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Blood Sisters  作者: ジョウ・アイダ
Chapter One: The Package
4/46

1-3

すれ違うトレーラーの明るすぎるライトが車内を灯した。

ゼニス・スパイアの街並みはとうの昔に遠ざかり、荒れ果てた夜の工業地帯が迫ってくる。

ハンドルが手汗で濡れる。頭には差出人の“傷”がこびりついて離れなかった。

あの裂かれた胸。潰れた喉と眼。

合点がいかない。誰が何のためにNOVAの精鋭をあそこまで追いつめた?ヴォルフ?内輪揉め?チンピラ?変態の殺人鬼?

可能性をいくら巡らせても、何も出てこない。代わりに朝の“ポーチドエッグ”が浮かんできた。

「なーんか、ここも気味悪いとこだよねー。ま、配達にはぴったりだけどさー」

隣でエルが窓の外の廃工場や倉庫群を見ながら口笛を吹く。無邪気ともつかないその調子に、ハンドルを強く握り直した。

エルは、こういうときに無意識のまま生き延びる。

本能で、空気の濁りを避け、毒の中でも笑っていられる。

本当に、羨ましい。

……いや、違う。

本当は、そんなふうに生きるべきじゃなかった。エルのせいではない。何もできなかった、自分自身が憎い。

顔を伏せ、アクセルを踏み込んだ。前方に緩やかに歪んだ看板がライトに照らされる。

──《Welcom to Amber City 》

その文字の下にあるのは、塗り潰されたようなサビだった。

二つの分岐路が見え、荒れたほうへと進む。やがて旧市街の集合住宅群が見えてきた。墓標のように規則正しく並ぶ。違うことは墓地のように忘れ去られることはない。

「んんー。アレかな三二号棟って」

集合住宅の側面の番号を消えかけた月が照らしていた。

「うん、止めるぞ」

車のドアを閉めた音が、廃墟の闇に沈むように響いた。この中では呼吸すら苦情を入れられる。

崩れかけた公営住宅の前に立ち、朽ちた階段を踏みしめる。足元のコンクリートが砕け、靴底に乾いた瓦礫の粒が食い込んだ。

エントランスに入ると高い天井には亀裂が走り、僅かな月光が落ちていた。正面のエレベーターの扉は錆びて半開き、そこから暗闇が覗いていた。

「またこんな感じのところかぁ…」

エルがため息交じりに呟く。

「さっさと終わらせてスピンラテ飲もうぜ。シルヴィアの高い酒もな」

崩れかけて鉄骨がところどころ飛び出た階段を上る。私が先に行き、エルを後ろにする。エルが前だとデカくて援護できないから。

階段を登り切り、六階に到着する。

無数の部屋のドアが並ぶ廊下。どれも塗装は剥がれ、金属は腐食し、過去の痕跡だけがこびりついている。

埃と鉄の匂いが呼吸に混じる。

最上階の一角──目的の部屋の前に立つ。ドアは錆がひどく開くかも分からない。

張り付くような沈黙。皮膚の内側に冷たい水が流れるような感覚。

ただの風が余計に寒気をもたらした。深く息を吸い、アタッシェケースを握り直す。

「エルはここで待機して。何かあったら、すぐ連絡を」

「了解。でも、もしもの時は──壁ごと突っ込むからね?」

冗談混じりの言葉。だが目は笑っていない。

軽く頷き、目を細めてドアに向き直る。指先で銃の冷たさを確認しながら、意識を一点に絞り込む。

呼吸は整っている。逃走経路、突入手段、敵の数──すべては想定済み。

大丈夫だ。……あとは、入るだけ。

ドアノブに指をかけ、ゆっくりと押すと軽く開いた。

錆が軋む音。室内に溜まっていた古く湿っぽい空気が、ゆるやかに流れ出る。埃と黴、そして微かに人間の匂いが混ざっていた。

穴だらけのフローリングの廊下。突き当りの部屋以外のドアはすべて外れている。

中は静かだった。いや、静かすぎた。

「……いる」

確かに感じた。気配。温度。視線。それは、突き当りの部屋から。

一歩、キルゾーンに踏み入れる。

腐った床板がミシッと呻き、室内の空気がわずかに揺れた。湿った生暖かい感触が身体を覆う。

慎重に近づき、ドアの前に立った。銃を握りなおしてドアを押し開けた。

天井がない部屋は明るく空気が新鮮。そして待ちくたびれたように深く椅子に腰かけた人影が照らされていた。

それは少女の姿をした“何か”だった。


挿絵(By みてみん)


