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第七話「涼川凪紗と花川幽はきっと 」

 朝、始業前の教室。

昨日の涼川宅訪問から一夜明け、一人スマホを触る午前八時三十分。

前の扉がガラッと開かれ、何となく目線を向けた。その刹那、俺は自分の目を疑った。

それも、涼川が教室に入ってきたのだ。いや、別にそれ自体はいい…いいんだが……


「あ、凪紗じゃん!久しぶ……り」

そう声をかけた愛崎は、いつもと違う様子の涼川に気づき、そのまま固まった。

そして愛崎と同じように、そばにいた黒川、水山、桜咲の三人も固まってしまった。

…まあ、彼女達が固まるのも無理はないだろう。

なぜなら、涼川のスクールバッグには、大量のアニメグッズが付けられていたのだから。それも、メジャー作品からマイナー作品まで、三十個はあろうかという程に。

涼川はこれまで特に何も付けておらず、グループ内でもそのイメージが定着していたはずだ。

だから、この唐突の変化には驚く方が自然な流れだろう。涼川自身がアニメ好きであることを隠していたこともあって、尚更。


「…おはよ」

涼川は一つ息を呑み、そう言葉を返した。が、彼女達は未だに固まったままだ。

クラスの皆が何となくその不穏な空気を察知し、視線は涼川達の方に集まっている。柚木先生も、静かにその様子に目を向けていた。


秒針をうるさく感じる程にクラスは静まり返り、緊張が走っている。

…うん、これどうなっちゃうんだ………てか、涼川が変わるって言ってたのはこういうことだったのか…

"オタクをアピールする"と…それはわかるけど、こんな視線を集めるところでわかりやすくなんて、やり方が大胆過ぎるだろ……グッズの量は明らかにおかしいし、もうバッグ本体がほとんど見えてないぞ。


「…えっとさ、私いつも壁作っちゃってたと思うけど、それはみんなより静かなタイプだからなんだよね…」

涼川は静寂の中、愛崎達の方に言葉を向ける。その視線は少し下向きで、緊張しているようだった。

「趣味もアニメとかで…可愛い女の子好きだし…本当は私、こういう感じだから…」

グッズを指差しながら、言葉を続ける。

「だからその…もしそういうの合わなかったら、もう私のことは気にかけなくてもいいよ。騙しちゃってたみたいでごめんね」

涼川は、言い切る時にはしっかりと愛崎達の方を見つめていた。クラスでの居場所を失うことも厭わないという、それ相応の覚悟でいるのだろう。


…にしても、全て言ってしまったか…

あぁ、怖いなぁ…愛崎達が悪いやつじゃないとは信じているが、最悪の場合も想定しなくてはならない。

当の彼女達は涼川の言葉に目を見開き、そのままでいた。が、しばらくすると、何やら四人でコソコソと言葉を交わした。

そして、愛崎が涼川の方へツカツカと歩き出す。その後を追うように、黒川、水山、桜咲の三人も続いた。

奇妙な程にその動きは遅く映り、それに反して、俺の鼓動は早く大きく、波打っていた。

きっと、この時間を早く進めてしまいたいという焦りのせいなのだろう。

涼川は愛崎を目の前にすると、身構えるように手をキュッと握りしめた。

周りの皆はこの行く末を見届けようと視線を集中させ、固唾を呑む。俺もその内の一人ながら、きっと誰よりも緊張していた。滲む手汗を拭うこともないまま、ただ、目を離せないでいる。


それから間もなくして、愛崎の口から言葉は放たれた。

「………ごめんね!」

…あれ?

愛崎は涼川の手を取り、申し訳無さそうな表情を見せた。

「え?」

涼川も想定とは違っていたのか、目を見開いた。

「凪紗って大人しいなとは思ってたけど、そういう子なんだと思ってた…でも、本当は壁作らせちゃってたんだね、ごめんね…」

愛崎は言いながら、涼川を抱き締めた。

いや、ちょっと待ってくれ。ここって不穏な空気になるところなんじゃないの?まあ、ならないならその方が良いんだけどさ…

いまいち、この状況が頭に入ってこないな。そして、それは涼川も同じのようだ。

「あ、え、あ、うん。大丈夫だけど…」

涼川は目をパチパチとさせながら、愛崎のことを見ている。

「凪紗!私達もごめんね〜」

黒川、水山、桜咲の三人も、そう言いながら涼川に歩み寄ると、そのままギュッと抱き締めた。

…うーん?

