5話
カフェの閉店後、片付けを終えた二人はカウンターに腰を下ろした。
蒸気の余韻が漂う中、悠真がぽつりと口を開いた。
「ツーリングサークルに行ってみたんだ。みんな仲良く並んで走って、途中でカフェ寄って……でも、俺は全然馴染めなかった。速度を抑えると、心臓が止まるみたいでさ」
その声には、孤独の影が滲んでいた。
早苗は少し考えてから、自分の体験を語った。
「私も写真部を見学したの。でも、カメラを持ってツーリングなんてできないと思った。重い機材は走りの自由を奪うから。だからサークルは断念したの。でもね、新しいスマホに機種変したの。カメラ性能がすごくて、走りながらでも景色を残せるの。ちょっと嬉しくて」
彼女の声は静かだが、瞳は確かな光を宿していた。
二人はしばらく黙っていた。だが沈黙は重くなく、互いの孤独を分かち合うような温かさがあった。
「仲間に馴染めないのは、俺だけじゃなかったんだな」悠真が笑う。
「自分のスタイルを守るのも、青春だと思う」早苗が応える。
その瞬間、二人の間に「走りは違っても、孤独を分かち合える存在」という絆が芽生えた。
やがて、悠真が提案した。
「試しに、一緒に走ってみないか。……いや、同じ道を走るだけでいい。楽しみ方はそれぞれで」
早苗は少し驚いたように微笑んだ。
「いいね。目的地を決めて、別々に楽しんで、最後に会う。青春っぽい」
目的地は忍野八海に決まった。
翌朝、悠真は峠を攻めながら走った。カーブを抜けるたびに速度の熱が身体を貫き、彼は笑みを浮かべた。速度こそが生きている証。
一方で早苗は、道中で立ち止まりながら撮影に没頭した。寺社の屋根、山々の稜線、道端の花。新しいスマホのレンズに収めるたび、旅の記憶が形を得ていった。
そして昼下がり、忍野八海で二人は待ち合わせた。
湧水の透明さに目を奪われながら、互いの走りを語り合う。
「峠を攻めてきた。最高だった」悠真の声は熱を帯びていた。
「私は写真を撮りながら来た。景色を残せるって、こんなに嬉しいんだね」早苗の声は静かに響いた。
湧水のほとりで並んで腰を下ろす。
「こういうのって、良いよな」悠真がぽつりと呟いた。
「うん。別々に走ってきたのに、同じ場所で同じ水を見てる。……今が分かり合える最高の幸せな瞬間かな」早苗の声は柔らかく、瞳は水面の揺らぎを映していた。
悠真はその言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。速度の中でしか生きられないと思っていた自分が、今は静かな水辺で誰かと同じ時間を共有している。
早苗もまた、未知の土地に立つことでしか自分を確かめられないと思っていたが、今は隣にいる存在がその旅を支えているように思えた。
二人は笑い合い、湧水に手を浸して冷たさを確かめた。
「走り方は違っても、こうして同じ場所に辿り着けるんだな」悠真が言う。
「だからこそ、嬉しいんだと思う」早苗が応える。
その瞬間、二人は確かに「分かり合える幸せ」を感じていた。
やがて、復路を一緒に走り出した。
並んで走る風景は新鮮で、ワクワクする感覚があった。だが同時に、互いのスタイルが少しずつずれていく違和感もあった。
速度を求める悠真と、景色を求める早苗。走りのリズムは交わらない。
それでも、二人は笑みを浮かべていた。
違和感ごと青春の証として抱きしめるように。




