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ボクのコールマン『優しい毒とメインキー ~家族という名の光の中で、リーバイスのポケットに隠し持った最後の叛逆~』  作者: yoshi-0213-1023-1106-0326


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第5話 あるがままの炎

新人たちが配属されてから約一ヶ月が経過し、職場にも少し慣れ始めた6月半ば。


その日、健太は、昼休みの時間帯を少しずらし、私用で会社の1階にあるATMへ向かおうとしていた。


エレベーターホールで、彼は近衛貞時コノちゃんと二人きりになった。


「あ、鈴木係長、お疲れ様です!」


コノちゃんはいつものように爽やかに挨拶した。


健太も、

「コノちゃん、おつかれさま。あ、別に健太で良いよ。」

と返す。


「えっ!良いんですか?じゃあ、健太さんで」


エレベーターに乗り込み、コノちゃんは朗らかに笑った。

健太は、彼の「特別」な空気感に気疲れし、なんとなく無言になった。


彼は視線を逃がすように、無意識にスマホを取り出した。


なんとなく開いた写真フォルダには、例のストーブが写っている。


先日、納得行く形で自宅の庭で扱えるようになった、コールマンらしいグリーンカラーのスポーツスター2。


(アルコールでのプレヒートも要らず、手軽で安定感のあるストーブだ。それは、あの忌まわしの炎上の同じ轍を踏まないための「練習」であり、「堅実」への誓いを込めた儀式だった)


健太は、そのストーブの姿を見つめることで、自らの内にあるロマンへの執着という「影」を打ち消そうとしていた。


エレベーターが地上階に到着し、カコン、と僅かに揺れて停止した瞬間、コノちゃんが降りるために一歩前に踏み出した。


その動きで、彼の視線が、健太が持つスマホの画面を一瞬だけ捉えた。


「あっ」


コノちゃんが小さく声を上げ、足を止めた。


「健太さん、それ…!」


健太は反射的にスマホを胸元に引き寄せたが、もう遅かった。


コノちゃんの目は、スポーツスター2の写真を捉えていた。


「それ、コールマンのスポーツスター2ですよね!健太さんも使っているんですね!」


コノちゃんは無邪気な笑顔を向けた。


まるでキャンプ場で親しい仲間に話しかけるような、屈託のない明るさだった。


健太は動揺を隠し、作り笑いを浮かべるのが精一杯だった。


「あ、ああ、そうだけど…。コノちゃんもコールマンだっけ?」


「はい!父の影響でずっとコールマンで。もちろん僕もソロ用にこれを持ってるんです。質実剛健、堅実でいいストーブですよね。僕もこれを選んだんですけど、改めて見るといいですね。」


健太は「堅実」という言葉と、


「僕も持ってるんです」


という事実に、自らの「特別」の敗北の味がした。


その敗北の象徴を、よりによって彼の「光」の前にさらされている**ことが耐え難かった。


「あの...健太さん」


コノちゃんの笑顔が、一瞬だけ、優しく、しかし真剣な表情に変わった。


コノちゃんは、言いにくそうに、しかし、言葉を選ぶかのように慎重に続ける。


「実は、ボク、あの時、たまたまあのキャンプ場にいたんです。ボクのソロキャンプデビューで、、。」


健太は、その場で凍りついた。


(あの時とは、まさかあの時、あのスベアを炎上させてしまった、あの時のことか?)


全身の血が冷えるのを感じたが、彼は冷静を装った。


「えっ?あの時って?」


コノちゃんは言い淀み、目を伏せた。


「その、見ちゃったんです。たまたま近くのサイトだったんで。。。その、炎上的な出来事を、、、。」


まさかとは思ったが、事実だった。

あの忌まわしい出来事を見られていたのだ。


健太にとっては、もっとも知られたくないあの時の、ロマンの崩壊、自分自身の手で全てをぶち壊してしまったスベアの炎上の一連を、よりにもよって、会社の部下であるコノちゃん、近衛貞時に見られてしまっていたとは。


エレベーターの扉は開きっぱなしだが、二人とも動けない。


「あ、すみません、全然変な意味じゃあないんです。」


コノちゃんは慌てて付け加えた。


「ただ、僕、あれを見て、父のことを思い出したんです」


健太は無言で先を促した。


「父は昔、登山が好きで、あのスベアを山に持っていっていたらしくて。でも、標高の高いところでプレヒートを失敗して、同じように炎上させて、結局調理できずに懲りた、って話をしていて」


コノちゃんは健太の目を見て、優しく微笑んだ。


「その経験から、父に『スベアのようなロマンも素晴らしいが、野外で食事ができないのは致命傷だ。時に、命にもかかわる。道具は用途に合わせて、安定を最優先に選べ』と常々言われていて。

だから僕も、堅実なスポーツスター2を選んだんです。あの時、健太さんのテントの前で炎が上がったのを見て、『あぁ、玄人志向の道具は、やっぱり難しいんだな』って、僕自身のコールマンを選んだ理由が再確認できた、というか」


コノちゃんの言葉は、健太の行動(スベア売却とコールマン購入)が、真衣の「次の特別(結婚・安定)」へ向けた逃避行動であることを、第三者の立場から肯定し、決定づけるものだった。


「それで、僕、健太さんにお願いがあるんです」


「お願い?」


「はい。あの時、僕、安定したコールマンが持つ力の凄さを改めて感じたんです。それで、健太さんがこのスポーツスター2に持ち替えられたと知って、何かご縁を感じたというか...」


「キャンプをご一緒して、同じスポーツスター2と言う道具を、健太さんと使ってみたいなって。」


コノちゃんは、一瞬だけ逡巡したが、はっきりこう言った。


「キャンプ、行きませんか!?」


健太からしたら、まさかの展開だった。あの炎上を見られていたのもだが、さらにコノちゃんからキャンプのお誘い。


一瞬固まってしまった。


彼は、開きっぱなしのエレベーターの扉から冷たい外気が入ってくるのを感じて、ようやく我に返った。喉が張り付いたように乾いていた。


「...いや、コノちゃんにそんな風に言われると、断れないな」


健太は、無理やり乾いた笑みを作った。


(コノちゃんの純粋な善意が、オレの「影」を解放するための扉を開けてくれた。オレが「安定」を求めコールマンに持ち替えたことが、まさか「誰にも邪魔されない聖域へ戻るための、最高の道具」になるとは。普通の夫として、堅実な道具の訓練という大義名分のもと、再びあの自由な場所へ行ける――)


健太は、自分の心臓がドクンと高鳴ったのを感じた。


それは、恐怖と、久しく忘れていた興奮の音だった。


「...ちょうど、スポーツスター2もちょっと慣れてきたし。その...使い方をしっかりマスターしたいなって思っていたのもあるから、コノちゃんに色々と教えてもらいたいし、練習相手がいるのは助かるよ」


健太はそう言って、ようやく正面を向いた。


「ありがとう、コノちゃん。行こうか!週末で良いかな?キャンプ場の予約はどうする?」


コノちゃんの顔に、眩しいほどの笑顔が戻った。

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