「え、いや、全然大丈夫…だよ…」

涼川も未だに戸惑いを隠せない様子で、アワアワと視線があちこちに揺れ動く。

だが、それも次第に落ち着き、涼川から優しく抱き返した。


……うん、なんか平和的に解決してるんだけど…

最初は、周りの目を気にした戦略的撤退のようなものかと思ったが、愛崎達四人の本当に申し訳無さそうな表情が、そうではないと教えてくれた。

あいつら神陽キャだったのかよ……まあ何はともあれ、良かった。

クラスの皆もその様子を見て、ホッとしたようにそれぞれ雑談に戻っていった。


「…てかその子私も知ってる!めちゃ可愛いよね?」

愛崎は、涼川が付けるグッズの一つを指差すと、そう発した。

…おい、愛崎ってアニメ見るのか…韓国ドラマとかにしか興味ないと思ってたわ。

「え、緑春ちゃんも知ってるの?私この子すごい好き」

涼川は驚いた表情を見せ、嬉しそうに笑う。

「ねね、こっちの子なら私も知ってるよ!」

二人の様子を見ていた黒川も、愛崎とはまた別のキャラを指してそう言った。

更に、そこに水山と桜咲の二人も自然に加わり、五人全員でワイワイと話し始めた。

…うん、まさかこんなことになるとはな…驚きだ。

でも今の時代、メジャーなやつなら結構誰でも見てるものなのだろうか。

結局のところ、一番偏見を持っていたのは俺だったのかもな…


「えーわかる〜」

涼川達の会話にはそんな声と笑いが入り混じり、重かった空気がすっかりと消え去ったのを感じる。

いつも通りに戻った教室では、周りの雑談する声も段々と大きく聞こえ、涼川達の話す内容はもうわからなくなった。


ふぅ〜、良かった、良かった。大量のグッズも、結局は共通の話題っていう良い方向に転んだし、万事解決だな。

そうして、無事に事が収束したのを見届け、俺はホッと胸を撫で下ろす。と、横でも同じようにしてる奴がいた。

志津見は俺と目が合うと、すぐに涼川の方に向き直したが、そのまま「ねぇ」と小さく切り出した。

「花川が凪紗になんか吹き込んだの?」

「別に吹き込んではないけど…」

俺も涼川の方を見ながら、そんな言葉を返す。

「そう。凪紗って人前に立つとか、目立つことは苦手なはずだから、あんな感じにするのはびっくり」

びっくりと言いながら、相変わらずその声に抑揚は見られない。だが、志津見が驚きの感情を抱いてることは、何となく分かった。

「俺が"周りを気にして話さないのはやめる"って言ったら、涼川も変わりたいって言ってな。その結果があれらしい」

「ふーん。凪紗も頑張れば出来るんだね」

「そうだな、すごいよな」

「うん」

志津見がそう返したところで、沈黙が生まれた。

そうなると、目線の先にいる涼川の動向が、どうしてもよく目に映るようになる。

……普通に楽しそうに会話してるな。以前のあからさまなぎごちなさも無くなってるみたいだし。

見せる笑顔は決して紛い物なんかではなくて、素直な感情を表したもののようだった。

うん、良かった。本当に良かった…けど、また遠くに行ってしまったみたいで、少し寂しいな。

涼川の周りにいる女子は、かつて俺を邪険にしていた女子とどこか似ているような、そんな雰囲気がある。

その中でも普通に振る舞える涼川のポテンシャル。やっぱり俺と涼川は…


「…なあ、涼川って陰キャだと思う?」

志津見にそう問うて見ると、彼女は目にかかった前髪を避けるように、こちらに顔を向けた。

「…んー、少なくとも私達みたいな陰キャとは違うんじゃない?てか陽キャな気がする」

「だよな」

「うん。コミュ力高い方だし、明るい系のグループ入れてるし」

「だよなぁ…」

俺は噛みしめるようにそう頷いた。

…やっぱり俺と涼川って釣り合ってないよな…本当に関わってもいいのかまた不安になってきた。…はあ、本当にだめなやつだなぁ、俺。

とナイーブになっていると、志津見が言葉を発し始めた。

「私達と凪紗だと、そこは全然違ってる。でも、それ以外で合うところは結構あるから、問題は特にない」

「そういうもんなのか…?」

「うん。てか、花川また『自分は陰キャだからー』みたいなの考えてるでしょ」

志津見は言いながら、こちらをジッと睨んだ。

いや、なんで俺の心読まれてるんだ…

「うん…正直言うと、またそんな風に考えちゃってたわ…」

「…やっぱり。そうやって人を大まかに括って全部わかった気になるの、良くない」

「…あぁ、ごめん…俺の悪い癖だ…」

「花川も、普通に学校楽しんでるような陰キャと一纏めにされたら嫌でしょ?花川は席替え一つでクラスの空気を凍らせられるぐらい、ハイレベルにやばい人間なのに」

志津見は言いながら眉を小さく上げ、言い切る時にはフッと鼻で笑って見せた。

「いや、なんでそれ覚えてんだよ……まあ確かに、俺のゴミっぷりを"陰キャ"なんて一言に収められたくはないけど」

「でしょ?そうやって一言で表現出来ないのが人だから。花川が陰キャで、凪紗が陽キャっぽいからってそれだけで、離れていこうとしないで。どこかで噛み合えばそれで良いと思う。それに、それはもうネッ友やってた時にわかってると思うけど」

