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第二話 「開花の遅れる桜もある」

  五月に入って暫く経過しているものの、この季節は花粉症の俺にとってはまだまだ厳しい季節。

五月と言えば、アニメやドラマでは爽やかに描かれる季節なのだが、実際はそうでもない。

普通にちょっと暑いし、イネ花粉が物理的に鼻につき始めるような嫌〜な季節。

「ズズズッ」

いくら鼻を啜っても何も変わらないこの感じ、やっぱ不快だなぁ…

そんなことを思っていると、唐突に俺の名前が耳に入る。


「花川ー、ちょっとこの後職員室きてねー」

その声の主は、担任の「柚木 葉流香」先生だった。去年も俺の担任で、ぼっちだった俺を気にかけてだったのか、結構話しかけられた覚えがある。

この先生は生徒に対して寛容であるため、生徒からの人気度は高い。

明るい茶髪にショートカット、加えてシュッとした顔立ちで、生徒からは「はるちゃん」という呼び名で親しまれている。

担当科目は体育。つまり、脳筋だ。


…………


「おー花川きたか!」

職員室に着いてみると、俺意外にも何故か涼川、そしてもう一人女子がいた。涼川とは、昨日初めて学校で話して以来の再会だ。

涼川は俺に気がつくと小さく手を振ってきた。俺はそれに応えるように、小さく手を振り返した。

いや、反射的にやっちゃったけどキモいな、俺。


それはそれとして、もう一人の女子は一体誰なんだろう?

彼女は特にこちらに目を向けることもなく、ただ、単に立ち尽くしていた。

やや青がかった黒髪は、肩下辺りまで繊細に下ろされている。長めの前髪に隠れがちな高い鼻と切れ長の目、加えてやや血色の悪い肌が少し奇妙だ。シワ一つない制服は、もはや彼女の体の一部であるようにも思える。そして、堂々とした立ち振る舞いとどこか儚げな表情が、そんな彼女の端麗さを演出していた。


「三人とも、まだ部活に入ってないよね?」

先生がそう尋ねると、涼川がそれに答える。

「はい、入ってないです…」

涼川が言い終えると、もう一人の女子が頷いた。

俺もそれに続くように小さく頷く。それを見計らって、先生が言葉を続けた。

「それでだけど、この学校は一応文武両道を目指しているから、半年以上の部活動への所属が卒業要件に含まれているんだよね。もう二年生の五月になったし、そろそろ何かに入っておいた方が良いんじゃないかと思ってさ〜どこか目処は立ってる?」

「え?」

俺は思わず間抜けな声を出してしまった。

…あれ、そんなのあったっけ?

いや、待て。今の今まで忘れていたが、確かに一年生の時、そんな説明を受けた覚えがぼやっと残ってる。

入部を後回しにし続けた結果、俺の記憶からはほぼ消え去っていたが。


涼川はそのことをちゃんとわかっていたようだが、もう一人の女子のキョトンとした表情を見るに、彼女は俺と同じく覚えていなかったようだ。

「えー、そんなのあるんですか?」

あ、そもそも知らなかったみたいだね。

初めて聞いた彼女の声には、起伏というものが全く感じられなかった。声だけの印象では、冷たい系といったところか。

そんな彼女の問いに、先生は「やっぱりか」と言わんばかりに言葉を返す。

「花川と志津見は頭になかったのか…でもまあそういうことだから、どうするかはそろそろ考えないとだね」

どうやらもう一人の女子は"志津見"という名字をしているらしい。

「既存の部に入っても良いし、新しく作っても問題はないよ」

先生は続けてそう言った。

「え、新しく作るのってありなんですか?じゃあ帰宅部とか作っても問題ないってことですか?」

俺は僅かな希望を見出し、そう質問してみる。今から既存の部に入るのはきついし、他に良い感じの新しい部活なんて思いつかないしな。

我ながらゴミのような提案だとは思うが、俺は足掻けるだけ足掻いてやるぜ!

