第二十八話 朝の手触り
目が覚めた瞬間、
澪はスマホを探していた。
枕元に手を伸ばして、画面をつける。
通知は、ない。
(……そりゃ、そうか)
夜に送ったのは、短い一文だ。
返事が来ていなくても、おかしくない。
分かっているのに、胸の奥が、ほんの少し沈む。
布団の中で、もう一度画面を見る。
既読は、ついていない。
「寝てるだけだよね」
誰に言うでもなく、そう呟く。
言い聞かせる、というより確認に近い。
顔を洗って、制服に着替える。
髪を整えて、鏡を見る。
いつも通りの自分。
笑おうと思えば、ちゃんと笑える顔。
(大丈夫、大丈夫)
ポケットに入れたスマホが、今日はやけに重い。
家を出る前、
もう一度だけ画面を見てから、ロックする。
(来たら来たで、どう返すか悩むくせに)
自分に呆れて、息を吐いた。
⸻
教室は、まだ完全には目を覚ましていない。
朝の雑音が、低く広がっている。
椅子を引く音、紙の擦れる音、眠そうな声。
「おはよー」
澪は、少しだけ声を張った。
「おはよ」
奈々が顔を上げる。
「今日、静かじゃない?」
「気のせい」
「その“気のせい”、信用できない」
「ひど」
梨央が、横から一言。
「でも、声は元気」
「でしょ?」
澪は笑って席に着く。
前を向いたまま、
後ろの気配を意識してしまう。
(……まだ、来てない)
胸の奥が、また少し沈む。
「澪」
奈々が小声で言う。
「土曜の続き?」
「違う」
「即否定あやしい」
「ほんとに違うって」
澪は、わざと軽く返した。
そのとき、ドアが開く音がした。
教室の空気が、少しだけ動く。
「おはよー」
聞き慣れた声。
澪は、すぐには振り返らなかった。
(見るの、怖)
鞄を置く音。
椅子を引く音。
距離は近いのに、
今は少しだけ遠い。
「……宮下」
名前を呼ばれて、
心臓が一拍、遅れる。
ゆっくり、振り返る。
「おはよ」
「おはよ」
それだけの挨拶なのに、
昨日より、空気が重い。
「昨日の……」
拓真が言いかけて、言葉を切る。
「放課後、少し話せる?」
その一言で、
朝から溜まっていたものが、少し動いた。
「……うん」
短く答える。
それで、十分だった。
奈々が、二人を見てから梨央に囁く。
「今の、なに?」
「たぶん、逃げないやつ」
「だよね」
澪は、聞こえないふりをした。




