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弱さに触れるたび、僕らは沈む  作者: ねぎもやし
第二章 触れてしまった距離
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第二十七話 沈む前に息をする

放課後の廊下は、

昼よりも少しだけ静かだった。


澪は、靴箱に向かいながら、

頭の中でさっきの会話を何度も巻き戻していた。


「踏み込まれるのも怖いけど、

 踏み込まれないのも怖い」


(……最悪)


自分で言ったくせに、

あの言葉だけが、

教室に置き去りにされたみたいに残っている。


「重い女すぎでしょ」


小さく呟いて、

靴を履き替える。


でも、

言わなかった自分を想像すると、

それはそれで、胸の奥がざらついた。


外に出ると、

夕方の風が頬に当たる。


(拓真の顔)


思い出したくなくても、

勝手に浮かぶ。


言葉を選んで、

選びすぎて、

結局何も渡さなかった顔。


(優しいの、ほんとずるい)


ああいう優しさは、

刃物みたいに切れないくせに、

じわじわ効いてくる。


「だったらさ」


澪は歩きながら、

独り言みたいに言った。


「踏み込んでよ」


もちろん、

本人に聞こえるはずはない。


でも、

そう言ってしまった自分に、

少しだけ驚いた。


(あ、私、待ってるんだ)


気づいた瞬間、

胸の奥がぎゅっと縮む。


期待は、

浮き輪みたいな顔をして近づいてくる。


捕まったら楽で、

でも、離した瞬間に沈む。


それを何度もやってきた。


だから、

軽くする。


笑って、

騒いで、

先に空気を作って。


自分が沈む前に、

話題を切り替える。


でも。


(土曜日は、それできなかった)


映画を観て、

並んで歩いて、

沈黙が平気で。


テンションを決めなくても、

崩れなかった。


(それが、怖い)


家に着いて、

鍵を開ける。


「ただいま」


返事はない。


分かってるけど、

それでも言う。


鞄を置いて、

スマホを手に取る。


通知は、ない。


(……来てほしいわけじゃない)


(でも、来たら来たで困る)


画面を閉じて、

ベッドに倒れ込む。


天井が、やけに近い。


「拓真さ」


声に出してみる。


誰もいないのに。


「昨日、何言おうとしてたの」


返事は、もちろんない。


でも、

自分が何を聞きたかったのかは、

分かっていた。


楽しかった、って言葉。

また行こう、って言葉。

それとも、

もっと別の、

踏み込んだ何か。


(聞くの、怖いな)


聞いて、

答えが返ってきて、

それが思ってたのと違ったら。


考えただけで、

胸がざわつく。


でも。


(聞かないままの方が、

 もっと嫌かも)


澪は、ゆっくり起き上がった。


スマホを手に取って、

画面を開く。


拓真の名前。


入力欄に、文字を打つ。


「昨日のことさ」


そこで止まる。


消す。


打ち直す。


「さっきの話、気にしてないからね」


違う。


また消す。


しばらく、

画面を見つめたまま動けなくなる。


(何送っても、

 重くなる気しかしない)


深呼吸を一つ。


「……ほんと、下手」


そう言ってから、

一行だけ打った。


「明日、少し話せる?」


送信。


画面が切り替わる。


既読は、

まだつかない。


でも、

指先が少し震えているのに気づいて、

澪は小さく笑った。


「……沈む前に、息したな」


完全に浮いたわけじゃない。

怖さも、まだある。


それでも。


軽く流さなかった。

逃げなかった。


それだけで、

今日は十分だ。


澪はスマホを伏せて、

部屋の灯りを少し落とした。


明日は、

北原高校の、

いつもの教室。


でも、

昨日とも、

今日とも、

少しだけ違う一日になる気がしていた。

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