第二十話 騒げる場所
昼休みのチャイムが鳴るより少し早く、奈々はもう立ち上がっていた。
「はい、移動」
有無を言わせない声で、澪の机を指差す。
「拒否権は?」
「ない」
「即答だな」
梨央が静かに鞄を持ち上げる。
「中庭?」
「中庭」
三人はそのまま教室を出た。
考える暇を与えないこのテンポは、澪にとってありがたい。
中庭のベンチは、もうすっかり春の匂いがしていた。
日差しは強いけど、風があって、ちょうどいい。
「で」
奈々が一口目から切り込む。
「最近どうよ」
「雑すぎない?」
「雑だからいいんでしょ」
梨央はベンチに腰を下ろしながら言う。
「澪、戻ってはいる」
「何その言い方」
「でも、ちょっとズレてる」
「うわ、的確で刺さる」
澪は笑って、紙パックのジュースを振った。
「でも元気じゃん。見ての通り」
「“見ての通り”は信用できない」
梨央の声は淡々としている。
「澪は、元気なフリが上手い」
「やめて、分析しないで」
「事実だから」
奈々が間に入る。
「でもさ、体育のときとか、普通に楽しそうだったじゃん」
「あれは楽しいよ。体動かすの好きだし」
「男子もざわついてたし」
「はいはい、その話来ましたー」
澪は両手を上げる。
「噂とかどうでもいいから」
「気にしてない?」
「気にしてないって言ったら嘘だけど」
一拍置いて、澪は肩をすくめた。
「でもさ、放っとくと面倒じゃん。だったら先に騒いで、笑って、終わらせたほうが楽」
奈々は少し考えてから言う。
「それ、澪らしい」
「でしょ」
「でも」
奈々は言葉を選ぶ。
「それで、しんどくなるときは?」
その問いに、澪はすぐには答えなかった。
中庭の奥で、別のクラスの笑い声が響く。
風が吹いて、木の葉が揺れた。
「……あるよ」
澪は、少しだけ声を落とした。
「でも、しんどいって言うタイミング、分かんなくなるときもある」
梨央は視線を逸らさない。
「言ったら、空気止まりそうで」
「止まらない」
奈々が即答する。
「少なくとも、ここでは」
梨央も続ける。
「澪が騒がなくても、私たちは普通にいる」
その言葉に、澪は少しだけ目を丸くした。
「……それ、ずるい」
「なにが」
「安心させにくるとこ」
三人で、小さく笑った。
奈々が急に声を上げる。
「てかさ」
「うん?」
「拓真の話は?」
「出た」
澪は即座に突っ込む。
「なんでそうなる」
「なんとなく」
梨央は短く言う。
「距離、近くなってる」
「観察眼やめて」
「事実」
澪は頬を膨らませる。
「別に何もないし」
「“何もない”って言い方が一番怪しい」
「それ司も言いそう」
「似てるんじゃない?」
「やめて」
澪は笑いながら、ベンチに背中を預けた。
「でもさ」
少し間を置いて、言う。
「拓真の前だと、無理して騒がなくていい感じはする」
奈々が、ゆっくり頷く。
「それ、結構大事」
梨央も言った




