3-7
「ミア! もっとスピード出せないの!?」
助手席のエルがアサルトライフルを抱えて叫ぶ。
その声に焦りが混じるのは珍しい。
「ずっとベタ踏みだッ! 油温も振り切ってる! いつブローしてもおかしくねぇ!」
猛然と車線をすり抜ける。
蛇行しながら駅を目指すその足元で、タコメーターはレッドゾーンのさらに奥を振り切っていた。
ブロアーの吸気音と、焼きつくような異音が交互に鳴り続ける。
あと――10分。
バックシートのレイは前を見据えたまま、両手を組んで震えている。
「レイ、大丈夫だ。あと少しで着く。間に合う」
「……ああ」
ヤンヤンを乗せた列車が、出てしまえば終わりだ。
タイムリミットは刻一刻と近づいていた。
「……っ、ミア!!」
エルが突然、前方を指さす。
「出た! 列車、もう出発してるッ!!」
視界の先――巨大な貨物列車が、黒煙を吐いて発車していた。
考えるより先に、私の手が動いていた。
「――捕まってろ!!」
ステアリングを切り込みながら、ハンドブレーキを引く。
タイヤが焦げる音と共に、車体が真横に滑る。
180度の急旋回――そのままアクセル全開。
「ッぐっ……!」
レイが後部座席に投げ出され、エルの額が助手席のガラスを叩いた。
進路の先にフェンス。
踏み込んだまま鉄格子を突き破り、車体は線路へと突入する。
「……予定より早く動いたね。向こうも、待ち構えてるかも」
エルが血を拭きながら銃を構える。
「ああ……上等だ。地の果てまで、追ってやる」
ゼニス・スパイアの外縁を抜け、車は砂漠地帯へ。
ついに列車の最後尾が視界に捉えられる。
貨物の金属ボディが光を反射していた。
あと少し――今はまだ、気づかれていない。
アクセルを踏み抜く。
エンジンが悲鳴をあげ、Gが背中にのしかかる。
「エル! 並走する! 飛び移れ!!」
「OK! 安定させてよね!」
エルがドアを開けて、車体から身を乗り出す。
――その瞬間。
前方車両から、銃声が鳴り響く!
「ちっ、気づかれたかッ!」
エルはドアを盾にして身を守り、私が車体をさらに寄せる。
だが、ボンネットから白煙。
――被弾だ。エンジンがやられた。
「ミア! 寄せて! もう行く!!」
「行けッ!」
ギリギリ三号車に車体を擦り寄せる。
エルは勢いよく飛び、貨物車の窓を蹴破った。
「オリャーッ!!」
ガラスが割れ、エルが姿を消す。
……見届けた。その直後。
側面に突き上げられる衝撃――追いつかれた。
乗り上げたドアが吹き飛び、車体が軋む。
もう、最後尾しかない。
「レイ! ハンドル代われッ!」
「えっ……! あっ、わ、分かった!」
アクセルを踏み込んだまま助手席に滑り込み、レイが身体をねじ込むように運転席に滑り込んだ。
視界の端に、最後尾が迫る。
「後ろにつけろッ!」
レイは必死に車体を操り、最後尾にぴたりとつけた。
ひびだらけのフロントガラスを割り、ボンネットに転がり出る。
焼けた鋼が、靴底を焦がす。
「……ここが、勝負所だ」
一歩、二歩、助走。
バンパーを蹴る――
跳んだ!
コンテナのハシゴを掴み、反動で軋む腕を引き寄せる。
そのまま上へ、登る。
背後では、レイの車のライトがひときわ光り、
爆音と共に――
消えた。
列車に立つ。
風が顔を切る。砂漠の熱が肌を焼く。
「……新記録、だな」
一度、後ろを振り返った。
もう車の姿は、どこにもなかった。