【4】妖精王――触れた者は、生きながら幽霊になる。
ロクシーは一拍置くと、勢い良く話し出した。
「私が頭がおかしいか、クスリでラリってるんじゃないかって言ったのよ!
それで『私を』救急車に乗せようとした!
だから私は一芝居打って、警察と救命士にお帰りいただいて、モーテルに血塗れの彼を運んだの。
まず、私一人でチェックインした。
アンジュちゃんには――見えてないけど、もし彼が起きてドアを開けたりした時に備えて、車に残ってもらった。
それから、車に寝かせてある彼を迎えに行った。
今思うと変だけど、彼はすごく軽かったから、私一人でも簡単に運べたの!」
「軽い……!?
あんな大男で、キンキラキンに飾り付けてるヤツが……!?」
アーチーボルトが思わず声を上げる。
ロクシーが即答する。
「そうなの……!
そしたら、その途中でモーテルの従業員に会ったの。
『こんな雨の中、女性お二人で何してるんですか?手助けしますよ』って、親切に言ってくれた。
――そしたら、急に怖くなったの……!
警察や救急車が来ている時は、とにかく私の話を信じてもらって、彼を助けてほしくて必死だったから、彼が他の人に見えないということは、私の中で後回しになってたんだと思う……。
でも、一般人にさらっと『お二人で何してるんですか?』と言われたら、急に恐怖が襲ってきた……!
私以外は彼が見えないんだと、自覚したの!
それで、リオに電話をしたのよ!」
そうしてロクシーは一気に話すと、深く息を吐いた。
アーチーボルトが微笑んで、ビール瓶を差し出す。
「そうだったのか……。
大変じゃったな、ロクシー。
まあ飲め。喉が乾いたじゃろう」
「うん!ありがとう、アーチー!」
ロクシーはビールを一気飲みすると、ルシアンをきっと睨む。
「次はルシアンだよ。
私が轢いた“人間もどき”の正体はなんなの?」
ルシアンが答える。
「その前に一つ質問をさせてほしい。
ロクシー、彼を発見した側に、大きな木が生えていないか?
樹齢千年くらいの」
「……そういえば……樹齢千年かは分からないけど、大きな木はある!
ゲームの世界で“大きな木”が重要な要素になってるから、確かイベント大会があそこに決まったの!」
ルシアンが頷き、全員を見渡して毅然と言う。
「皆に守ってもらいたいことがある。
彼には絶対に触るな。
ロクシーは彼に触った。
正確には、彼の血に触れた。
だからロクシーにだけ彼が見えた。
――ロクシー、彼の血に触れなかったか?」
ロクシーが、はっとした顔になる。
「そういえば……警察が来るまでに、息をしてるか確認したくて首に手を当てた……。
それと、傷口を押さえようとして衣装をめくったわ……!
傷口は分からなかったけど……」
「アンジュさまは?」
すると、アーチーボルトが叫んだ。
「……見えてないから、無意識に触ってしまったのではないか!?
だが、なぜアンジュだけ彼は見えず、意識がないのだ!?」
ルシアンが苦しそうに答える。
「アンジュさまは……特殊な体質なのだ。
だから、ロクシーよりも症状が酷い。
奴も見えず、意識を奪われた。
少しの間は動けていただけで、モーテルに着いた時にはもう意識は無く、機械的に動いていただけだ」
ロクシーが小さく頷く。
「そうね……。
私はアイツの怪我のことで頭がいっぱいだったから……。
確かにアンジュちゃんはおかしかったけど、気が動転してるのかと思ってた……。
そして、バスルームで倒れたの……」
ルシアンの厳しい声が響く。
「やはりな。
――いいか、彼の血は人間にとって『悪』だ。
だから私は、アンジュさまとロクシーに清めの儀式を行った。
彼の血が付いた手で目元を触った可能性があるから、眼球と粘膜もだ。
彼の血は、皮膚からも粘膜からも吸収されてしまう」
アーチーボルトが眉をひそめる。
「では、やはり怪物ではないのか?」
ルシアンが首を横に振る。
「もっと悪い。彼は――妖精王だ」
「妖精王!?」
ロクシーとアーチーボルトが同時に叫ぶ。
ルシアンが至極真面目に、
「そうだ」
と答えると、アーチーボルトが笑った。
「妖精とは、あれじゃろ?
生クリームが大好きな働き者の小人とか、ティンカーベルのような。
その王様?呑気な王様ではないか!