「はぁ…花川は馬鹿なこと考えてるなー…」

先生は小さなため息をつきながらそう言って、言葉を続けた。

「帰宅部はだめ。だめなものはだめだから反論禁止ね。はい、てことでそれ以外で考えてね」

俺は大きく落胆した。そりゃもう、立ち直れないぐらいに。

「そうですか…」

うん、これはまじでどっかの部に入ることを検討しないといけないのか…でも今の時期に途中からとか入りたくねぇな。


「今からどこかの部活ってやっぱりちょっと入りづらいです…」

涼川も困っているようだ。

「先生、どうしましょう」

全く良い案が浮かばず、先生に助けを求めてみる。

「んーそうだなー。もう三人で部活作っちゃえば?」

先生はそう言いながらくすっと笑う。

「「「え?」」」

俺たちは三人揃って間抜けな声を出した。

俺はさっき既に一回出してるから俺の勝ち。いや、負けか…

にしても、傍から見て別に仲良くもない三人を同じ部活にまとめようだなんて、本当に何を考えてるんだこの先生は。

まあ、たまたま涼川とは話せるけど…志津見っていうやつのことは本当に知らんからな。流石に厳しい…


「あーでも、部活は四人以上からだった…どうしようかな…あ、そうだ!来週隣のクラスに来る転入生を入れちゃおう!」

なんかすごいこと思いついたみたいな感じで喋ってるけど全然すごくないからな。

ほんと、その転入生は可哀想に……特に俺と同じ部活に入れられそうなところが。

「三人とも何か他の案はある?」

先生に問われた俺達は、揃って首を横に振った。

「じゃあ三人とも新しい部活作ってそこに入るって感じでオッケーだね〜! ちなみに何部が良いとかは?」

「俺は特にないんで二人に任せます」

まあ、特に良い案があるわけでもないし、考えるの自体面倒だしな。二人がきっと考えてくれるはずだ!

「こら!自分のことなんだから花川もちゃんと考えなさい」

どうやら先生はお怒りのようだ。

「全く良い案が浮かびそうにないんで…二人が勝手に決めてくれるかなと…」

「えー、私も特に良い案とかないよ…だから花川くんも一緒に考えてくれたら嬉しいな…」

涼川にも怒られてしまった…にしても優しい怒り方だ。

そして何となく志津見の方を向いてみると、彼女は単純に帰りたそうな顔をしていた。

うん、その気持ちめっちゃわかるよ。俺も早く帰りたい。


「…なんだか花川みたいなのが選挙に行かない若者になるんだろうなって今思ったよ…」

先生は額に手を当てて呆れた様子だ。

「…まぁ、選挙ならもちろん行くつもりはないですけど…」

「なにがもちろんだ…それで変なのが当選してもいいの?」

先生は更に呆れた顔を見せながら、そう言う。

「俺を除いた民意が反映されるだけで、結果は変わらないと思いますよ。仮に、自分の一票で変わったとして、誰が当選しても社会の変化は大したものもないでしょうしね。まあそれ以前に、自分に関係のあることだろうと、どうなっても良いと思ってるんで…そこが変わらないことにはどうにもって感じです」

俺がそう零すと、先生は先程に加えて、より呆れた表情を見せた。

これが呆れの最終形態かな?まあよくわかんないけど。


「もう少し自分の意思を持った方が良いよ、花川は」

「それは確かにそうかもしれないですけど…多分どこかに捨ててきました」

そう、俺には投票をする気なんてものはない。


─投票なんて義務でもなければただの権利でしかないもの。だから、無駄な労力をかけてまで投票に行く必要性はどこにもないだろう。

こんなことを言うと、"投票に行くことが政治への意思表示なんだ。もっと興味を持て"と指摘する人が多いものだが、別にそんなこともない。

投票に行かないことだって、"政治に興味がない"という意思を表示する一種の手段なわけで、その意思は他者も読み取ることが出来るはずだ。

実際、投票に行かない人間が"政治に興味を持て"という指摘をされていることは、正に、他者がそんな風に解釈していることを表している。

つまり、投票に行かない人だって政治への意思表示はしている。よって、投票に行かないことで批判される筋合いはどこにもない─


と、ここまでが俺の事前に用意した言い訳。

本当は、「なんの意思もない」の一言で片付いてしまうことなのに、後付の理由で自らを正当化しようと試みた産物だ。まあ、後付という時点でそれは理由になるわけもないんだがな。だから、俺は論理的に間違っている。

それだけじゃない。こんな屁理屈で構成された思考回路を持つ人間など、社会から排除すべきもの。

社会的にも間違っている人間だ。

一体、俺はいつから社会性すらも失ってしまったのだろう。


「……そっか…」

俺の言葉に何かを察したのか、先生は優しい口調でそう返した。もう少し何か文句を言われると思っていただけに、少し拍子抜けだ。

…時に、俺は自分がこうして捻くれた考えを抱くたび、思うことがある。

"もし、人生が楽しいものであれば、俺はもっと何か意思を抱くことが出来ていたのか?"と。

俺は今まで何度、希望が打ち砕かれる経験を味わってきたのだろう。しかし、その度に味わう苦渋に慣れることはなく、毎度心が抉られていった。

自分一人仲間外れにされたあの日、初恋の相手に嫌われていることを知ったあの日、家族しか表示されていない連絡先に孤独感を覚えたあの日。自分の価値を見失ったあの日。

そんな日々の積み重ねは、だんだんと希望を押し潰していった。いつの日からか俺は捻くれて、非情な現実ばかりを考えるようになってしまった。そして、そんな現実に対してどうでもい…

あーだめだ、だめだ。何かあるとすぐに悪い事を考え始めちゃうな。うん、よし、やめよう。


「まあ花川のは今はいいとして、とりあえず部活のこと、三人で相談してちゃんと決めてきてね。まあ、もし早く決まりそうならこの場で決めちゃってもオッケーだけどね!」

先生はそう言い放つと、こちらに人差し指をピッと向けた。…なんすか、その決めポーズ。

「どうしようかな…困ったね…」

涼川はかなり悩ましい表情をしていた。

「本当にな…相談しても決められるかわからないしなぁ…」

「だよね〜…藍咲はどう?」

「私もあんま」

……あれ? 今「藍咲」って言ったか?確か涼川の幼馴染もその名前だったよな…ということはこの人が涼川の幼馴染だったりするのか…?

