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弱さに触れるたび、僕らは沈む  作者: ねぎもやし
第一章 名前のない距離
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第一話 ホッとする相手

この物語は、

“弱さ”と“沈黙”をめぐる高校生たちの静かなドラマです。

派手さはありませんが、心の揺れを丁寧に追っていきます。


初投稿で緊張していますが最後までお付き合いいただければ幸いです。

四月の終わりって、なんとなくクラスの空気が固まってくる時期だ。


最初の一週間で「陽キャグループ」と「オタク寄り」と「部活ガチ勢」がゆるく分かれはじめて、教室の席も自然と似たような雰囲気のやつ同士で固まっていく。


そうなるはずなんだけど。


「ねえ聞いた? 今期のあのアニメ、作画めっちゃ良くない?」


前の席から、少し高めの声が弾んだ。


宮下澪みやした みお

俺の斜め前に座っている、やたらテンションが高い女子だ。


「え、観た観た! あの戦闘シーン、映画かと思ったし!」


澪はイスの上で小さく弾むように体を揺らして、両手をぶんぶん振りながらアニメの話をまくしたてている。


アニメの話になった時だけ、だ。


「澪、朝から元気だな」


「いやあ、テンション上げてかないと人生もたないからさ!」


笑い声。

クラスの何人かもつられて笑う。


ぱっと見、中心にいるタイプの女子。

……なんだけど。


(目だけ、笑ってないんだよな)


そう思ってしまうのは、俺の性格が悪いせいだろうか。


口角は綺麗に上がっている。

声もちゃんと明るい。

リアクションも大きくて、教室の雰囲気をちゃんと明るくしているタイプ。


それでも、ときどき視線が合うとき、ほんの一瞬だけ電気が消えたみたいに、彼女の目から色が抜ける瞬間がある。


すぐにまた、作ったみたいな笑顔が戻るけど。


「なあ拓真たくま、そのノート見せて」


隣から、幼馴染のつかさが肘でつついてきた。


「また寝てたのかよ。一限からよくそんな器用に寝られるな」


「お前と俺の仲だろ。ノートくらいシェアしろよ」


「どんな仲だよ」


そんなことを言い合いながら、俺は前の席に目を戻す。


澪は女子数人に囲まれて、「今期アニメランキング」みたいな話で盛り上がっていた。


「男に生まれたかったなあ、まじで」


唐突に、その言葉が耳に入った。


「また言ってる」


「澪、それ口癖だよね」


「だってさあ、男の方が絶対楽じゃない?

スカートとか、まじ意味わかんないし。体育の時も気にしないといけないし。

それに男の方が、アニメとかゲーム語る時にガチ勢でも許されるじゃん?」


「十分ガチ勢でしょ、澪」


「うるさいって」


笑い声。

軽口として飛び交う「男に生まれたかった」の一言。


冗談。

……のはずなんだけど。


その時、澪の横顔がちらっと見えた。


女子たちの輪の中。

澪の笑い声は明るい。


けど、ほんの一瞬だけ彼女の視線が黒板の上あたりで止まった。

まるでスイッチが切れたみたいに、何も見ていない目。


(今、たぶん何も見えてないよな)


司がまた肘で小突いてきて、俺はノートに視線を落とした。



放課後。

部活説明もクラス委員決めも一通り終わって、皆それぞれの行き先へ散っていく。


俺は特に入りたい部活もなく、帰り支度をしながらぼんやりしていた。


「はああ……」


前の席から、妙に長い溜息が聞こえた。


顔を上げると、澪が机に突っ伏している。


さっきまでクラスの中心で笑っていた子と同一人物とは思えないくらい、全身から電源が落ちたみたいな雰囲気。


「……電池切れか?」


思わず言葉が出た。

自分でも少し驚く。

そんなに澪と仲良かったっけ。


澪がぴくっと肩を揺らして顔を上げた。


「あ、ごめ、声出てた?」


「いや。別に悪い溜息ではないだろ」


「悪いに決まってるじゃん。女子高生がはああって言ってたら」


そう言いながら、澪はいつものテンション高めスマイルを反射みたいに浮かべる。


……でも今、教室には俺と澪しかいない。


その瞬間、俺の中で違和感が強くなる。


「ずっと、あのテンションでいるの疲れないの?」


自分でも、かなりストレートなことを言ったと思う。


普通なら引かれてもおかしくない。


けど澪は、少しだけ目を丸くして、それからふっと視線を落とした。


「見られてたか」


「クラス全員見てるだろ。あんだけ元気なら」


「そっちじゃなくて」


澪は自分の頬を指でつつく。


「こういうの。がんばり笑顔」


自分で言うのかよ、と心の中で突っ込む。


澪はお茶を一口飲んで、天井を見たまま言った。


「ちゃんとしなきゃって思うと、勝手にスイッチ入っちゃうんだよね。

黙ってると空気悪くなりそうとかさ。高校デビュー、失敗したくなかったし」


「失敗してないだろ。周りから見れば」


「それがまためんどくさいんだよね」


その笑顔は、少しだけ本物っぽかった。


教室の窓から夕日が差し込んで、澪の横顔を薄く照らす。


「男で生まれたかったって、また言ってたな」


俺が言うと、澪は肩をすくめた。


「半分冗談。半分本気」


「半分って器用だな」


「器用貧乏なんだよ、こう見えて」


少し静かになったあと、澪はぽつりとつぶやいた。


「このままの自分で生きるの、ちょっと下手くそなんだよね」


返す言葉が見つからない。


慰めれば、また仮面に戻る気がした。


数秒の沈黙が落ちる。


「……こうやって黙ってても平気そうな人が近くにいるとね」


澪が俺を見る。


「ちょっとだけ、ホッとする」


心臓が小さく跳ねた。


返事をする前に、澪はぱんっと手を叩く。


「ま、明日からまた陽キャ宮下やるけど!」


俺たちはくだらない会話を交わしながら教室を出た。


廊下に出た瞬間、澪が小さく息を吐く。


その一瞬だけ力が抜けた横顔を見て、俺は思った。


――この子はきっと、冗談みたいな言葉の中に、本音を隠してる。


その本音がどこまで深いのかは、まだわからないけど。


その日は、それだけで十分だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


主人公・拓真と宮下澪は、まだ互いの本音に触れていません。

静かな距離を保ちながら、少しずつ関係が動き出します。


気になった方は、次話も読んでいただけると嬉しいです。

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