着崩したスポーツウェアを着ている。だが、小さすぎる。金髪のボブカットに白い肌。

顔立ちは人形のように整っている。一見すれば可憐な少女、だが……それ以上に、奇妙だった。

何よりも目。冷たい。人工的な青。宝石のように無機質で、深さがない。

まるで飢えたコヨーテの眼だ。

「物騒ね、そんなの向けないでよ。こっちは丸腰よ」

その声は幼さを含んでいるはずなのに氷点下のように冷たい。少女は上着を脱ぎ、妙に上品にくるりと回って丸腰を確認させた。

確かに丸腰だ。それにこの部屋、いやこの棟にはこの女とエルと私の気配しかしない。

だが銃を下ろせない。受取人だとは信じられない。この暴れる心臓を信じる。

女は腕を組んだまま、私をチンピラを見るように眼で見下していた。冷え切った目つき。わずかに尖った口元。

「……それが約束のもの?早く渡してよ」

わずかに苛立ちを含んだ声。言葉尻が鋭く肌に刺さる。アタッシェケースを握りしめたまま、静かに応じた。

「ああ……だがその前に確認する必要がある。お前が本物なのかな」

女の眉がわずかに動いた。ほんのわずか、予定外を示すような仕草。だがすぐに口元が持ち上がった。面白がるように。

「……へぇ。慎重な女ね。いいわ、付き合ってあげる」

芝居がかった動きで軍のIDを取り出すて見せる。その所作すら嫌悪感をにじませた。

「偉大さは何で測る?」

私は約束の合言葉をはっきりと問い付けた。間違えれば引き金を引く。このニヤついた女を殺す。

女は意地悪に微笑み艶っぽく口を開いた。

「“間抜けな小物の質問ね”」

完璧だ。一言一句間違えはなかった。IDの方もフォント、コードの焼き加減、偽造特有の違和感はない。

それでも、違和感は消えない。目を離さず、ふと口を開いた。

「……ジェイクのことは、残念だったな」

その瞬間、女の瞳がかすかに揺れた。わずかにピクリと動いた肩。反射的な反応。

「死んだのはジェイクじゃなくてフィンよ」

しかし、動揺は——皆無。だが、瞳の奥が違った。ほんの一瞬、カラーコンタクトの裏から、地の目が透けた。赤――人工物のように濁った、スヴェト特有の血の色。

敵だ。これは、罠だ。女はそれに気付いたのか、嘲るように口角を上げた。

「あーあ……見ちゃったのね。IDもせっかく作ったのに」

背を向けて、青いコンタクトレンズを取りながら窓へと歩き出す。軽やかな、まるで散歩道を歩く少女のような足取り。

「動くな」

銃を構えるも女は止まらない。私に背を向けて窓を開けた。だだ、その背中からは「殺意」が漂っていた。

「ねぇ……何もしなければ、楽に死ねたのに。ほんと、バカね。気付かなきゃよかったのに」

「黙れ、手を挙げて伏せろ」

それも受け流し女はようやく振り向いた。その顔には圧倒的な自信が見えた。

「じゃあ、バイバイ。運び屋さん」

そのまま飛び降りた。まるで羽でもあるかのように軽々と。

「……ッ!」

そのとき、爆音。床が、天井が、空気が爆ぜた。視界が白に包まれ、強烈な爆音の後、音を失った。

遅かった。

爆発が私の背中を吹き飛ばし、身体が床から浮く。アタッシェケースが手から滑り、宙に舞った。崩れる天井。迫る衝撃波。耳鳴り。焼ける金属の臭い。

遠くでエルの声が聞こえた気がした。……でももう、何も聞こえなかった。

意識が砂の城みたいに崩れて、何もなくなった。

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