第十九話 分かりやすいほうが、楽だろ
この回では、
拓真の隣にいる「司」という存在を通して、
距離の取り方について描いています。
分かりやすい言葉と、
分かりにくい優しさ。
その違いが、
少しずつ見えてくる話です。
昼休みの教室は、いつもより少しうるさかった。
体育があった日の午後は、だいたいこんな感じになる。
「なあ拓真」
司が、前の席から椅子ごと振り返ってくる。
「お前さ」
「なに」
「今日、静かすぎじゃね?」
「お前がうるさいだけだろ」
「はい出た。いつものやつ」
司は楽しそうに笑って、机に頬杖をついた。
「でもさ、ほんとに静か」
「別に」
「“別に”って言う時、大体別にじゃないんだよな」
拓真はノートをめくる。
そこに書いてある文字は、ほとんど頭に入ってこない。
「宮下のこと?」
司が、急に核心を突いてくる。
「……は?」
「ほら。そういう反応」
「意味わかんねえ」
「分かりやすいって意味だよ」
司はそう言って、ちらっと教室の向こうを見る。
澪は、奈々と梨央に囲まれて、相変わらず騒いでいた。
大きめの声で笑って、身振りも多い。
今日も、いつも通りだ。
「宮下さ」
司が続ける。
「ああいうタイプだろ。噂とか来ても、先に笑いに変えるやつ」
「……そうだな」
「強いよな」
「うん」
拓真は短く答える。
「でさ」
司は、少しだけ声を落とした。
「そういうやつほど、ちゃんと見てる人の言葉は残るんだよ」
拓真は、ノートをめくる手を止めた。
「……急に何の話だよ」
「経験談」
「お前の?」
「誰だと思う?」
司は笑って、話を濁す。
「お前さ、昨日も今日も、変なこと言わなかっただろ」
「変なこと?」
「褒めすぎない。踏み込みすぎない。距離保つやつ」
「……それが普通だろ」
「普通だけど」
司は指を一本立てる。
「宮下に対しては、それが一番効く」
「効くって何だよ」
「安心するって意味」
拓真は、少しだけ視線を落とした。
体育の時。
澪がこちらを見て、手を上げた瞬間。
自分が、軽く頷いただけだったこと。
あれで、よかったのか。
「なあ」
拓真が言う。
「俺、何か間違ってる?」
司は一瞬、真面目な顔になる。
「いや」
すぐに首を振った。
「むしろ逆。お前、ちゃんと考えすぎ」
「それ褒めてる?」
「半分」
「残り半分は」
「めんどくさい」
「だろうな」
二人で、小さく笑う。
そのタイミングで、澪が振り返った。
「なに二人でこそこそ話してんの?」
「悪口」
司が即答する。
「誰の」
「拓真の」
「ちょっと待て」
拓真が突っ込むと、澪は楽しそうに笑った。
「自覚あるんだ」
「ない」
「今の間で、だいぶ怪しい」
澪はそう言って、机に肘をつく。
「司さ、また変なこと吹き込んでない?」
「してないしてない」
司は手を振る。
「ただの人生相談」
「拓真が?」
「そう」
「へー」
澪は拓真を見る。
「悩みあるの?」
「ない」
即答。
「即答すぎ」
「あるなら言ってる」
「ふーん」
澪は少しだけ笑って、それ以上は聞かなかった。
その距離感が、拓真にはありがたかった。
澪は、また奈々たちの方に戻っていく。
「ほら」
司が小さく言う。
「分かりやすいだろ」
「何が」
「踏み込まれないの、嫌じゃない顔してた」
拓真は、答えなかった。
でも、否定もしなかった。
放課後。
帰り支度をしながら、司がぽつりと言う。
「なあ、拓真」
「ん」
「分かりやすいほうが楽な人もいるけどさ」
一拍置いて。
「分かりにくいほうが、安心できる人もいる」
拓真は、鞄を持ち上げながら言った。
「……宮下は、後者だろ」
司はにやっと笑う。
「やっと気づいた?」
「うるさい」
「遅い」
二人で教室を出る。
廊下の向こうで、澪が奈々たちと笑っている。
その声は騒がしくて、明るくて、遠い。
でも、さっきよりは、少しだけ近く感じた。
拓真はそう思いながら、歩いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
司は、軽いことを言います。
でも、軽く言えるからこそ、
核心を外さない。
拓真が何をしていて、
何をしなかったのか。
それを一番近くで見ていたのが、
司でした。
踏み込まないことも、
選び続けることも、
どちらも勇気が要ります。