「あ、花川くんに言ってなかったけど私の幼馴染の"藍咲"だよ」

すっと見せる掌は、志津見の方に向けられた。

「お、そうだったのか」

言われるまま志津見の方に目を向けると、彼女と目が合う。

「あー、これが凪紗の言ってた花川?って人ね。私は志津見 藍咲(しづみ あずさ)。どーも」

そう言い放たれた言葉は、あまり気力のなさそうな雰囲気を保ちながら、耳に届いた。

てかなんか俺の名前が疑問形だったけど…一応最初から"花川"って呼ばれてたよ俺…

あと絶対キモいと思われてるよ俺……でも、こうして取り繕いの見られない人は俺的には割と好印象。キモいって思ってるとこ見せてくれてありがとう。…いや、これは違う意味に捉えられそうだから撤回しておこう。


「あ、花川です。どうも」

「ん」

志津見は俺の返答に小さく頷くと、先生の方に向き直した。

「それで…三人とも何かしらの趣味とか共通点はありそう?」

その先生の質問には、涼川が答える。

「私達は"アニメ好き"っていう共通点があります!」

「ふむふむ。ちなみにアニメって言ってもどういうジャンル見てるの?」

この激しい頷き方は…多分先生もアニメ好きだな?

「学園系の青春ラブコメがメインですね〜」

涼川の語り口は得意気で、ネット上で会話した時の涼川が自然と浮かんできた。

「なるほど、ラブコメね!実は私もそういうラブコメアニメ見たりするよ〜」

おい、まじか。この人も青春ラブコメ見てるってちょっと親近感湧いちゃうだろ…最近はラブコメが衰退傾向にあるって言うし尚更な…


「え、そうなんですね!意外です…」

驚いたような表情の涼川のその横で、志津見も似たような表情をしていた。いや、お前も驚いたりするのな。

「まぁ確かに意外って思うかもしれないね…もうアラサーなのに学生のラブコメを好んで見てるなんてさ。あ、でも別に私が学生時代に青春失敗したからそれを取り返したいとかそういう気持ちがあるわけじゃないから…ね?」

…うん、そういう気持ちがあるんだな。このわかりやすさはむしろ、わかってアピールのレベル。

「…先生、学生時代上手くいかなかったんですか…?」

涼川はすかさず、そう質問した。

「いや、だからそういうことはなくてね…私もちゃんと青春謳歌してたし…」

先生にしては珍しく、バツが悪そうに言葉尻を濁している。

「どんな感じだったんですか?」

志津見がすっと口を挟む。すると先生も諦めたのか、話を始めた。

「え〜と…そうだね、私も高校時代は同じクラスの男子に恋なんかして青春してたな〜。でも、その男子は私の親友と付き合いだしたなぁ、親友には恋愛相談もしてたんだけどなぁ……」

え、なんかもう既に可哀想な感じなんだが……これ大丈夫かよ。

「その後は親友に裏切られたショックであまりクラスメイトと深く関われなかったな…話せる人はいたけど、そこまで深い仲にはならなくて、結局思い出って言える程のものは何も出来なかった…はぁ、私の青春は、どこに行ったのかな……」

先生やめて!先生のライフはもうゼロよ!自爆しないで!

先生の話を聞いて、涼川も志津見も黙り込んでしまった…この空間が"先生可哀想オーラ"で充満してる…


「あの、もういいんじゃないですか…」

聞いてて可哀想だしな…

「…うん、なんかごめんね…」

俺の言葉にそう返した先生の姿は弱々しい。

にしても盛大に学生生活失敗してたのな……可哀想に。

しかし、教職に就く人間はてっきり全員が学生生活で成功したやつらなんだと思っていた。自分が成功したから教師になろうと思えるもんだと。

逆に、失敗を味わっておきながらよく教師になろうと思ったな…

「…先生、それでよく教師になろうと思えましたね…青春楽しんでるような生徒とか見てたら普通に辛くなりません?」

俺がそう問うと、先生はこちらにゆっくりと目を向けた。

「それはそうだね。でも…私は、私と同じような失敗を誰かに味わってほしくないって思うんだよね。そのための手助けが少しでも出来れば良いって思ったのが、教師を目指した理由としても大きいよ」

「なるほど…」


教師になりたいと考えた理由に学生時代の失敗があるというのは、先生が良い教師である証拠だろうと思う。

まず、成功しただけの人間は、失敗しそうな人間を見捨ててしまうことがほとんど。これは、過去に俺が陽キャな教師に見捨てられた事実があるから絶対に正しい。そう、絶対にな。

