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Blood Sisters  作者: ジョウ・アイダ
Chapter Three: A person
11/36

3-1

イラストは随時追加いたします。

今現在、以下の話に挿絵がある状態です。

・プロローグ

・1-1(この話だけ2枚あります)

・1-2

・1-3

・1-5

・2-1

・2-3

・2-4

・3-1

・3-3

「ねぇ、すごくない?これ!」

助手席でエルヴィラがはしゃぐ声が、エンジン音を割って響いた。

子供みたいな無邪気な笑い――だが、私はハンドルを握ったまま目を細める。

……たしかに、いい車だ。

トラクションは申し分なく、路面を掴む感触が足裏からダイレクトに伝わる。

サスペンションは硬めだが、ロールは皆無。

踏み込むたびに鋭く吸気音が立ち、シフトチェンジごとにマフラーが炸裂するような音を吐く。

身体ごと押し出されるような加速感。それも滑らかだ。

整備も完璧。

持ち主の性格は歪んでいても、整備には一分の狂いもない。

……まったく、ゾラの野郎、車のセンスだけはまともだったらしい。

「病院にこれで来たとき、目疑ったよ」

エルがアンプを弄りながら笑う。

「シルヴィアからのプレゼントよ。ミアにピッタリだって」

「シバいてこいって意味かもな」

その後部座席に仕込まれていた巨大なウーファーが、低音を吐き出す。

車内が軽く震え、背筋にズンと響く。

「ボンボン鳴るじゃん!クラブみたい!」

嬉々としてボリュームを最大まで回したエル。

その瞬間、背中を蹴られたような衝撃が車内を突き抜けた。

「……え?」

全てが宙を舞う。紙袋、空のペットボトル、後部のジャケット。

次の瞬間、ネットが破ける。その穴から黒煙上がり、焦げ臭い匂いが車内を満たした。

「……壊れたね。スピーカーは」

エルの膝にティッシュの箱が落ちていた。たぶん後ろから飛んできたやつだ。

私は片手で窓を開けた。

熱い排気と砂塵が、焦げた空気を押し流していく。

「……昼でも食いに行こうぜ。病院のオートミールがまだ口に残ってる」

「んー、じゃあダイナー?」

「いや、チキンとヌードルの気分なんだ。口がもう決めてる」

エルは一瞬で理解して微笑んだ。

フリーウェイを降りて、やがてダウンタウンの外れに差しかかる。

古びた商業ビルの一階――

黒地に金文字の看板《麗軒飯店》が、強い陽光に鈍く光っていた。

エルが車を停め、ドアを勢いよく開ける。

「……あれ? 今日って定休日だっけ?」

違和感。

メニュー看板は出ているし、赤い提灯も揺れている。店内の照明も全灯。

……なのに、客の姿がない。

ここはゼニス・スパイアでも指折りの名店のはずだ。昼時に空いているなんて。

「やあ、エルヴィラにミア。…久しぶりだな」

奥の厨房から、聞き覚えのある声が響く。

「レイ! ひさしぶり~! ミアが退院したんでお祝いに来たの!」

「そうか、確かに少し痩せたな。……精のつくもん、作ってやる。待ってろ」

レイはエプロン姿のまま厨房に戻っていく。

横顔はいつもより痩けて見えた。目の下にくま。髪もぼさついている。

鍋が鳴る。包丁が刻む。厨房の音が空しいほど響く。

「……どうかしてるな。いつもならこの時間、満席のはずだろ」

私は奥まで空いた丸テーブルを見渡す。

冷房は効いているのに、空気が妙に生ぬるく感じた。

「レイ、疲れてそうだったよね。……ヤンヤン、今日は店にいないのかな」

――もしあの子がいたら。

“マフィアと戦う危険な仕事、めちゃくちゃかっこいいっすわ~!”

