第二十二話 決めてない一日
土曜日の朝は、音が少ない。
目覚ましを止めてから、拓真は天井を見た。
起きる理由はある。
でも、急ぐ必要はない。
「……早く起きすぎたな」
独り言が部屋に落ちる。
もう一度寝る気にはなれず、起き上がった。
服を選ぶ時間が、やけに長い。
「派手すぎない……よな」
鏡に向かって言ってみる。
答えは返ってこない。
結局、いつもより少しだけ気を使った服を着た。
⸻
待ち合わせは駅前。昼過ぎ。
改札を出ると、土曜日の人の流れがゆっくりだった。
拓真は柱のそばに立って、スマホを見る。
「……十分前」
分かっていたけど、早い。
少し待っていると、背後から声がした。
「拓真!」
振り返る。
「早くない?」
澪だった。
髪は下ろしていて、服も少しだけラフ。
教室で見るより、柔らかい。
「……普通」
「絶対早いでしょ」
「時間通り」
「嘘くさ」
澪は笑って、拓真の前に立つ。
「私、遅れたかと思った」
「ちょうど」
「はいはい」
澪は肩をすくめる。
「まあ、来てくれたし」
その言い方が軽くて、拓真は少しだけ肩の力を抜いた。
「で」
澪が言う。
「どこ行く?」
「決めてない」
「だよね」
「お前もだろ」
「うん」
二人で笑った。
駅前の通りを歩き出す。
自然と、横に並ぶ。
「土曜ってさ」
澪が言う。
「学校ないだけで、変な感じしない?」
「する」
「曜日感なくなるよね」
「分かる」
「今日が何曜日か分からなくなる」
「それはさすがに分かるだろ」
「気分の話!」
澪はそう言って、前を向く。
「でも、こういうの嫌いじゃない」
「どんなの」
「決めてない感じ」
「適当すぎ」
「適当が一番楽」
カフェの前で立ち止まる。
「ここ、混んでそう」
澪が中を覗く。
「昼時だしな」
「じゃ、後回し」
「即決」
「直感派なんで」
少し歩くと、映画館の前に出る。
ポスターを見て、澪が足を止めた。
「あ、これ」
「どれ」
「面白そうじゃない?」
「今日やってるな」
「時間は?」
拓真がスマホを見る。
「……ちょうどいい」
「運命じゃん」
「大げさ」
「でも、今の気分」
澪は拓真を見る。
「どう?」
「いいと思う」
「じゃ、決まり」
チケットを買って、中に入る。
ロビーは少し暗くて、冷房が効いていた。
「寒くない?」
澪が聞く。
「大丈夫」
「ほんと?」
「ほんと」
「ならいいや」
上映まで少し時間がある。
並んで座る。
沈黙が流れる。
「ねえ」
澪が言う。
「待ち合わせって、緊張した?」
「……少し」
「正直だね」
「お前は?」
「全然」
即答。
「……嘘くさ」
「失礼」
澪は笑う。
「でも、来たら普通だった」
「それは分かる」
「でしょ」
少し間が空く。
「来てくれて、ありがと」
澪が、小さく言った。
「……こっちこそ」
それ以上、言葉はいらなかった。
映画が始まる。
暗くなって、音が流れる。
拓真は思った。
特別なことはしていない。
ただ、同じ場所にいて、
同じ時間を過ごしているだけ。
それでも。
「約束」って、
ちゃんと形になると、
こんな感じなのかもしれない。
映画が終わるころ、
外はまだ明るかった。
土曜日は、
まだ途中だった。




