第六話 決意
「和泉おばあちゃん!またねー!」
流渚は手を上にあげて、また廊下へと踏み出す。
「これ、来週までに部活を二つは回らないといけないんだろ?なら、軽音部行ってもいいか?」
「うん!もちろん!筝曲部行ってくれたしねー!」
彼女は腕を後ろにしながら、足を左右交互に前へ出している。
「音楽室Bでやってるっぽいな」
「え、この学校音楽室いくつかあるんだ」
手に持った案内の紙とにらめっこしながら足を動かしていると、既に目的地へついていた。
「それじゃあもう一曲!『恋煩い』!」
丁度のところで曲の入りに立ち会え、舞台の前に並んだパイプ椅子に腰を下ろす。
ドラム、ギター、ベース、キーボード、ボーカル。それぞれに一人ずつ配置されている。
そうそう、この活気にこの熱量。楽しそうに身体を揺らしながら手を動かしている。
音楽を楽しむっていうのは、こういうことだ。
BPMは大体135。アンプからは、ディストーションのかかったギターの八分がドラムのハイハットに乗っかり、ベースのリズム感とグルーヴ。そして、キーボードのからなら多彩な和音。ボーカルのパワフルな歌声。
これこそ、「青春の音楽」って感じがする。
でも、俺の中で、どこか物足りなさを感じていた。
なんだろうか。
ドラムもリズムはキープできているし、単調にさせないリズムの変化も素晴らしい。
それに、ギターのメロディラインも、ベースの曲を掴んでいる感覚も、キーボードの高い親和性も、ボーカルの安定した声質も、どれを取っても、かなりのクオリティだ。
――違う。物足りないんじゃない。世界がまるごと違うんだ。
音楽と言うのはあくまで総称。
生き物と言う総称の中でも、蟻だったり、ライオンだったり、人間だったり、全くもって違うもの。
俺は音楽それぞれを同じものとして、一緒くたに認識してきたけど、実際蓋を開けてみれば全くの別物。
バンドもかっこいい。ついさっきまでの俺はこの軽音部に入部を決めていた。
でも俺は、あの先輩の音を忘れられない。
目の前の曲は、ギターの長い和音により締めくくられた。
ギシ、とパイプ椅子の錆びた音をあげながら立ち上がり、そに背を向けた。
「ん、光?もう行くの?」
「うん、筝曲部にな」
「あれ、随分早いじゃない。どうしたの?」
「筝やりに来ました」
「あらーもしかしてお箏はまっちゃった?若者が興味を持ってくれるのは嬉しいねぇ」
と、口元を隠している。
――先輩はまたしても膝の上に手を重ねて置いたまま動かない。
でも、その視線の鋭さは、砥石を使ったのかってぐらいのものだった。
やっぱり怖い。
「光、筝曲部に入部したいらしいですよ!私もですけど!」
「え!本当に!?いやー助かるわー!男子なんて一年に来るか来ないかでねー?本当困っちゃうのよ――あ、それじゃあ今の内に教育しておかないとね...!」