「そうだな…すまん、また後戻りしそうになってたわ」

言われてみれば、陽キャっぽい奴と陰キャっぽい奴とで、一緒にいるのを見かけることがたまにある。

"あれで仲良く出来るのかなー"なんて思っていたりもしたが、それは、俺が陰キャと陽キャの括りでしか彼らを捉えていなかったからなのかもしれない。


「別に急成長はしなくてもいいし、人にはペースとかあるから立ち止まるのも良いけど、後戻りはだめ」

志津見は言い切ると、中指で俺の額を弾き、ビチっと音がする。

「いたっ」

俺がそう零すのを見て、志津見は口角を上げた。

デコピンとか初めてされたわ…てか、何気に痛いな。

…でも、俺は自分の言ったことを破りそうになっていたからな。このぐらいの罰は甘んじて受け入れよう。

それにしても、志津見に助言をもらうのもこれで二回目か。ちゃんとお礼を言っておこう。

「…ありがとな」

そう礼を言うと、志津見は怪訝な表情でこちらを睨んだ。

「…痛みに快楽を覚える危険な人物……」

「え?…あ、や違う違う。お礼はデコピンの方じゃなくて、後戻りしそうになってたのを止めてくれたことに対してだ…うん、今のは俺が悪かった…」

「そう…」

志津見は伺うようにこちらを見つめた。…これ弁解出来てんのかな……いや、多分出来てないな。

そうして俺が落ち込みそうになったところで、それを遮るように予鈴が鳴り響いた。

クラスの皆は急いで自席に戻り、教室内が慌ただしい。その中に涼川も紛れ、俺の左斜め前の席へと腰を下ろした。

涼川はそれからすぐに志津見の方に振り向くと、「おはよ〜」と挨拶をした。そして、志津見が同じように返すのを見ると、今度はこちらに体を向けた。

「…おはよ」

涼川は少し探りながら、上目遣いでそう発した。

俺は、勝手に涼川との距離を置こうとすることを、もうやめると決めている。

だから、しっかりと向き合う。

「あぁ、おはよ」

そう返し、すぐに周りを見渡してみたが、特に視線を感じることはなかった。

誰かが陰口を叩いている様子もなければ、こちらを気にする様子もない。

なんだ、意外と普通じゃん。


それから、涼川の方に向き直すと、そこには彼女の笑顔があった。それを見て俺も小さく笑みを零すと、涼川は更にその色を増し、数秒程はそんな見つめ合う形でいた。

始業の鐘が鳴らされると同時にそれは終わり、お互いが前に姿勢を戻した。

何気に、こうしてクラスでも涼川と挨拶を交わしたりするのは初めてだな。

と、そんな風に考えていると、志津見に一度肩を叩かれた。

「やったじゃん」

フッと上がった口角が、こちらに向けられている。

「…おう」

グーでやられたのはちょっと痛かった。

「…私は、花川が凪紗を守ってくれるって信じてるから」

志津見はそのまま顔を寄せると、小さくそう耳打ちした。

「なるほど…?」

俺が返すのを見ると、志津見は小さく頷いて前に向き戻す。その瞳が別の何かを言いたげにしていたように見えたのは、気のせいだろうか。…まあいいか。


時に、これまで俺は、志津見とは特に問題なく関係を続けてこれていたが、涼川との関わり方は上手く掴めていなかったと思う。

別に出会い方に問題があったわけではなくて、俺が勝手に気にしていた周りの目とか、その結果涼川に抱かせてしまったモヤモヤとか、そのせい。

それはクラス内での関わりでは収まらずに、全てに及んでいたような気がする。上手く言葉には言い表せないが、どこかにずっと違和感があったんだ。

