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Blood Sisters  作者: ジョウ・アイダ
Chapter Seven: Under SeaUnder Sea
38/46

7-2

プラントは――地獄だ。踏み込んだ瞬間、ブーツの裏が滑る。生きた肉の匂い、濡れた血管の脈動、温かく湿っぽい空気。

――触手。人間ほどの太さ、関節がなく不気味に曲がりながら、こちらに気づいた途端、刃物のように尖った先端を鋭く変形させた。

節くれ立った表面は粘液でぬらぬらと光り、血管のような赤い筋が鼓動とともに震えている。

「思った以上にきついわ…ね。どのくらいいるのかしら」

「えぇ、進めませんね。キリがないです」

銃声を撒き散らしながら迫る肉の束を切り裂くシルヴィアとダリア。

ヴォルフの構成員を乗せたタンデムローターが着陸するなりイリーナは指示を出す。

「無視してセントラルタワーに向かえ」

イリーナが指差した先には、赤黒く脈動する高層タワー。まるで臓器を縦に伸ばしたような、常識を拒絶する光景。

「行くぞッ!」

私は叫んで、肉の地面を蹴る。目の前に触手群。尖った先端から粘性の液体が滴り、糸を引きながら揺れている。

待ち構えている。生きた罠だ。

「邪魔すんじゃねえ、カリム!」

伸びかかる触手を短機関銃で撃ち抜く。 触手は痙攣し、ひときわ鋭い震えを見せて、悲鳴のような音を立てて崩れ落ちる。

そして……溶けた。

肉と血の区別がつかない塊になって地面に吸い込まれていく。その中に――エルの気配が一瞬、混じっているような気がして足が止まりそうになった。

――違う。こんなの、エルじゃない。歯を食いしばる。拳が震える。血とも肉ともつかない感触がブーツの下でじゅぶりと潰れた。

「ちょっと、勝手に行かないでよ!」

ゾラの声を無視し、セントラルタワーの入口へと突き進む。シャッターは閉じられていたが、割れたガラスから中へ入る。

ビルのエントランスは趣味がいい。だが、高級なボールチェアも大理石の床もその全てが無事だ。

だが異様な静寂。外の地獄が嘘のような無音。まるで何もなかったかのようなオフィスビル……だが壁の奥に何かが蠢く感覚が、肌から伝わる。

「マルスは二つに分かれて表と裏を確保しろ、ユピテルは私に続け」

イリーナの声が静寂なフロアにやけに鋭く響く。

「下に行くには……」

中央エレベーター横に大階段が見えた。すぐに駆け出す。

「待ちなさいよ。集団行動のできない女ね」

ゾラの罵声を背に受けながら階段を飛び降りた。地下一階、二階、三階。上段から下段まで飛ぶ。

最後の階段を降りた時。更なる地下へと続く、通路が見えた。そこはエントランスとは違い、荒れ果てていた。

天井の蛍光灯は割れてぶら下がり、足元には古い血痕、焦げた筋肉の塊。何かを無理やり引きずり込んだ跡の排気口。乾いた赤黒い水たまり。管理室の扉は壁から抉れてガラス張りの会議室には頭部だけが転がっていた。

銃を構えて慎重に進む。気配はしない、だがどう見ても異常だ。

先で見えた排気口のひとつには血まみれの白衣が引っかかり、そこにぶら下がっているのは首から下だけの肉塊だった。

天井に続く血の線が、奥へ、奥へと伸びている。腐臭。鼻腔を焼くほどの、強烈な腐敗臭。喉が灼け、目が勝手に潤む。

通路の突き当りを曲がった瞬間、世界が変わった。

壁や床や天井の一面に肉が張り付いている。キャビネットやロッカー、人の形をしたモノまでもだ。

張り付いた肉がこちらに気づいた瞬間、蠢き、触手へと変形する。

「……邪魔だッ、どけ!」

引き金を絞る指が痙攣する。銃声が廊下を埋め尽くし、反響が頭蓋に突き刺さる。

触手のが崩れるが、すぐに次が産まれる。キリがない。

焦げた触手を蹴り飛ばして進む。奥は死臭が強くなる。腐敗した内臓を鼻先に押し付けられたような臭気が、喉を焼き、胃を揺さぶる。

汗が噴き出し、目に入り、焦点が歪む。

でも、もっと早く。――もっと早く行かなきゃ。間に合わない。エルが――。ゾラを押しのけて先に進む。いつになったら下に降りられる。焦る気持ちとありえない光景が理性を奪う。