銃片手に話しかけてきて、仕事の話を根掘り葉掘り聞きたがるだろう。

メニューも見ずに、ニコニコしながら。

けれど今日は――誰もいない。

静まり返った麗軒飯店のテーブルに、私とエルだけがぽつんと座っていた。

やがてレイが厨房から戻ってきた。

手にした大皿には、濃い醤油ダレをまとった《ドラゴン・チャウメン》、そして、見慣れた甘辛いタレを纏った《ジェネラル・ソース・チキン》。

チャウメンは、太麺に山椒の辛味が絡みつく名物料理だ。皿の縁に焼き付いた焦がしネギの香ばしさが、すでに食欲を刺激する。

チキンは油を滴らせながら、カリカリの衣の下から湯気を立ちのぼらせていた。

そして、食べきれぬほどの料理が次々とやってくる。

《ヤンヤン・エッグロール》《スパイシー・フライドライス》《麗軒式オレンジチキン》――。

「今日はヤンヤン、休みなの?」

エルが、揚げたてのエッグロールを頬張りながら訊ねた。

衣が軽く弾け、香ばしい湯気が立つ。ヤンヤンが考案した逸品だ。

「……まぁ、そんなとこだな。体調不良で、上で休んでる」

レイの視線は、どこか宙を彷徨っていた。歯切れも悪い。

明らかに、何かを隠している。

「なぁ、レイ。どうした。店も、あんたも……いつもと違う」

私が問うと、レイの表情が一瞬だけ引き締まる。

そして、目の奥にあるものを見透かされたように、観念したようにポケットへ手を伸ばした。

「……実はな。ちょっと、厄介なもんが届いてる」

「手伝うよ〜!」

エルは、あっけらかんと笑ってメニューを捲っている。

どうやら、春巻とエビチリで悩んでいるらしい。

レイはため息を吐き、ポケットから封筒を取り出した。

黒。ざらついた厚紙。そこには、赤インクで荒々しい筆致の異国の文字。

「……何て書いてあるの?」

読めない。だが、紙から立ちのぼるような――暴力的な気配。

文字そのものが、刃物のように鋭く、刺してくる。

「“小娘を返せ。さもなくば、この店ごと燃やす”……そう書いてある」

レイが、もう一枚の紙を差し出した。ネット掲示板の書き込みを印刷したものだった。

“この店の肉は病気持ち”“食べたら死ぬ”“薬が混ざってる”――

下品で、無責任な罵詈雑言。

それがスクリーンの向こうではなく、現実を蝕んでいた。

「これのせいで客足が引き始めてな。仕入れ先も何件か逃げた。ヤンヤンは戸籍もないし、警察に言ったらどんな目にあうか…」

レイの声には怒りよりも、疲れが滲んでいた。

「……最低。完全に脅迫じゃん!」

エルがテーブルを叩いた。焼売の皿が揺れ、少しだけタレがこぼれた。

「ヤンヤンは……このこと、知ってるのか?」

「……ああ。隠すつもりだったが、見つかっちまった。相当、怯えてる」

レイは、視線を落としたまま話し続けた。

「ヤンヤンは、最初ここに来た時から、外を歩くことすら怖がってた。誰も信じられない子だった。だが、少しずつ笑うようになって……やっと、あいつ自身の居場所になったんだ。俺は――もう、あいつを怯えさせたくない」

その背中は、どこか――親のようだった。

ただの料理人が、銃を持たずに守ろうとしている。

言葉にせずとも、それは戦いだった。

階段の上から、足音が一つ。

「レイさーん……手伝いますっすか……」

ヤンヤンが現れた。

だが、その顔には、いつもの活気がなかった。

クマができた目元。猫背気味の肩。

元気な挨拶も、どこか声がくぐもっている。

「……お二人さん。お久しぶりっす」

無理やり笑みを作って、近づいてくる。

「……ヤンヤン、今日は寝てな。上で休め」

レイの声は、穏やかで、揺るがなかった。


挿絵(By みてみん)


ヤンヤンは唇を噛みしめて、挨拶だけ済ませると、振り返って階段を上っていった。

一瞬、名残惜しそうに私たちを振り返ったが――その目は、誰かに怯える動物のように曇っていた。

「ミア。やるしかないね。あと、レイ! 麗軒式オレンジチキン、もう一皿!」

エルの目が、闇に光る獣のように鋭く光っている。

私は、それに頷く。

「……ああ。必ず潰す。ドラゴン・チャウメンも、大盛りで頼む」

レイは一度だけ、唇を強く噛みしめると、厨房へ戻っていった。

袖口で目元を拭いながら。

あの背中には、ナイフも銃もない。

けれど、守ろうとする意思が、確かに刻まれていた。

汚すやつを、黙って見ているわけにはいかない。

この場所の味は、誰にも奪わせない。

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