でも、今はその元凶ももう無く、余計な感情に支配されることはない。

そうして問題がなくなった今、関係は新たに変わる。

多分、俺はようやくスタートラインに立つことができたんだと思う。


…………


授業の合間、休み時間になると、涼川の席には愛崎達が集まっていた。

そこに割って入ろうとは全くもって考えなかったが、彼女達がいない時には涼川に話しかけてみたり、帰る直前には「じゃあ」と声をかけたりと、少しだけでも距離を縮められたような気がしている。

そんなことを思い出す現在は、白の天井を意味もなく見つめる午後八時半。

今日は四時間目の授業の終わりを以て、完全下校。当然部活もなかったため、涼川に声をかけた後はササッと帰宅していた。

帰ってすぐにアニメを見始め、今は画面から離れるための休憩中だ。


そうしてボーッとしたままでいると、唐突にLINEの通知音が耳に入った。

部活の方か、公式LINEでちょっと落ち込むの方か、どっちだろう。

そう思いながら通知欄に目を向けると、送り主は涼川だった。それも部活の方ではなく、俺単体に対してのものだ。

なんだろう…?


『ねー』

『東京行かない?明日』

開いたトーク画面には、そう二文表示されていた。

明日東京?急だな…

『あぁ、いいよ。東京になんか用でもあった?』

そう返信すると、返事はすぐに返ってきた。

『これっていう用はないけど…私達せっかくリアルで会えたのに遊びに行ったことないから、どうかなーって』

『あ〜、確かに遊んだりしたことはなかったな』

『あと、部活も遠くに行くことはなかったし、そういう初めての試み的な感じも良いかなって』

『なるほど、じゃあ志津見も合わせて三人で行く感じ?』

『藍咲は誘ってみたけど人混み苦手だから来ないって言ってた』

『え、人混み行くの?俺も人混みは苦手だけど…』

『…そこはどうにかがんばってください』

うん、涼川はたまに強引なところがあるな…

『……わかりました』

『えらい、時間は十一時で良い?』

『オッケー、集合場所は津田沼駅とか?』

『うん、改札のとこでまってる!』

『りょ』


そうして明日の予定を決め終えたところで、スマホを元の位置に戻し、そのまま仰向きに倒れ込む。

…うん、ちょっと待ってくれ。なんか二人で遊びに行くことになったけど、これっていわゆるデートなのでは?冷静に考えたらそうだよな?

白かっただけの天井がスクリーンのように変わり、涼川の笑顔やら仕草やらが浮かぶ。

いやいや、でも涼川は「遊びに行く」って言ってただけだもんな…うん、そうだそうだ。友達同士で遊びに行くというごく普通なあれだ。緊張することはなにもない。そうだ、全然普通だ。よし、落ち着いてきた。

…いや、待て。俺は友達同士で遊んだことすらなかった。やばい、また緊張してきたぞ…

まずそもそもの話、遊ぶってどういう概念の上に成り立っているんだ?いや、もしかしたら遊びは観念的に考えるべきものなのだろうか?

…うん、なんか変なこと言ってんな。これ以上考え過ぎる前に、今日はもうお風呂入って寝るか。


それからお風呂場に向かった俺は、いつもより入念に体を洗い、その後すぐ布団に潜った。

浮つく心を押さえつけるように毛布を深く被ったが、暑くて余計に寝られず。

最終的に、深夜の三時までは眠ることが出来なかった。

ここからラブコメ色強くなります!

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