だが、唐突に呼吸が止まった。首に冷たい生き物の感触。触手だ。長く、赤黒いそれが、首に巻き付き、吊り上げる。

軽機関銃が手から滑り落ち、金属音が遠くで響いた。

視界が暗転する。耳の奥で、自分の鼓動が爆音のように響き出す。肺が焼ける。胸骨が内側から押し広げられる。

足をバタつかせ、指先で必死に触手を引き剥がそうとするが、さらに締め上げられる。

ホルスターの銃を掴もうとする――が、腕ごと締め上げられる。

手も足も、別の触手に絡め取られた。動かない。関節が悲鳴を上げた。目の奥がチカチカと白く染まる。耳鳴り。

呼吸できない。酸素がない。

エルの顔が浮かんだ。泣きそうな顔。あの時の、必死に私を見ていた目。それがゆっくりと、霧の中に消えていく。

……死ぬ。

視界に星が散り、何かを失う恐怖が胃の底をえぐった。

――死ねるかよ。

裏腹に抜けていく力。その瞬間、轟く銃声。

身体が床に叩きつけられ、肺に一気に空気が流れ込む。痛いほどに。触手は根元から引きちぎられていたが、首に残った一巻きがまだ締め上げていた。

「がッ……ぐぅ……!」

指で必死に剥がそうとする――その時、刃が閃いた。ゾラのナイフが触手を数分割に裂き、ねっとりとした赤黒い液が顔に飛び散る。

ぬるりと滑り落ちる感触。

肺が空気を受け入れ、咳き込み、喉が灼ける。

胃が痙攣し、吐きそうになりながら、四つん這いで空気をむさぼった。

「イキがってんじゃないよ……こんなとこで死ぬとか、バカじゃないの?」

視界の端に、ゾラの冷たい瞳。手には血を滴らせた大型ナイフが握られている。

「あの晩はちょっと期待したけど、ハズレね。でも最低限仕事してから死んでね」

ゾラは笑った。だが、その笑顔は前のモノが。私と初めて会った時のような。

ゾラと兵たちは先に駆け抜けていった。続くイリーナの目が刺さる。無言のままのその視線は、嘲りとも、期待ともつかない鋭さ。

シルヴィアとダリアが追いつき、シルヴィアが低く問いかける。

「行きましょう」

その声に、意識が現実に引き戻された。

「……あぁ」

立ち上がる脚は震え、呼吸はまだ不規則だった。冷静さを失い、無謀をして、ゾラに助けられた――こんなんじゃ、エルを助けられない。

歯を食いしばり、全身を叱咤するように駆けだす。がむしゃらに、ただ前へ。

最後の角を抜けた時――それが見えた。

肉の壁。ゾラが前回、諦めて引き返した地点だ。

赤黒い臓器の塊が通路を塞いでいた。 腸がねじれ、胃が歪み、心臓が規則正しく拍動している。 無数の神経繊維が表面を走り、脂肪が露出し、黄色い滴が足元に落ちていた。 鼻を刺すのは、血と腐敗と熱した鉄の混じった匂い。

通路全体が、ひとつの生き物の体内になったようだ。

だが――その匂いの奥に、エルを感じた。あの触手よりも、もっとはっきりと。彼女の皮膚の匂い、髪に残っていたあの微かな香り。

「――クソがッ!」

叫びながら銃を撃ち込む。

弾丸が肉を抉り、赤黒い液体が壁から噴き出す。廊下は硝煙と鉄臭さに満ちた。

「無駄よ。まだ頭が冷えてないのかしら」

肉は再生した。弾痕はみるみる閉じ、再び元の形に戻っていく。

後ろでゾラが腕を組み、兵たちとイリーナが続いてくる。ダリアも機関銃を構えかけたが、シルヴィアに制止される。

「……この壁ね。行けるミア?」

シルヴィアの言葉。全員の視線が背中に刺さる中、エルが残した言葉が反響した。

『…私の血も入るから……だから、ミアなら通せるよ…』

私なら通れる。銃をしまい、ゆっくりと壁に手を置いた。

――ぬるり。屠殺したての生肉のような感触。分厚い壁は熱を帯び、胎動し、内部の血流が手のひらを振動させる。 粘膜のぬめりが指の間を這い、体温を奪うのではなく逆に熱を伝えてきた。

最初の嫌悪で指が跳ねたが、深呼吸して押し進めた。 肘まで飲み込まれた。ぬるり、ぎちり、と壁が脈打ち、腕にまとわりつく。

壁の奥から、微かにエルの体温のような温もりが伝わる。エルが笑って手を握ってくれた時と同じ体温。

「うっ……げぇ……」

ゾラが顔をしかめて舌を出した。兵の一人が耐えきれず吐く音が後ろでした。

――突然、壁がぎゅうっと締め付けた。筋肉が蠕動するように収縮し、腕全体が捕まえられた。

「ミア!」

シルヴィアが叫び、腕を掴む。ダリアも加わり、必死に引こうとする。ゾラは銃を構えた。兵も一斉に銃口を向ける。

「やめろッ!!…大丈夫だ」

必死に声を絞る。

この感触――攻撃ではない。締め付けられた腕は痛くない。むしろ、再会の握手のような圧力だった。

エルが手を握る感触だ。冷たい指先が、あの時の笑顔と重なった。“私なら通してくれる”――そう言った声が胸に蘇る。

やがて圧力が緩み、肉がほどけるように裂けていった。内部が蠕動し、赤と白と黄色が混じった組織がゆっくりと穴を開ける。

血と脂、そして臓器が折り重なってできた産道のようなトンネル。生臭さと甘ったるい血の匂いが吐き気を誘う。

このプラントは――私を“仲間”として認めた。エルと私の血が似ているからか、いや、エルが自分の意志で私をここへ導いている。

「エル…」

息が震える。耳鳴りの奥で、微かに助けを求める声が聞こえた気がした。間違いない、まだエルは生きている。銃を構え、産道のようなトンネルに足を踏み入れた。

「行くわよ」

シルヴィアが言い、ダリアも頷く。

「本当に、あの娘が“鍵”になるとはな……」

イリーナが呟き、一人、また一人と、 トンネルへと足を踏み入れていく。

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