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弱さに触れるたび、僕らは沈む  作者: ねぎもやし
第二章 触れてしまった距離
22/27

第二十一話 約束は軽く

第二章、第21話です。


この回では、

放課後の延長みたいな時間の中で、

ひとつの約束が生まれます。


大げさじゃなくて、

深刻でもなくて、

思いつきみたいな一言から始まる話です。

午後の授業は、どうしても眠くなる。


板書は追えているのに、

先生の声だけが少し遠い。

拓真はノートを取りながら、

前の席に座る澪の背中をぼんやり見ていた。


澪は、机に頬杖をついたまま欠伸を一つして、

すぐに姿勢を正す。

その切り替えの早さが、いかにも彼女らしい。


「なあ」


隣から、司が小声で話しかけてくる。


「午後の授業ってさ、時間進むのおかしくない?」


「今さら気づいたのか」


「午前の二倍くらいあるだろ」


「錯覚だ」


「絶対違う」


くだらないやり取りをしているうちに、

チャイムが鳴った。


放課後。


教室の空気が、一気にほどける。

椅子を引く音、鞄を肩にかける音、

笑い声が重なって、日常に戻っていく。


澪は奈々と梨央に囲まれていた。


「今日どうする?」


「ちょっと残る」


「了解。じゃ、また明日ね」


二人はそれだけ言って、先に教室を出ていく。


拓真は鞄を持ちながら、少しだけ迷った。

声をかけるか、やめるか。


「……宮下」


澪が振り返る。


「なに?」


「今日、このあと時間ある?」


自分でも驚くくらい、普通に聞けた。


「あるよ」


即答だった。


「どした?」


その瞬間、司が割り込んでくる。


「お、放課後イベント?」


「違う」


「その否定、信用ならん」


司はにやにやしながら言った。


「俺、今日は用事あるから先帰るわ」


「聞いてない」


「今決まった」


「都合よすぎだろ」


「空気読む係なんで」


司は満足そうに手を振って、教室を出ていった。


澪が吹き出す。


「司、分かりやすすぎ」


「ほんとにな」


二人で、少しだけ気まずく笑った。


校舎を出ると、夕方の空気が肌に触れる。

昼より少し涼しくて、風が心地いい。


「どこ行く?」


澪が聞く。


「特に決めてない」


「雑」


「いつもだろ」


「まあね」


並んで歩く。

会話が途切れても、気まずくならない距離。


しばらくして、澪が急に声を上げた。


「やった」


「なにが」


「思い出した」


澪は、拓真の方を見て言う。


「明日、暇?」


唐突だけど、軽い。


「明日?」


「うん。休みだしー」


「……たぶん暇」


「“たぶん”って何」


「予定入ってないって意味」


「じゃあさ」


澪は、あっさり言った。


「どっか行かない?」


夕方の風が吹いて、その言葉がさらっと流れる。


「どこ」


「まだ決めてない」


「急すぎだろ」


「いいじゃん。休みだし」


拓真は少しだけ考えてから言った。


「……まあ、いいけど」


「ほんと?」


「うん」


澪は、少しだけ嬉しそうに笑った。


「じゃ、決まりね」


「時間は?」


「昼過ぎで」


「了解」


それだけで、約束は成立した。


校門の前で、澪が足を止める。


「じゃ、また明日」


「また」


澪は軽く手を振って、先に歩き出す。


拓真はその背中を見送りながら思った。


特別なことは、何もしていない。

ただ話して、歩いて、

休みの日の予定を決めただけ。


それでも、

明日が少しだけ楽しみになっている。


そんなことを考えながら、

拓真は家路についた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この話で描きたかったのは、

「約束そのもの」よりも、

約束が生まれるまでの空気でした。


考え込んだ末じゃなく、

勢いでもなく、

なんとなく口に出た一言。


それでも、

その一言が残ることがあります。


踏み込んだわけじゃない。

でも、何も変わっていないわけでもない。


そんな距離の変化を、

少しだけ感じてもらえたら嬉しいです。

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