あれは、体育のペア決めの時だった。

皆がスムーズにペアを決め終えていく中、当たり前のように俺だけが一人残った。そして、俺が助けを求めようと先生の方を向くと、ちょうど目が合った。

だというのに、その瞬間、何もなかったかのように目を逸らされてしまったのだ。まるで、俺のことが見えないとでも言うように。

あの日以来、俺は教師が嫌いだ。

そもそも、ペア決めを自由にさせるのはおかしい。教師の方で勝手に決めてくれればいいものだ。

授業の進度とか宿題の量とか俺の授業態度がcとか、そんなことは決められるのに体育のペア決めは出来ないのかよ。

教師という立場にあるのなら、もっとぼっちにも配慮してくれ…

とまぁ、学校大好き一生学生気分陽キャ教師なんて、俺のような外れ値の人間には配慮してくれないものだ。

さらに、世の中はそんなような教師の方が多く、学生時代に失敗を経験した教師はあまり存在していない。

それもそのはず、一般的に、何かで失敗を味わった人間は、それを本能的に厭うようになってしまうからだ。

だから、失敗を理由に教師を目指そうと考えた柚木先生は、少し珍しい。

だが、単に学問を教えるだけでなく、生徒の社会性や人間性を育んでいくことも教師の役目であるというのなら、失敗を味わったという経験は、当然教師に求められるべきものであろう。

つまり、"失敗"という経験は、どんな生徒に対しても歩み寄ろうと努力するため、教師に必要なものだ。

ならば、きっと柚木先生こそ教師のあるべき姿だと思う。


「…まあ、もちろんみんなに失敗してほしくないって気持ちで教師になったのはそうなんだけど…高校生の彼氏が欲しいって気持ちもちょっとあるかな!…とか言ってみたり…」

……前言撤回。普通に犯罪者じゃねぇかよ。俺の称賛を返してくれ…

うん、まじでそういう冗談にも今の時代は敏感だからな…ほどほどにしてくれよな、先生。


「あの、そこらへんの高校生はアラサーの先生に興味なんかないのでは?もうおばさんの域ですよ」

唐突に、冷めた顔の志津見がそう言い放った。

先生のことを軽蔑してるようにも見えるけど、単に疑問に思ったことを聞いてそうだな、こいつ。…にしても流石にストレート過ぎるって。

「え、ごめん。冗談だから許して……でも…お、おばさんって…」

先生は"おばさん"という言葉に、相当なショックを受けているようだ。

「…先生はまだお綺麗なので安心して下さい」

俺がそう宥めるも、先生のネガティブはいなくならない。

「"まだ"ってもうちょっとしたらおばさんってことじゃん…」


それから数秒の沈黙が続いた後で、先生はようやく正気に戻ったようだ。

「…と、とりあえず先生の話は終わりにして、部活のこと決めちゃお。アニメ好きなところ以外での共通点はありそう?」

その先生の質問には、再び涼川が答える。

「…あ、青春が苦手なところも私達の共通点ですね…」

そう発した涼川の顔には苦笑の色が浮かんでいた。

まあ、青春が苦手なことを得意気に話してたら、それはそれでヤバイやつだしな。

でも、残念なことに世の中にはそういうやつもいるんだよな。花川幽とかいう俺のことなんだけど。

「それは…どういうこと?」

先生は涼川の言葉を上手く飲み込めていないようだ。よし、俺が説明する時間が回ってきたぜ!

「えっとー、世の中での青春像って"友達とはしゃぐ"とか"クラスで団結して熱くなる"みたいな感じで固定されて、それに伴っての理想化が進んでると思うんですよね。つまり、今述べたような青春を謳歌することが"美徳"だとする風潮があるってことです。それでまあ、そういう青春って大体は陽な感じの空気感で構成されてるわけで、暑苦しくてやってらんないなーって感じるんですよ」

と、こんなことを言っている俺でも、二次元の青春にはむしろ憧れ、青春がしたい!と考えてしまうわけだが、現実は無情にもその気持ちを消し去っていく。

それぐらい、リアルの青春は暑苦しいだけで、俺には関係のないものなのだ。リアルで見かける「青春」の二文字は、「学校」の次に見たくない二文字。本当に、めちゃくちゃ嫌いだ。


さて、俺は一通りをヤバ陰キャ特有の早口で喋り終えている。

好きなものについて語るヤバ陰キャもキモいが、嫌いなものについて語るヤバ陰キャはもっとキモい。

つまり、ここでは気持ち悪がられるのが当然の結果なわけなのだが、先生は特にそんな素振りを見せることがなかった。


それから少しの間を置き、先生は口を開いた。

「…なるほど…そういう青春は確かに鬱陶しいかもしれないね…でも、それが全ての人に当てはまるというわけでもないんじゃないかな?そんな青春を楽しむ人間に反して、花川のような考えの人がいるように、青春の形も多様に共存出来ると私は考えるよ。だから、花川、涼川、志津見、全員の青春がきっと存在出来るはずだよ」

