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疾走  作者: 双鶴


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1話

カフェのバイト仲間として、悠真と早苗はすでに名前も顔も知っていた。

悠真はいつも少し乱れた髪で、落ち着きなく指先を動かしながらエスプレッソマシンの蒸気を見つめていた。客の注文を受けるときも、どこか急いているような声色で、まるで次の瞬間に走り出したい衝動を抑えているかのようだった。

早苗は逆に、長い髪を耳にかける仕草まで静かで、姿勢は凛としていた。客席を片付ける動作も丁寧で、彼女の周囲だけ時間がゆっくり流れているように見えた。バイト仲間として軽く言葉を交わすことはあったが、互いの奥底にある「走りへの思い」までは触れたことがない。ただ、どこかに同じ匂いを感じていた。


大学の心理学の授業。広い講義室のざわめきの中で、悠真は偶然にも隣の席に座った早苗を見て、思わず笑った。

「また一緒だね、悠真」

「早苗もか。……なんか、縁あるな」

偶然が二度重なると、それはもう必然のように感じられる。


昼休み、学食のカレーを前にした二人は自然に同じテーブルに腰を下ろした。

悠真はスプーンを握る手に力が入り、早苗は丁寧にルーをすくう。

「やっぱりカレーは定番だな」悠真の声は早口で熱を帯びていた。

「でも、ダムカレーって知ってる?」早苗の声は落ち着いていて、言葉の間に余白があった。

「ダムカレー?」

「ご飯をダムみたいに盛って、ルーを放水みたいに流すの。面白いでしょ」


そこから話題は広がった。悠真はダムに連なる峠を攻めて疾走する思いを語り、早苗はダムの放水の勇壮さとそこから見える山々の雄大さを語った。

「俺は速さの中でしか生きられない。限界まで攻めて、速度に身を削られても、それが俺の証なんだ」悠真の瞳は燃えるように揺れていた。

「私は、知らない土地に辿り着くことでしか自分を確かめられない。走って、走って、景色の果てに立つと、自分がどこまで行けるのか分かる気がする」早苗の瞳は静かに、しかし揺るぎなく前を見ていた。


周囲は二人の走りを反対していた。

「危険な走りは命がけだ」悠真は家族にそう言われ続けてきた。

「女の子なんだから、転んだらどうするの」早苗も友人に止められてきた。


それでも、二人は走ることをやめられない。

「好きだからじゃない。止まれば俺は俺じゃなくなる」悠真の声は熱を帯びていた。

「バイクでしか追い求められないものがあるの」早苗の声は静かに響いた。


学食のざわめきの中、二人の言葉だけが異質に澄んでいた。

峠を攻める速さと、山々を見渡す雄大さ。真逆の走りなのに、同じ青春の匂いがした。


そして、心理学の授業で扱われたテーマが二人の心に重なった。

「人はなぜ危険を冒すのか」「自己実現とは何か」。教授の声が響くたびに、悠真は自分の速度を思い、早苗は自分の旅を思った。

授業のノートに走り書きされた文字は、二人にとってただの講義内容ではなく、自分の生き方を映す鏡だった。


その日の夕暮れ、カフェのバイトに戻った二人は、客の注文をこなしながらも、互いの存在を意識していた。

悠真はコーヒーを淹れながら「止まれば消える」という焦燥を抱え、早苗はトレーを片付けながら「遠くへ行きたい」という意志を胸に秘めていた。

同じ場所に立ちながら、心はそれぞれの走りへと向かっていた。


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