北側校舎四階の秘密 ―よくある学校の怪談…じゃなくって魔法なのかもしれない!―
神崎郷小学校 北側校舎 四階女子トイレ
ここは、いわゆる「学校の怪談」的な噂の現場である。
一体ここで何が起きているかって?
それは…………
「やっばい、また時間ギリギリになっちゃった。
急いでおトイレ行かなくちゃ」
四時間目が始まる直前のこと。トイレに駆け込んできたのは六年四組の真地うらら。どうやらこの少女が噂の原因のようだ。
「あー、なんで今日の音楽はチャイム鳴っても終わんなかったのかな」
ぼそぼそと文句を呟きながらトイレを済ませ、手を洗おうとした。
ピリピリピリ――
(やっちゃった!!
どうしよう)
小さなアラーム音のようなものが聞こえ、うららは慌てて廊下に飛び出した。幸い廊下には誰もいない。うららは急いで六年四組の教室へと逃げ込んだ。
ところが、ところが。うららが教室に入った数十秒後。
「わあーっ! 出たーっ!」
廊下から女子児童の叫び声がする。
なんだなんだと、野次馬が集まりだした。
「出たってば、トイレ!」
「見ちゃった。こわーい……」
北側校舎四階、ここは六年生の教室があるフロアだ。廊下中に響いた叫び声のせいで、六年生の女子が一斉にトイレへと集まってきた。彼女達の目的は、洗面台の鏡。そして鏡を見た児童が次々と叫び声を上げた。
鏡に映っていたのは、なんと給食室の風景。ずらりと並んだ給食ワゴンに次々と食器カゴが乗せられていく様子が映っているではないか。奥では大きな鍋から食缶にスープがよそられている。
「これ、リアルな給食室じゃない?」
「あれって今日の献立、トマトスープだよね」
「ねえ、怖いって。
なんで鏡に給食室が映ってんの」
「生配信なんじゃない?」
うららは野次馬に混じって鏡を見にきたフリをしている。そして他の子と同じように怖がるフリをしている。
鏡に向かって瞬き四回
実は、これがこの騒ぎの原因だった。「瞬き四回」はうららが魔法をかける動作なのだ。さっき鏡を見ながらパチパチと素早く瞬きしてしまったために、鏡に魔法がかかってしまったのだった。
(給食のいい匂いがしてたからだ……)
匂いにつられて給食室のことを考えてしまったがために、鏡が給食室の中継映像を映してしまったわけである。
「なんか……怖いね」
うららは怖くなったフリをして、野次馬の集団から抜け出した。教室に戻り、自分の席に座る。
本当は、怖くなったフリなんかではない。誰かにバレたらどうしよう。そんな不安に駆られて本当に怖くなっていたのだ。
そんなタイミングでチャイムが鳴った。ずっと廊下で「着席!」と叫んでいた学級委員が「はあー」と大きなため息をつくと先生をはじめクラス中が大笑いした。
トイレの話が止まったことでうららも一安心だ。
慌てたり、緊張すると瞬きが増える。特にトイレに駆け込んだときが危険だ。うっかり目をぱちぱちしてしまって、鏡に魔法がかかることが多いからだ。今や学校の怪談になりつつあるので、本当に気を付けないと大変なことになってしまう。
何とかして「うっかり魔法」を防ぐ方法はないものかと、うららは悩むのだった。
『うららちゃん、まばたきしたの?』
この字面を見た瞬間、うららの心臓が止まりそうになった。
おそるおそる、このメモがやって来た方向、左隣の席に目を向ける。
(おれもだよ)
口パクでそう言いながら自らを指さしているのは、軽部翼だ。
もしかしたら秘密を知られてしまったのかもしれない。うららは気が気でないが、授業中なので訊ねることもできない。早くチャイム鳴れ、早くチャイム鳴れとひたすら念じて、四時間目の授業は全く頭に入らなかった。