普段からおちゃらけ気味な先生にしては珍しく、真面目な言葉が返ってきた。

「そんなもんですかね?」

俺がそう問うと、真っ直ぐな瞳と目が合った。

「うん、きっとね」

その言葉は短いながらも、確かな意思が込められているように思えた。


「…まあ、見つかるかどうかが一番問題でしょうね…自分は全く見つかる気がしません…」

俺がそう小さく零すと、先生の言葉が被せられた。

「花川、青春は見つけるものではないよ。花川の思う人生が、自然と形作っていくから」

「…そういうものですか」

「うん。ちなみに私は、私の高校時代を青春だとは受け取れないよ…」

先生はそうボヤくと、また落ち込んでしまった。

それもう思い出すのやめたらいいのに…なんで思い出すんだよ。


それから数秒すると、先生は涼川と志津見の方を向いて、再び言葉を発した。

「涼川も志津見も、花川と同じように考えてたの?」

「はい、まあ…」

涼川は少し恥ずかし気にそう言ってみせた。

「だいたいそうですね」

一方の志津見は、ただ冷静にそう言い切った。

「…そっか…じゃあ、二人とも花川がさっき言ったような青春は苦手ってことかな?」

先生のその問いに、二人は小さく頷く。

「なるほどね…じゃあ三人に聞くけど、もし自分に合う環境があって、そこに自由な青春があったとしたら…それはどう?」

先生の続けた質問に、涼川が返す。

「私、そういう青春には憧れてます…アニメの影響もあって…」

それに志津見も続く。

「まあ、私もそういうのは結構良いかなって思ってます」

志津見もアニメを見てるらしいし、そういう青春については良く思っているのだろう。何の憧れもないのにわざわざラブコメなんか見ないしな。

俺自身がそれを一番わかっている。

「はい、自分も二人と同じですね」


俺がそう言い終えると、先生はフーっと一つ大きな息を吐いた。そうして一度下に向いた顔はすっと上げられ、ニパッと笑った。

「そっか!三人共から同じ回答が聞けて、私は嬉しいよ。よし、これで方向性が決まった!」

「…方向性って何のですか?」

すかさず、涼川がそう訊ねた。

「もちろん、部活の方向性だよ。これは私の提案だけど、部員の日常を写真とか動画に記録していく部活っていうのはどうかな?目的は"カメラに被写体を収めること"というよりは、"高校生活の時間をそこに閉じ込めること"ってイメージで。うーん、言うなれば、タイムカプセルを時間かけて作るみたいなものかなぁ…」

先生は顎に手を置き、首を小さく傾げる。

「なるほど…」

涼川はそう言って、考えるように腕を組んだ。

「自分は良いと思いますよ。そんなに難しくなさそうですし」


俺としては意外と悪くない提案だった。

体育会系ではないし、何かしらの練習を必要とするような部活でもない。強いて言うなら、俺みたいなゴミが記録に残るというのが唯一欠点としてあるぐらいだろう。うん、この欠点かなり致命的だね。

「私もそんな感じので良いですけど」

志津見も特に不満はないようだ。

「あ、二人が大丈夫なら私もそれで良いかも」

涼川は顔を上げると、志津見の言葉に背中を押されたように頷いた。

「…あ、良い…かも、です…」

涼川は慌てた様子で、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。それから小さく肩をすくめ、頬を指先で掻いた。

