第十三話 相談という形
第二章、第十三話です。
これは、相談という形をした確認の話です。
放課後の校舎裏は、
部活の音が少し遠くなる場所だった。
「で」
ベンチに座りながら、
司が缶ジュースを開ける。
「どうした」
単刀直入すぎて、
少し笑いそうになる。
「相談って言うからさ。
重いやつかと思った」
「……重いよ」
「だろうな」
即答だった。
⸻
しばらく、
何も言わずにジュースを飲む。
炭酸が抜ける音だけが、
やけに大きく聞こえる。
「宮下のことだろ」
司が先に言った。
「……なんで分かった」
「分かるよ」
特に理由を言うでもなく、
司はそう言った。
「最近、お前ずっと
斜め前の席見てたし」
「見てない」
「見てる」
即否定、即訂正。
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「家まで行った」
俺は、
言葉を選ばずに言った。
司が、
一瞬だけ目を細める。
「……行ったんだ」
「連絡物届けに」
「理由はそれだけ?」
「……それだけだと思う」
司は、
しばらく黙ったまま、
ジュースを一口飲んだ。
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「一線、越えたな」
ぽつりと、
そう言われる。
「……どこが」
「自分で分かってないなら、
なおさら」
司は、
俺を見ずに続けた。
「助けるつもりで行ったなら、
まだ分かる」
「違う」
「だよな」
司は、
少しだけ口元を緩めた。
「お前、
助けたいわけじゃない」
「……」
「知っちゃっただけだ」
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言い返せなかった。
「普通だと思ってた場所が、
普通じゃなかった」
司の言葉が、
やけに的確だった。
「それで、
戻れなくなった」
「……」
「それ、
正しいとも間違ってるとも
言えないやつだ」
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また、
少し沈黙。
「なあ」
司が、
急に軽い調子になる。
「お前さ」
「うん」
「今、
責任とか考えてるだろ」
「……考えてないって言ったら
嘘になる」
「だよな」
司は、
肩をすくめる。
「でもな」
少しだけ、
声のトーンが落ちた。
「お前が背負える範囲、
めちゃくちゃ狭いぞ」
⸻
「澪の人生とか、
環境とか」
「全部背負う必要ないし、
背負えない」
「知ってる」
「知ってない顔してる」
痛いところを突かれる。
⸻
「一番やばいのはさ」
司は、
空を見上げながら言った。
「何も言わずに
そばにいようとすること」
「……それ、
優しさじゃないのか」
「違う」
即答だった。
「それはな」
司は、
少しだけ言葉を探してから続ける。
「相手の弱さに
自分が居座るってことだ」
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胸の奥が、
少しだけ締めつけられた。
「……じゃあ、
どうすればいい」
「分かんね」
司は、
あっさり言った。
「正解なんてない」
「……」
「ただ一個だけ言えるのは」
司は、
こっちを見た。
「お前、
もう前みたいには
戻れない」
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それは、
脅しでも忠告でもなく、
事実だった。
「だから」
司は、
立ち上がって言った。
「せめて、
自分がどこに立ってるかは
分かっとけ」
「……」
「守る側の顔で
踏み込むな」
「触れた側の顔でいろ」
⸻
校舎の中から、
チャイムの音が聞こえる。
「ありがとな」
俺が言うと、
司は手を振った。
「相談料はジュース一本でいい」
「安いな」
「高いと逃げるだろ」
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一人になって、
ベンチに座り直す。
司の言葉が、
頭の中で何度も反響する。
知ってしまっただけ。
触れてしまっただけ。
それだけで、
戻れなくなる距離がある。
俺は今、
そこに立っている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この話では、
答えは出ません。
司は正しいことを言いませんし、
拓真も何かを決断しません。
ただ、
戻れない場所に立っていることだけが
はっきりします。
相談とは、
解決するためのものではなく、
自分の位置を知るためのものなのかもしれません。




