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弱さに触れるたび、僕らは沈む  作者: ねぎもやし
第一章 名前のない距離
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第二話 昨日の続きみたいな顔で

第二話です。

昨日の続きを、少しだけ。

翌朝の教室は、昨日と同じようで少しだけ違って見えた。


昨日と同じ時間。

同じ席。

同じチャイム。


なのに。


(……妙に気になるな)


俺は無意識に、斜め前の席を見ていた。


「おはよー! 聞いて聞いて、昨日さ!」


宮下澪は、今日も朝から元気だった。


机に鞄を置くなり、

女子数人に囲まれて、

いつものテンポで喋り出す。


声も大きい。

リアクションも大げさ。

笑い声も、ちゃんと教室に響いている。


――昨日と、同じ。


(……はずなんだけど)


昨日、放課後の教室で見た顔と、

今目の前にいる澪の顔が、どうにも噛み合わない。


昨日は、

肩の力が抜けていて、

声も低くて、

沈黙を怖がっていなかった。


今は、

まるで何事もなかったみたいに、

「陽キャ宮下」を完璧に演じている。


「澪、朝からテンション高すぎ」


「えー? 朝は元気じゃないと損じゃん?」


「その理論、意味わかんない」


「わかんなくていいの! 人生ノリだから!」


笑い声が起きる。


俺はノートを開きながら、

その様子を横目で見ていた。


(……昨日の話、忘れたわけじゃないよな)


あんなふうに本音をこぼして、

「ホッとする」なんて言って。


それで今日、何事もなかったみたいに振る舞えるのは、

正直すごいと思う。


同時に――

少しだけ、胸の奥がざわついた。



「拓真、お前今日静かじゃね?」


隣の司が、ボールペンを回しながら言った。


「いつも静かだろ」


「いや、なんかいつも以上にぼーっとしてる」


「気のせいだろ」


そう返しながら、

俺はまた前を見てしまう。


その瞬間、

澪と目が合った。


ほんの一瞬。


昨日のあの静かな目。

……ではなかった。


にこっと、完璧な笑顔。


(……あ)


反射的に視線を逸らす。


(やっぱ、なかったことにされてるよな)


別に、責めたいわけじゃない。

澪がどんな振る舞いをしようと、自由だ。


ただ――

昨日の会話が、

俺の中だけに残っているみたいで。


それが、少しだけ寂しかった。



昼休み。


澪は今日も人気者だった。

女子と話し、

男子にも軽くツッコミを入れて、

クラスの中心にいる。


一方で、俺は司と適当にパンを食べながら、

遠くで聞こえる笑い声を聞いていた。


「宮下ってさ、ほんと陽キャだよな」


司が何気なく言う。


「……そうだな」


「最初ちょっと苦手かと思ったけど、

案外ノリいいし」


(苦手、か)


その言葉に、昨日の澪の声が重なる。


――ちゃんとしなきゃって思うと、勝手にスイッチ入っちゃう。


「なあ拓真」


「ん?」


「お前、宮下となんか話した?」


一瞬、心臓が跳ねた。


「なんで?」


「昨日、放課後二人で残ってたじゃん」


「……たまたまな」


嘘ではない。

でも、本当でもない。


司はそれ以上突っ込まず、

パンの袋を丸めた。


「ふーん。まあ、ああいうタイプと話すの珍しいなって思っただけ」


「俺だって人とは話す」


「必要最低限な」


「うるさい」



放課後。


昨日と同じように、

教室に残る人は少なかった。


俺は鞄をまとめながら、

無意識に澪の様子をうかがう。


澪は、机に座ったままスマホを見ていた。

周りには誰もいない。


(……帰らないのか)


昨日と同じ状況。

同じ時間帯。


一瞬、声をかけるか迷う。


昨日の続きを、

期待している自分がいるのがわかった。


(……いや)


もし声をかけて、

あのテンションのまま返されたら。


それはそれで、

ちょっと傷つく気がした。


そう思って、

俺は立ち上がろうとした。


その時。


「……あ」


澪が、小さく声を漏らした。


スマホを見つめたまま、

表情が一瞬だけ固まる。


ほんの数秒。

でも、昨日と同じ“スイッチが切れる瞬間”。


俺は、気づいたら口を開いていた。


「……大丈夫か?」


澪が、はっと顔を上げる。


「あ」


一拍遅れて、

いつもの笑顔が戻る。


「なに、心配してくれんの?」


軽い口調。

でも、目は少しだけ揺れていた。


「いや、なんか……」


言葉を探す。


「昨日と同じ顔してたから」


その瞬間、

澪の動きが止まった。


教室には、俺と澪だけ。


昨日と同じ沈黙が、

ゆっくりと降りてくる。


「……そっか」


澪は小さく笑った。


「見られてたか」


その笑顔は、

朝のものよりずっと弱かった。


「ねえ、拓真」


「ん?」


「今日もさ……ちょっとだけ、話してく?」


昨日の続きを、

彼女の方から差し出してきた。


俺は一瞬迷ってから、

鞄を机の横に置いた。


「……少しなら」


澪は、ほんの一瞬だけ、

安心したみたいな顔をした。


その表情を見て、

俺は思う。


(……もう、昨日のことは“なかったこと”にはならない)


たぶん、

ここから少しずつ、

距離は変わっていく。


良い方向かどうかは、まだわからないけど。


昨日の続きみたいな顔で、

澪は、また椅子に深く腰を下ろした。

第二話では、

「昨日の続きをなかったことにしようとする感じ」と、

それでも消えない違和感を書きました。


二人の距離は、まだ近づいたとは言えません。

ただ、戻れなくなり始めています。


次話も、ゆっくり進みます。

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