「別に敬語とか気にしなくても大丈夫だよ!」

先生は軽く笑い飛ばし、涼川の肩に優しく触れた。


「それで、部活の方はさっき言ったようなので決まりってことだよね!よかった」

先生はジャージの袖をきゅっと捲りながら、小さく息をつく。

窓の外では春風に揺れる木々の葉が、さらさらと小さく音を立てていた。

「じゃあ、後の具体的な活動内容とか部の名前とかは三人で話し合って決めといてくれたら助かる…生徒会に提出する紙に必要なことだからさ」

「わかりました!あ、でも顧問って誰がやるんですか?」

涼川が首を傾げると、先生は何度か頷いた。

「それは私がやるから気にしないで!私って実は部活の顧問やったことなくて…ちょっとやってみたいと思ってたからね。私がやるよ」

おー、ある程度知ってる先生が顧問というのは、俺的にもだいぶ助かる。

「顧問とか結構面倒いって聞くんですけど大丈夫なんですか?」

顧問やったって別にその分の給料が出るわけじゃないしな…そこは気になるところだ。


「ほら、私って学園ラブコメ見てるじゃん?そういうのだと部活の顧問がキーマンになってきたりもするじゃん?だからそういうポジション目指すのも悪くないな〜って」

先生は少し得意気にそう言ってみせた。

「はーなるほど…」

先生はだいぶ拗らせたラブコメ好きだなぁ…

「まぁ、そんな感じだから特に気にしなくても大丈夫だよ。じゃあ、後は三人でよろしく!」

先生はそう言うと、"部活動新規設立申請書"なるものを取り出し、涼川に手渡した。

見るからにペラっとしていて、ただ薄いだけの用紙。それが一つの部活動設立を決めてしまうというのは、ある種の怖さすらも覚えさせた。


「あ、何となく志津見と花川は心許ないから、涼川が部長でよろしくね」

先生は付け足すようにそう言い放った。

「え、私ですか?」

涼川はキョトンとした表情で、先生を見つめる。

「この二人のどっちかが部長だったらちょっと怖くない?」

先生はそう言いながら、交互に志津見と俺に目をやった。

「あ…まぁ、それは確かにそうかもです…じゃあ、私が頑張ります…」

涼川も同じように俺たちに目をやり、そう発した。

いや、涼川も否定はしてくれないのかよ…


「よし!じゃあ、後はそんな感じで涼川を中心に用紙の空欄埋めといてね〜。あ、あと、ここ出て左の一番端にある教室が空いてるから、そこ部室ね。話し合いとかやるならそこが良いと思う!じゃあよろしく!」

その言葉と共に部室の鍵を渡され、俺たちは職員室を後にする。そして、その流れのまま、先生に言われた通りの部室へと向かった。


実際に着いてみると、少し古びれた教室が出迎えてくれた。

鍵穴に先程もらった鍵を差し込み、回してみる。ガチャッと湿っぽい音だ。引き戸に手をかけると、立て付けのせいなのか少し重みを感じる。だが、少し力を入れて引いてみると、戸は簡単に開いた。それから恐る恐る室内を覗いてみると、そこには異空間が広がっていた。


…ということはなく、普通の教室がただ目に映るだけだった。

しかし、いつも使っている教室と比べれば、だいぶ小さい教室だ。おそらく普通の教室の半分程度。開放感は特に感じられないが、そのこじんまりとした佇まいには落ち着きを覚える。左手には椅子と机が乱雑に並べられており、物置のように使われているようだった。


「部室、ここになるんだね」

涼川は教室を見渡しながら、しみじみと呟く。

「端だし、広さとかも良い感じじゃない?」

志津見の方は意外と気に入ってるようだ。

「…なんか喋ってる内容が新居の内見してる人みたいだな…」

俺がそう零すと、志津見は少し面倒くさそうに眉を上げた。

「まあ、ここが私達の部室になるみたいだし、初めてのとこ確認してるから、ほぼ内見みたいなものじゃない?」

「場所確定の内見はちょっと斬新だけどな…」

「あ、たしかに」

志津見は俺の言葉に少しだけ目を見開き、そう呟いた。冷たい雰囲気で少し分かりづらいが、志津見は案外素直な性格をしているようだ。

「あ、ねね!二人ともここのカーテン全部開けられるみたいだよ!」

涼川は唐突にそう言って、黒幕に覆われた窓の方を指差す。

見てみると、黒幕は固定されているわけではなく、リングで取り付けられているようだった。

「ちょっと開けてみたら?」

俺がそう提案してみると、なぜか乗り気な志津見が口を挟んだ。

「あ、じゃあ私も開ける。凪紗はそっちのお願いね」

ここは角にある教室ということもあり、入り口の向かい側、そして右手側の両方に窓が取り付けられているようだった。よって、黒幕もその分あるということだ。


「オッケー、じゃあ一緒に開けよ!せーの!」

涼川の掛け声と共に、二つの黒幕が開かれる。それと同時に、長らくひっそりと佇んでいたであろうこの暗がりに、いつ振りかの光が差し込んだ。

当然、その光は俺の目にも入るわけで、その眩しさに目をやられてしまう。それにしても中々強い西日だな…ここまで俺の目をだめにしてくるとは…

そんなことを思ってると、二人が急に咳き込みだした。

「うわ、まって…埃やばい…」

涼川は慌てた様子で顔を背けた。

「ケホケホ」

志津見も顔をしかめ、小さく咳をした。

どうやら、俺の目をダメにした原因もその埃だったようだ。くぅ〜!染みる〜!

…いや、まじで埃やばいなここ。なんだか埃一年分をプレゼントされたような気持ちだ。


「すごいハウスダスト…」

志津見は片手で口元を抑えながら、もう片方で埃を振り払っている。

「…あ、でもここ学校だからスクールダスト?」

そして、小さくそう付け足した。

「…別にそれはどっちでも良くないか…とりあえずこの教室は一旦出よう…」

俺がそう言うと、志津見は不満気な表情を見せる。

「どっちでもよくはないけど…すごく大事なことだけど…」

えぇ、そんなに大事なことか…?