やっとお待ちかねのチャイムが鳴り、給食前の手洗いタイムになった。手を洗う児童それぞれが口々に手洗いの歌を口ずさむので廊下がとても騒がしい。
「うららちゃん」
「え」
翼に声をかけられて、うららはもうドキドキを通り越してお腹が痛い。緊張して瞬きが増えてきた。やばい、魔法がかかっちゃう。咄嗟にうららは手で目を覆った。
「あー、えーっとね――
鏡の前でなきゃ大丈夫だよ(ま・ほ・う)」
翼は気を遣って「魔法」のところだけ囁き声で言った。
「えっ、なんのこと」
ひとまずうららは、とぼける一択だ。どこで、なぜバレたのかも分からず怖くなるばかりだ。
「俺のほかにも知ってる奴いるから大丈夫だよ。
今日の放課後、校庭来れる?」
「でも」
「大丈夫。怖くないよ。
えっとね、鏡の秘密知ってる奴だけ集まるから」
「ええ――」
鏡の秘密。もしかして鏡に魔法をかけているのは自分だけじゃなかったのかもしれない。そこに気付いたうららは、勇気を出して翼の誘いに乗ることにした。
放課後、校庭のクロガネモチの木に集合。クロガネモチは、遊具から離れてるお陰で学童クラブの子が来ないからだと翼が理由を教えてくれた。
緊張が限界になりそうだけれど、うららは勇気を振り絞って約束通り校庭のクロガネモチの木の下に来てみた。もう既に四人の児童が待っていた。集まったのは全部で五人だ。
六年四組・真地うらら、軽部翼。
六年一組・小角真帆。
六年二組・小角貴子(双子)。
六年三組・花村紗里。
「俺だけ男子でごめん。
廊下で筆箱を落としたときに、蛍光ペンが女子トイレに入っちゃって。
誰もいなかったから入って拾って、立って、鏡見て、瞬きしちゃったんだ」
「翼君が瞬きしたらどうなった?」
うららはまだ翼の事を信じていない。鏡と魔法は一体どういうことなのか、納得するまで聞きたいと思ったのだ。
「うちのクラス(六の四)の中が映った。
たぶん、女子に見つかったらヤバいな、って思ったからだと思う」
今度は三組の紗里が口を開いた。
「最初は自分だけが魔法使えると思ったんだけど。
あそこの鏡だけしか魔法がかからなくって、それで思ったんだ。
うちらが魔法使いなんじゃなくて、あの鏡が『魔法の鏡』なのかもって」
次は小角姉妹の話だ。
「あのね、最初ね、真帆が鏡の前で瞬きしちゃってね。
真帆んちの中が映っちゃったの」
「真帆がね、うちのクラスに来てね、貴子を呼びに来たの。
まだ真帆の魔法がかかってたけど、貴子が瞬きしたら、職員室が映ったの」
それでね、それからね――
それぞれが鏡の秘密に気付いた経緯と、秘密を知っている者同士が結びついた経緯を話してくれたお陰で、大体のことは分かった。
「でもさ、瞬きってやっちゃうじゃん?」
そう、全員に共通する悩み事はこれだ。鏡に向かって瞬きするのは自然なことだけど、魔法の鏡が発動して他の児童が大騒ぎになるのは絶対に避けたい。
「うちらでチーム作ってさ、魔法の鏡対策みたなの考えない?」
「いいね、やろうやろう」
『神郷小北四女子便鏡の秘密ギルド』
「なげーよ」
「KGSK4JB……なんだっけ」
「ムリ、ムリ」
『マジカル・ギルド』
「真地軽かーい」
校庭開放が終わる時間まで、チーム名を考えるのだけで盛り上がった。
明日の議題は、「魔法をかけてしまったときの誤魔化しかた」に決まった。
神崎郷小学校六年。
ここに愉快な五人の魔法使いが誕生したのであった。
彼等の活躍の物語は、またいつか。




