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弱さに触れるたび、僕らは沈む  作者: ねぎもやし
第二章 触れてしまった距離
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第二十三話 帰り道の長さ

映画館を出ると、外はまだ明るかった。


夕方というには少し早くて、

でも昼の賑やかさはもう落ち着いている。

土曜日の中途半端な時間帯。


「思ったより明るいね」


澪が言う。


「映画の時間、短かったな」


「体感でしょ」


「そうかも」


二人は自然と駅とは反対の方向へ歩き出した。

特に理由はない。


「どうだった?」


澪が聞く。


「面白かった」


「雑」


「ちゃんと面白かった」


「どのへん?」


拓真は少し考える。


「展開が、無理してなかった」


「そこ?」


「そこ」


「なるほどね」


澪は納得したように頷いた。


「私はさ」


少し間を置いてから続ける。


「登場人物が、ちゃんと迷ってるのがよかった」


「迷ってたな」


「即決しないの、リアルで」


「……分かる」


その一言に、澪がちらっと拓真を見る。


「今の、共感?」


「たぶん」


「たぶん多いね」


「うるさい」


二人で笑う。


駅前の喧騒から少し離れると、

歩道は一気に静かになる。


「ねえ」


澪が言う。


「今日さ、変じゃなかった?」


「なにが」


「その……」


言い淀んでから、続ける。


「二人で出かけるの」


「変ではないだろ」


「即答だ」


「そうか?」


「そう」


澪は前を向いたまま言う。


「なんかさ、思ってたより普通で」


「悪い意味?」


「いい意味」


拓真は、少しだけ安心した。


「正直、もっと気まずくなると思ってた」


「私も」


「嘘くさい」


「失礼」


澪は笑って、足取りを少し速める。


「でもさ」


立ち止まって、振り返る。


「“普通”って、結構すごくない?」


「……どういう意味で」


「一緒にいて、無理しなくていいってこと」


その言葉に、拓真はすぐ返事ができなかった。


澪は気にした様子もなく、また歩き出す。


「私ね」


少しだけ声のトーンが落ちる。


「誰かと出かけるときって、

 だいたいテンション決めてから行くんだ」


「テンション?」


「そう。

 今日はこのくらい元気で、このくらい喋る、みたいな」


「……大変そうだな」


「慣れてるから」


すぐに、いつもの軽い声に戻る。


「でも今日は、決めなくても平気だった」


拓真は、それを聞きながら思う。


それは、

昨日の女子会で言っていた“騒がなくてもいい場所”と、

どこか似ている。


「それって」


拓真が口を開く。


「……いいことなんじゃないか」


「お、珍しく踏み込む」


「たまには」


「評価しとく」


澪はそう言って、少しだけ笑った。


川沿いの道に出る。

水面が夕方の光を反射している。


「もうそろそろ戻る?」


澪が聞く。


「そうだな」


「名残惜しい?」


「……少し」


正直に言った自分に、少し驚く。


澪は一瞬、目を丸くしてから、すぐに笑った。


「正直だね」


「お前に言われたくない」


「ひど」


でも、澪の声は楽しそうだった。


駅に近づくにつれて、人が増える。


「じゃ、ここで」


澪が立ち止まる。


「今日はありがと」


「こっちこそ」


一拍、間が空く。


「またさ」


澪が言う。


「思いつきで、出かけよ」


「……休みだし?」


「そう、それ」


澪は手を振る。


「じゃね」


「また」


澪は人の流れに紛れていった。


拓真は、その背中を見送ってから、

少しだけ息を吐いた。


特別なことは、やっぱり何もなかった。

でも。


帰り道が、

行きより少し短く感じたのは、

たぶん気のせいじゃない。

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