まあでも、大事と言うならしょうがない。何ダストかについて議論しようか。

「藍咲、それは後にして一旦ここ出よ?ね?」

しかし、涼川が優しく宥めると、志津見は渋々頷いた。

「スクールダスト…」

そう呟きながら。


……………


「ふぅー、これぐらいで良い感じかな?」

涼川は一つ長い息を吐き、並べた椅子の一つに座った。

あれから俺たちは、舞い上がった埃が収まるのをしばらくの間待ち、その後に軽い掃除を行った。先程までは薄汚れていた教室だったが、ある程度は綺麗になったように思える。

「結構綺麗になって良かった」

志津見もそう言って、涼川の横に腰を下ろす。

一人だけ立ち上がってるというのも変なので、二人と近すぎず遠すぎずの位置に置かれた椅子に、俺も腰掛けた。


「あ、てかもう五時半になるね…二人とも時間平気?」

涼川の手には、例の用紙が握られている。これからの時間はそれに関する話し合いの時間となるだろう。

「私は平気」

「あー俺も大丈夫」

俺レベルのボッチになれば、予定は全くと言って良い程入っていない。

多分、予定の無さに関してはそこらへんの野良猫クラスだろう。はは!すげぇだろ! …はぁ…


「そっか!じゃあこれ今のうちに決めちゃお〜」

二つ並べた机の前にそれぞれ涼川と志津見が座り、俺はその真横から見るように、用紙と向き合った。

「活動内容って、俺達の日常を記録に残すみたいなやつだっけ?」

「うん、そうだね〜。写真とか動画撮ってそれを保存…とかすればいいのかな…?」

俺の問いかけに涼川は首を傾げ、そのまま考え込む。

「活動内容はそういうのを何となくで書いとけば大丈夫なんじゃない?」

しばらく黙っていた志津見も、そう口を挟んだ。

そこは"なんとなく"でいいのか…拘りが強いのか強くないのか絶妙にわからないな…こいつ。

「まあ、そっか!そんなに細かく決めなくても大丈夫だよね」

涼川は顔を明るくさせ、ササッと活動内容の欄を埋めた。


「じゃあ、あとは部活の名前だよね。何か良い感じのありそう?」

「無難に写真部とかでどう?やってることは正にそれだし」

俺はそう提案したが、そこで志津見に待ったをかけられた。

「名前は他と被らない方が良いと思う」

言いながら、俺を制止するように手を出す。

いや、名前には拘るのかよ…拘りポイントがわからんな…

「志津見はなんか良い感じの名前が思いついてたりする?」

俺がそう問うと、志津見は真っ直ぐな瞳でその名を口にした。

「部員日常写真動画記録保存部」

うん、とても長い。あと漢字しかない。

「いや、それ活動内容を単語で表しただけじゃねぇかよ」

だと言うのに、当の本人は言ってやったと言わんばかりの表情だ。

「ちょっと藍咲…」

涼川は必死に笑いを堪えようと口元を抑えた。そんな涼川を見た志津見は、キョトンとした表情だ。

「少し名前がそのまま過ぎると思うので、却下でお願いします」

俺がそう言うと、それに涼川も続いた。

「ごめん、藍咲。私もちょっとそれはそのまま過ぎると思ったかも…」

俺達から賛同を得られると思っていたのか、志津見は少し落ち込んだ表情を見せた。背景までも、心なしか暗く見える。

「良い名前だと思ったのに…」

やはり志津見の声に抑揚は感じられないが、彼女の純粋な雰囲気は何だか可愛く映った。

ちょっと可哀想だからやっぱり「部員日常写真動画記録保存部」を名前にしてあげた方がいいんじゃないか、なんて気持ちに俺がなっちゃっていることは本人に内緒だ。


それから少しの間があった後、涼川が口を開いた。

「あ、私が今思いついたんだけど、写真部とかよりも柔らかい感じのイメージで"スナップ部"とかはどうかな?」

「それも悪くないかも」

志津見は早くも機嫌を戻していたようで、そこは一安心だ。

「確かに写真部って言うと少しガチッぽいけど、スナップ部ってなったら結構柔らかい感じが出て良いかもな」

「だよね!…でももう少し何か付け足したいよね…」

涼川は机に両手を置いて身を乗り出すと、ペタッと顔を伏せた。

「じゃあ、部員日常写」

「それは長すぎるから!」

涼川は急に起き上がり、志津見の言葉を遮った。

いや、志津見はどんだけあの名前気に入ってたんだよ…

「そっか…」

志津見は残念そうな表情だ。あまり大きな変化ではないが、残念そうなのは見て取れた。

「この部活の特徴を捉えられる言葉を何か一つでも付け足せたら嬉しいんだけどなぁ…さっきの以外で藍咲は何か思いつく?」

「…特にない…」

志津見の頭の中は、たぶん部員日常なんちゃらでいっぱいなのだろう。

「そっかぁ…花川くんはどう?」

「そうだな…先生が時間を閉じ込めるのがどうのとか言ってたから"タイムスナップ部"とかでどうだ?意味合い的には"時間を切り取る"って感じで」

