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疾走  作者: 双鶴


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3/8

3話

大学の図書館。

午後の光が大きな窓から差し込み、書架の間に柔らかな影を落としていた。静かな空気の中で、ページをめくる音とペンの走る音だけが響いている。悠真は、整備やライディングテクニックの本を抱えて棚の前に立っていた。指先は落ち着きなくページをめくり、眉間には小さな皺が寄っている。まるで峠を攻めるときのように、文字を追う姿勢は真剣そのものだった。


「……もっと速く、もっと上手く走りたい」

小さな呟きは図書館の静けさに溶け、誰にも届かない。だがその声には、速度に命を削られても止まれない焦燥が宿っていた。


一方で早苗は、寺社案内や風景写真集を心地良さそうに眺めていた。ページをめくるたびに、山々や海岸線の写真が広がり、彼女の瞳は柔らかく光を宿した。指先は丁寧で、写真の余白に自分の旅を重ねるように見つめていた。

「この景色、いつか自分の目で撮ってみたいな」

その声は静かで、しかし確かな意志を含んでいた。未知の土地に立ち、自分の存在を確かめたいという思いが、写真集の中で形を得ていた。


偶然、同じ棚の前で顔を合わせた二人は、少し驚いたように笑みを交わした。

「悠真、そんなに真剣に読むんだ」

「早苗こそ、写真集ばっかりだな」

互いの選んだ本が、走りのスタイルをそのまま映していた。速度を求める者と、景色を求める者。真逆なのに、同じ匂いがそこにあった。


本を抱えたまま、二人は並んで歩き出す。

「ツーリングサークルでも探そうかなぁ」悠真がぽつりと呟いた。

「私は写真撮影を新しい趣味として始めようかな」早苗が応えた。

その言葉は、走りだけではない新しい世界への入口だった。孤独に走り続けてきた二人が、初めて「仲間」や「趣味」を思い描いた瞬間だった。


夕方、図書館を出ると、キャンパスの空は茜色に染まっていた。木々の影が長く伸び、学生たちの笑い声が遠くに響く。二人は自然に歩調を合わせ、バイトへ向かった。


カフェの制服に着替え、客席を整える。

悠真はエスプレッソマシンの蒸気を見つめながら、峠の熱を胸に秘めていた。整備の本で学んだ知識が、次の走りへの期待を膨らませる。

早苗はトレーを片付けながら、写真集の余韻を心に抱いていた。新しい趣味としての写真撮影が、次の旅への希望を広げていた。


走りでは交わらない二人が、図書館とカフェという日常の中で、少しずつ心を重ねていく。

速度と旅路。真逆のスタイルなのに、同じ青春の匂いがそこにあった。


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