怪物よりもっと悪いとは……!」
ワハハと笑うアーチーボルトだったが、ルシアンが無表情で一瞥すると、その笑いはすぐに止んだ。
ルシアンが厳かに語り出す。
「いいか。
妖精は人間が考えるほど身近でも、親しみやすい存在でもない。
妖精は我々天使と同じ系列にあり、序列は一番下だが――神が人間のために創られた。
違うのは、我々天使は神の戦士として、命令を即座に実行できるよう天界に存在しているが、妖精は人間に夢や教訓を見せるための“ファンタジー”として、独立した次元の世界を持つということだ」
アーチーボルトが身を乗り出す。
「ならば……アイツが妖精王なら、妖精は異なる次元から地上に来ておるということか?」
ルシアンが頷く。
「そうだ、アーチーボルト。
違う次元といっても、例えるなら一枚の透明な紙で隔てられているだけの世界だ。
選ばれた妖精は、ある条件を満たせば、その紙を抜けるように地上へ行き来できる。
神は人間を愛している。
だからこそ、人間に楽しい夢やお伽噺の世界を垣間見せ、心を潤わせるために妖精を創ったのだ。
それに、まだ人間が今ほど文明的に進化していなかった頃には、その夢を“教訓”としても使われていた。
そして妖精の世界は、宇宙の法則と同じく、“陰と陽のバランス”で成り立っている。
善良な妖精もいれば、ずる賢い妖精もいる。
ただし、悪魔や怪物のように“邪悪”ではない。
だが――その分、解釈が広すぎて統制するのが難しい。
それを一手に統べる存在、それが妖精王だ」
「でもさあ」
ロクシーが頬杖をつき、疑問に満ちた瞳でルシアンを見上げる。
「悪魔や怪物のように邪悪じゃないんでしょ?
それなのに、なんで妖精王が見えるようになった私は“拷問”されたの?」
ルシアンが眉間に皺を寄せる。
「ロクシー、“拷問”ではない。“清めの儀式”と言ってくれ。
君は妖精王の血に触れた。
だから妖精王が見えるようになった。
アンジュさまは意識を奪われた。
妖精王の血に触れた者は、二十四時間以内に清めの儀式を行わなければ――
生きながら幽霊になる」
「いっ……生きながら幽霊になる!?
じゃあ私、もう死んでたの!?」
ロクシーの叫びに、ルシアンは重々しく頷く。
「そうだ。
徐々に弱り、やがて死を迎える。
だが本人は、自分が死んだことを理解できない。
死神も迎えに来ない。
悪霊となって永遠に彷徨い続けるのだ」
すると、アーチーボルトが真剣な表情で訊いた。
「じゃあ、わしとリオは?
スマホのカメラ越しでアイツを見たが……?
それに、ルシアンは天使だから見えたってことか?」
ルシアンは淡々と答える。
「そうだ。
私は天使だから、同系列の存在は見える。
だが、あの部屋の妖精王が“本当に意識がない”と確信できなければ、私も動けなかった。
もし敵意があり、私と妖精王があの場で戦えば――
同列の存在同士の衝突となり、被害は莫大だっただろう。
アンジュさまはもちろん、君たちも無事では済まなかった。
だからこそ、リオとアーチーボルトに先に部屋へ入ってもらったのだ」
アーチーボルトが、
「なるほど」
と頷く。
ルシアンが続ける。
「それと、“生きながら幽霊になる”のは、妖精王の血に触れ、かつ肉眼で見た者のみだ。
君たちは妖精王の血に触れていないし、肉眼でも見ていない」
アーチーボルトが今度は胸を撫でおろす。
「良かった!
じゃあ妖精王の血に触れなければ、妖精王は見えないんじゃな?」
ルシアンが深いため息をつく。
「それが……そうでもない。
妖精王が“存在を見せたい”と思った人間には、見えるようになる。
まじないではなく、妖精王が“そう思った”瞬間に、だ。
先ほど、妖精王は、リオもアーチーボルトも見えただろう?
逆も然り。妖精王が“見せたくない”と思えば、その瞬間から見えなくなる。
妖精王は、癖のある妖精たちを束ねるに相応しい――極めて強力な存在なのだ」
「じゃが……アイツ、怪我をしておったよな?
血塗れじゃったではないか!
傷口は見えんかったが……。
妖精王を倒す方法があるのでは!?」
アーチーボルトが確信を持って言うと、ロクシーがアーチーボルトを見て、うんうんと頷く。
ルシアンが腕を組み、再びため息をつく。
「妖精王は、親である前代の妖精王が死んだ時、男女を問わず直系の第一子が王座を継ぐ。
つまり、今の妖精王の親は、すでに亡くなっているはずだ。
だが、それが理解できない。
妖精王を傷つけられるのは、妖精王よりも強力な“血縁者”のみ。
つまり――本来なら、誰も彼を傷つけられないということだ。
それに、地上に降りた理由もまだ分からない」
その時、凛とした声が響いた。
重い空気が澄み切り、清められるかのような――
「妖精王は、ほとんどの生涯を妖精の世界で終える。
地上に来るのは、それ相応の理由がある時だけだ。
それに――彼は妖精王だ。
自己回復能力を持っている。
だから、血にまみれていても“傷口が無かった”のは当然だ。
そうだな、ルシアンよ……!」
「アンジュさま……!!」
アンジュが青い瞳を輝かせ、全身から神々しい光を放ちながら、ルシアンを見つめていた。
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