…うん、名前考えるのってなんか恥ずかしいな。いや、めっちゃ恥ずかしい……どことなく…というかすごく痛い気がしてならない。

「え、めっちゃ良いじゃん。私気に入ったかも!」

涼川は目を大きく見開き、そう答えた。

うん、涼川には好評のようで安心だ…

「まあ、悪くない…花川?にしては」

どうやら志津見も賛同してくれているようだ。最後の一言が少し余計だが…てか名前忘れないでくれよな。


「じゃあ部の名前は"タイムスナップ部"で決定だね!」

涼川は意気揚々と、用紙にその名を書き込んだ。そしてそれぞれの名前を部員の欄に書き、一通りの記入が終わった。

それから何気なく窓の外を見てみると、夜に足を浸けたかのような夕空が目に映る。どこかの教室からうっすら聞こえていた楽器の音も、気づけばなくなっていた。

時は既に十八時半前、下校の時刻は目前だ。

「先生まだ学校にいたら、これ今日中に出しちゃった方がいいよね…」

その言葉と共に用紙がひらひらと揺らされる。

「まあ、そうかもな。一応行ってみるか」

俺がそう提案したと同時に、ドアの方から人影が覗いた。

「ごめん、ちょっと入るね〜。今どんな感じになった?」

人影の正体は柚木先生だった。退勤前に少し様子を見に来たのだろう。

「ちょうどさっき書き終わったところです!」

涼川は用紙を手に持ち、先生に向けて見せている。

「お!それは良かった。じゃあその紙は先生が預かるね」

手に取った用紙を、先生は時折頷きながら眺める。

「あ、ちなみに部の名前は花川くんが考えてくれました!」

涼川がそう付け足した。

「あ、いやまあ俺が考えたというか、涼川が出した案に俺が付け足した感じというか…まあ三人で決めましたね」

「へ〜『タイムスナップ部』ね。青春っぽくて良いじゃん」

先生はそう言って、少しいたずらっぽく笑った。


「…そうすね…」

"青春っぽい"と言われると、何だかムズムズしてしまう。青春=キラキラというイメージは中々拭えないもので、自分の身の丈に合ってないんじゃないか、なんて気持ちになるからな。そして、やはり三次元で耳にする"青春"にうんざりしてしまうような自分がいることも関係しているだろう。


「じゃあ、来週に転入生がきたらこれ生徒会に提出しとくけど、もう今週の内に三人で部活始めちゃっといてね〜」

そういえば転入生が入ってくること完全に忘れてたな。

涼川と志津見とは何となくやっていけそうな気がするんだが…その転入生の性格によっては、やっていけなくなるかもしれない…うん、とにかくその転入生が陽キャではないことを祈るばかりだ。

「てか、部活ってもう設立は決定なんですか?」

俺がそう訊ねると、先生はうんうんと頷いた。

「うちは部活強制ってことになってるから、部活の設立に関しては結構緩いんだよね。口頭で説明してオッケーもらってるから、部活の設立は決定だよ。他になにか聞きたいことはある?」

先生が訊ねるも、俺達は揃って首を横に振った。

「オッケー!それじゃあまた明日ね」

先生はそう言い残すと、教室を去っていった。

「…私達もそろそろ帰ろっか」

少しの沈黙の中で涼川がそう口を開いた。

俺と志津見だけでは、きっとそのまま沈黙が続いていただろうと思う。そんな状態が苦手な俺にとっては、涼川の存在がとても助かった。

「そうだね」

志津見は静かにそう言い終えると、机にあった荷物をまとめ始めた。そんな姿を見計らい、俺と涼川も帰り支度を始めた。

帰り支度を終えた俺たちは昇降口で別れ、それぞれの帰路につく。

志津見と涼川は学校の最寄りである前原駅の方へ向かっていったが、俺は一人自転車置き場へと向かった。

そしてしばらく歩いていると、静かに鳴く虫の声が俺の耳を小さく震わせていることに気づいた。そんな静響に気が向くような静けさが周囲を纏っている。先程までは三人でいたということもあり、急に静かになったような感覚だ。少し寂しいような感じはしなくもないが、ぼっちの俺にとってはぴったりの空気感だろう。

やっぱりこれが普通だよなぁ…人とあんなに話すなんて本当にいつ振りかって話だし。

俺の普段の一日なんて"授業受ける、帰る"で終わりだぞ。それなのに急に色々あった…

でも、事が進んでいくスピードは割と普通だったな。うん、そこは良かった。


そうして安堵したところで、ふと横に目をやると、その花は目に入った。

「…あ、桜咲いてる」

もう五月だよな…なんで今になって咲いてるんだ…

他の桜はもうとっくに咲き終えてるというのに、ただ一つ、その木の桜だけが花開いている。

その様はどう考えても異端であると感じざるを得なかった。それでも、その姿は確かに凛としていた。

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