第一話 スタート
「ぜひ!よろしくお願いします!」
そんな元気な女性の声が体育館に響き渡る。
その言葉を境に、気だるげな拍手がここ一帯に充満する。
「ねえ光!あの部活いっしょに入ろうよ!!」
幼馴染みである流渚が、脚を畳めて座り、こちらを向いた。
「やだ!俺は軽音部に入ってドラムやりたいもん」
俺はドラムが好きだ。いや、好きなのはドラムを叩いている自分だろうか。
ここで軽音部の存在を知ったとき、「ここでドラムを叩けば、文化祭とか無双できるんじゃね?」なんて思っていた。
元々父さんの影響で小さい頃からドラムをやっていたし、自分で言うのもなんだがそれなりに上手い。
きっと俺なら、目立つ存在になれる。
「えーなんでよー楽しそうじゃん...。それに顧問の先生、和泉おばあちゃんだよ?」
「ああ、和泉さん部活の顧問やってるって言ってたな」
彼女の言う和泉おばあちゃんとは、近所に住んでいて、昔から良くしてもらっていた人のことだ。
家にいけばお菓子をくれて、時々お小遣いもくれた。
だが、俺はこの部活動に魅力を感じなかった。
なにせお琴教室なんざ興味はない。
「お願いだよ~!箏曲部入ろうよ~!!」
流渚は、俺の裾を両手で掴みながら前後に揺れている。
「お前は三味線やってるから魅力を感じるかもしれないけど、俺は和楽器なんて別に興味ないから!!」
「そう言わずにさー!!」
うるうるとした目で懇願する姿は、まるでショッピングモールのおもちゃ屋で、母親におもちゃをおねだりする子供そのものだった。
「だって、三味線とか死ぬほど面白くなかったから!筝もどうせ三味線と同じだろ?そんなの毎日毎日やってられるかって」
「...そう」
と、俺の裾を掴んで離さなかったその両手が静かに落ちていく。
こいつとは幼馴染み。だから遊ぶ機会も少なくはない。
家へ遊びに行くと、こいつは斜めに三味線を構えて、右手には、象牙からできた大きな撥をスナップさせて、三本の弦を揺らしていることがある。
その姿をじーっと見てたら、その視線に気付いたのか、演奏を一旦中断し、「光もやりなよ!」と強引に三味線と撥を押し付けられた。
でも、一向に思ったような音は出なく、こいつはどういう原理で音を発しているのかと、とても疑問に思った。
そして今、彼女は項垂れている――項垂れている?
やば、反射的に「三味線とか死ぬほど面白くないから」とか言ってしまった。
こいつからしたら、それはもうシンプルな悪口。
その表情を見ればすぐにわかる。今にも泣き出しそうな顔の歪み方をしている。
「...わかったよ。部活見学ぐらいなら行ってやる。あと、別に三味線嫌いじゃないから」
「うん...ありがと...」
揺れた目を俯かせながら、活気の薄れた低いトーンで返事をしていた。
あーあ、やっちまった。これが俺の悪いとこだ。すぐ人を傷つける――別にそんなつもりは毛頭ないのに。
「それでは各部活動部員の皆様、ご紹介ありがとうございました!そして!新入生の皆さん!今日から一週間は色々な部活動をまわって、どこに入部するかを見定める期間です!是非、時間を使って、体験や見学などしてみてください!それでは、今から部活動の体験見学時間となりますので、新入生の皆様ご起立下さい!」
校長の声がマイク越しに聞こえ、俺と流渚を含めた生徒がぞろぞろと移動し始めた。