そしてソファに、どっかりと座った。


ルシアンはドアを閉めると、ルチアーノの前の一人掛けソファに座り、淡々と口を開く。


「ルチアーノ、私が四時間、鏡を見つめていたことを、なぜ知っている?」


ルチアーノはフンと鼻を鳴らし、話し出す。


「俺様はお前の初恋成就の脚本が上手く行くか、見張ってやってたの!

それに、お前が妖精王と話した時、ロクシー先生がいただろ!?

あの人は……全部お見通しなんだよ……!

お前が一時間経っても現れないとなると、即座にイレイナに連絡を取った……!

そしてイレイナは、お前が最低限の恩寵で部屋を囲ってることを、水晶玉で確かめた!

そして……俺様に言ったんだ……」


そこで一旦、言葉を切るルチアーノ。


ルシアンが無言で待っていると、「『それで?』くらい言え!」と怒鳴ってから続けた。


「それで……『私なら、あの程度の恩寵は見破れる。良かったら、五万ドルであんたの水晶玉に、部屋の映像を転送してやってもいいわ』ってな……!

返事?

愚問だぜ!!

俺様はすぐに支払いを済ませて、水晶玉でお前を見守ってたんだよ……!

そしたら……お前、ずーっと鏡を見つめてるだけ!

一瞬、ロクシー先生がループ映像を送って来てるのかと思ったぜ!

さあ!

ズッ友!

話してもらうぞ!

何で四時間も鏡を見てたんだ!?」


すると――

ルシアンは拍子抜けする程、淡々と答えた。


「妖精王がアンジュさまを“爆イケ”と表現したのだ。

そして私に言った。

『鏡見てみ?』と。

だから“爆イケ”を理解しようと、鏡を見つめていたのだが……答えはまだ出ていない」


するとルチアーノが、身体をわなわなと震わせて言った。


「アイツーーー!!

アンジュちゃんは爆イケなんてもんじゃない!!

黒沢明監督のヒロインなんだよ!!」


ルシアンが一度、瞬きする。

そして言った。


「アキラ・クロサワか……理解した」


ルチアーノが「ほらー!!」と嬉しそうに言って、特大クラッカーを鳴らす。


だがルチアーノは分かっていない。


それは、世界的な監督なら知識としてあるだけの、大天使の答えだということに。




そしてルチアーノに促され、ルシアンがメインリビングに行くと――

食後のデザートなのか、妖精王とアンジュが数々のスイーツをテーブルに並べて食べていた。


アーチーボルトは呆れ顔で、そんな二人を見ている。


ルシアンが即座に、戦士の眼になる。


――“爆イケ”を理解出来ず、しかもアンジュさまの大好物のロイヤルミルクティーを、食後に淹れることを失念するとは……!

大天使、失格……!


ルシアンは思わず、柱の影に隠れる。


「んま❤️

アンジュちゃんオススメのスイーツ、外れないね!

サイコー☆」


妖精王が楽しそうにそう言えば、


「そうであろう!?」


と、ルシアンには分かる――

輝くようにニコニコしているアンジュの声。


そっと覗いて見ると、楽しそうな二人に、ルシアンの顔色が深海の蒼へと変化していく。


すると突然、妖精王が言った。


「おーい!

イケメンくん☆

本当は食べたいんだよなー?

でも、自分から言えない!

ワカルー!!

分かりみしかなーい!

ほら!

食べようぜ☆

ルシアンには……苺ババロアなんて良いんじゃなーい!?」


するとアンジュが、すかさず答える。


「うむ!

ルシアンには苺ババロアが似合う!」


ルシアンの顔色が、深海の蒼から火山のマグマ色に瞬時に変化する。


オロオロし出すアーチーボルトをよそに、妖精王が続ける。


「あと〜何気に!

何気にね!

ルシアンってマシュマロココアとかも似合うよネ☆」


「妖精王よ!

正しい判断だ!」


アンジュの断定に、ルシアンは堪らず猛ダッシュでプールへと走って行く。


そしてパシャリと飛び込む音が、メインリビングに響く。


アーチーボルトが頭を抱えていると、妖精王は心底感心したように言った。


「うわー本気でお腹を減らす気だ!

ガチで甘党だね❤️」




それから三時間後――


プールから上がったルシアンは、自分の寝室でシャワーも終え、一人ソファに座り、テーブルを見ていた。


その眼には、まさに大天使の戦士としての鋭い眼光が宿っている。


その視線の先にあるのは――

苺ババロア。


観察する。

真剣に。


“大いなる竜”を前に、戦場を駆け抜ける前のごとく――


しかし、どう見ても苺ババロアは、苺ババロアでしかなく――


ルシアンは誰も見ていないのを恩寵で確認し、苺ババロアを一口食べてみた。


そして、ポツリと一言。


「……これが私?」


そしてルシアンは、誰にも言わず、夜は深まって行った。




翌日の朝――


ルシアンは早めに起きて、アンジュのための完璧な朝食作りに励んでいた。


そこへ早朝ランニングを終えたらしいリオがやって来て、冷蔵庫を開け、リオ専門のスポーツドリンクを取り出し、ごくごくと飲む。


アーチーボルトの別荘のキッチンには太陽の光が溢れ、ルシアンの心は平穏に満ちていた。


そこに――


「ルーシアン♪」


ご機嫌なルチアーノが現れる。


「ロクシー先生の初恋成就の脚本通りだな……!

アンジュちゃんは美貌の食いしん坊!

まずは胃袋を掴む!

俺様も気合い入れるぞーーー!!

ズッ友の初恋成就だッ!!」


リオが苦笑する。


「ルチアーノ……それって恋人未満って言ってるようなもんだよ?

あんまり言わない方が……」


するとルシアンが火を止め、胸に手を当てて言った。


「アンジュさまに恋をするなど、なんと恐れ多い!!

私のような存在が……!!」


ルチアーノがルシアンの肩を、がっしりと掴む。


「分かるぜ……!

最強の大天使にして、繊細なガラスのハートのルシアン……!

まさにロマン……!!

だから、俺様が……」


ルチアーノがそこまで言った時だった。


能天気な声が響く。


「ウェーイ☆

初恋ってさ、スピードよ?

逃しちゃダメダメ☆

んーでも、俺も初恋まだなんだ☆

テヘペロ☆」


リオがぼそっと呟く。


「……初恋……まだなんだ……」


そして妖精王は、アーモンドアイを輝かせて宣言する。


「ロクシーって恋の脚本家なの!?

ヤバーイ☆

チョベリグ!

俺がルシアンのために、ロクシー先生に恋って何か聞いてきてア・ゲ・ル☆」


妖精王はひらひらと白いローブを揺らし、飛ぶように駆けて行く。


ルチアーノが真っ青になって、その後を追う。


リオがポカンと二人を見送ると、ルシアンに言った。


「ルシアン……あの二人……ロクシーに叩きのめされない?」


ルシアンはマグマ色の顔色のまま、無言で料理を再開した。

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