第六話 言わないで済ませてきたこと
第六話です。
拓真が、言葉にしなかったことの話。
放課後、
俺と司は駅前のコンビニに寄っていた。
特別な用事があるわけじゃない。
いつも通り、
なんとなく。
「で、結局どれ買うんだよ」
司がアイスケースの前で言う。
「まだ決めてない」
「決めてから来いよ」
「お前だって悩んでるだろ」
「俺は悩む時間も楽しんでるタイプだから」
意味がわからない。
俺は棚から缶コーヒーを取って、
レジへ向かった。
外に出ると、
夕方の空気が少し冷たい。
二人で店の前に立ったまま、
司はアイスをかじりながら言った。
「なあ拓真」
「ん」
「最近さ、
お前ちょっと変じゃね?」
唐突だった。
「どこが」
「なんかこう……
前より考えてる顔してる」
「元からだろ」
「いや、
“考えてる”の種類が違う」
司は、
俺の顔をじっと見る。
「前はさ、
何考えてるかわかんない感じだったのに」
「それ、褒めてるのか?」
「どっちかって言うと心配」
心配。
その言葉が、
少しだけ引っかかった。
「……何もないよ」
そう言うのは、
簡単だった。
でも、
司は引かなかった。
「宮下のことだろ」
心臓が、
一瞬だけ強く打った。
「……なんでそうなる」
「なるだろ」
司は、
当たり前みたいに言う。
「最近ずっと一緒にいるし。
話してるのも見てるし」
「一緒にいるってほどじゃない」
「本人はそう思ってても、
周りからはそう見えないことってある」
その言葉に、
反論できなかった。
司はアイスの棒を捨てて、
ポケットに手を突っ込む。
「別にさ、
付き合ってるとかそういう話じゃないのは、
見てればわかる」
「……」
「でも、
距離は近いだろ」
近い。
その言葉は、
俺自身が一番感じていることだった。
「なあ拓真」
司は、
少しだけ真面目な声になった。
「お前さ、
誰かと近くなるの、
得意じゃないだろ」
「……まあな」
「なのに、
宮下には近づいてる」
それは、
事実だった。
「理由、あるんじゃねえの」
理由。
俺は、
缶コーヒーを一口飲んでから、
空を見上げた。
夕焼けが、
やけに目に染みる。
「……わかんない」
正直な答えだった。
「ただ」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「放っとけないとか、
そういうのとも違う」
「ほう」
「気づいたら、
考えてる」
司は、
黙って聞いていた。
「それで、
踏み込んでいいのか、
わからなくなってる」
言ってみて、
初めて形になった感情だった。
司は少し考えてから、
ゆっくり言った。
「それさ」
「ん」
「もう踏み込んでるんじゃね?」
「……」
「踏み込んでないと思ってるのは、
お前だけかもな」
その言葉は、
冗談でも煽りでもなくて。
ただ、
現実だった。
「でさ」
司は、
少しだけ笑う。
「お前が何に悩んでるかは、
正直、全部はわかんねえ」
「……」
「でも、
逃げる気なら、
もっと早く逃げてただろ」
それは、
妙に説得力があった。
「だから多分、
お前はもう決め始めてる」
「何を」
「どう関わるか」
俺は、
答えなかった。
でも、
否定もしなかった。
「まあ」
司は、
軽い調子に戻る。
「深く考えすぎんなよ。
お前が壊れたら元も子もないし」
「それは、
宮下のこと考えて言ってるのか?」
「半分はお前」
司は即答した。
「お前、
自分のこと後回しにする癖あるから」
その言葉に、
少しだけ笑ってしまった。
「……ありがとな」
「おう」
司は手を振る。
「じゃ、俺こっち」
別れ道。
俺は、
一人で歩き出す。
胸の奥が、
少しだけ整理されていた。
澪のこと。
距離のこと。
自分の怖さ。
全部はわからない。
でも、
逃げてはいない。
それだけは、
はっきりしていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第六話では、
司という存在を通して、
拓真が自分の感情を少しだけ整理する回になりました。
答えはまだ出ていませんが、
逃げていないことだけは、
はっきりしてきています。
次話では、
澪の側に小さな変化が現れます。




