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溺れるほど愛した百合の花  作者: 七色果実
【SEASON1】
8/20

8輪目【セカイは幾重にも・・・】

 燃えるような赤い夕焼けは、まるであたしたちの心を表しているかのようだった。


 夕暮れ時の誰も居ない公園で、あたしたち二人はブランコを漕いでいる。


 真っ赤な夕日に照らされながら、ゆらりゆらりとその影を揺らしていると、横に居るあやめがこう口にした。


「なぁ、わたしたちってさ、大人になっても一緒に居るかな?」


 あたしは突然のその言葉にきょとんとしながらも、あやめの意図を汲み取り切り返す。


「何よ、そんなことが不安なの? あたしたち、まだ十三歳よ。先のことを考えるには早くないかしら」

「だって……、かすみの居ない人生なんて考えられないし……」


 相変わらずの心配性。普段はのほほんとしているくせに、急に気にしなくていいことまで気にして、悩んで悩んで一人でぐるぐるずーっと悩んで、ふと突拍子もないことを言う。


「あなたって人は、本当にもう……」

「たとえ死んだって、かすみとは離れ離れになりたくないの!」


 いつになく真剣……、きっと昼間に受けた道徳の授業が尾を引いているのだろう。


「死んだらどうなるか分からないけど、仮に生きてる間に離れ離れになったとしても、あたしたちの関係性は変わらないわよ。あたしの心はいつだって、あやめの傍に居るわ」


 どこか遠くを見つめながら、あたしはそう口にする。

 しかし、どうやら今回は少し深刻らしい。思い返せば、少し照れてしまうようなあたしのセリフも、ただ宙を舞うだけで、あやめの表情には、未だ深い影が落ちている。


「じゃあさ、〝未来占い〟をしてみなさいよ」


 未来占いとは、ブランコを大きく漕いだ状態で、履いている片方の靴を蹴り上げ、地面に落ちた靴の表か裏かで未来を占う、最近流行りの遊戯の一つである。


「……やってみる」


 あやめは意を決したかのように、ブランコを大きく漕ぎ出す。


「表だったら、わたしたちは結ばれる。裏だったら、結ばれない」


 あやめは大きく息を吸い、靴を蹴り上げるタイミングを計る。


(答えは――決まってる)


 しばらくして、あやめは靴を天高く蹴り上げた。


(あたしたちの運命は、〝たった一つ〟しかない。これだけは運命の神様にも譲れない――)


 落下した靴の状態は――、


 〝裏〟だった。


「そんな……」


 あやめは声に出して泣き出してしまう。


「あなたは本当に運が悪いわね。予想をちっとも裏切らない。ここまで思った通りだと……、ぷっふふふ、あははは!」


 言いながら、この状況が何だか可笑しく感じてしまい、あたしは思わず吹き出してしまう。


「……ひどい。わたし、落ち込んでるのに!」


 泣きべそをかく、あやめに愛しさを覚え、あたしは微笑みで返す。


「あたしたちの関係って、そんなにも軽かったわけ?」

「……えっ?」


 あたしはブランコをひょいと飛び降りると、あやめの靴のところへと歩を進める。


「正直、占いなんかでさ、あたしたちの未来を決められたらたまったもんじゃないわ。占いの結果はあたしが覆す。裏だったら、表にすればいいのよ」


 そう言って、あたしはあやめの靴を表にする。


「ほら、これであたしたちは結ばれる」


 あたしはあやめに大きく微笑んだ。


 あたしの行動に、始めはきょとんとしていたあやめだったが、すぐに表情は明るくなる。


「あっはははは! さすがかすみだね! わたしたち、お婆ちゃんになっても、ずっと一緒にいような!」


 心底嬉しい。

 あやめの顔にはそう書いてあった。


 花が綻ぶように笑うあやめを見て、『嗚呼、あたしはこの子を好きになって本当に良かった』と思った。


「お婆ちゃんになってもよろしくね、あやめ」


 が、それから間もなくして、あやめは交通事故で帰らぬ人となった。


          *


 あやめと離れ離れになってから、六十年の歳月が流れた。


 あたしはすっかり高齢者の身の上だ。


 いつ死んでもいい。

 死ねばあやめの許へ行けるから。


 最初はそう思っていた。

 しかし、死ねば本当にあやめの許へ行けるのか……。


 〝死んだらどうなるか分からない〟


 あたしが若い頃、あやめに言った言葉だ。


 生きている間はあやめの傍に居続けられるが、死んだらもう傍に居続けることが出来ないかもしれない。


 そう思うと、あたしはいつしか死ぬのが怖くなった。


 このままずっとあやめのことを想い続けたい。


 思えば、この六十年間、片時もあやめのことを思い返さない日はなかった。

 

 〝あやめの傍に居る〟


 決して違えてはいけない約束。


(あの日交わした約束通り、あたしはちゃんとあやめの傍に居続けたよ)


 だからこそ、あたしは――死にたくない。


(……死にたくない)


(死にたくない……)


(……死にたくない)


(死にたくない……)


(……死にたくない)


(死にたくない……)


 〝死にたくない〟


 そう思い続けたあたしは今、自宅のアパートで倒れ、孤独にその生涯を終えようとしている。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


 呼吸が上手く出来ない。

 あたしの最期は、もうすぐ目の前だ。


 ――あやめ。


 たす、け、て――。


          *


 静まり返った室内。テレビの上に掛けられたアナログ時計の秒針の乾いた音がより静寂感を引き立てる。


 テレビの前には感情を見失った二つの顔が並んでいた。


「ねぇ、あやめ。この映画暗くない? あたしとあなたと同じ名前のカップルが主役ってことで観てみたけど、こんな終わり方、あたしは嫌だなー。完全にバッドエンドじゃんかよ」


 テーブルに置かれた紅茶で喉を潤し、気を取り直したあたしがぼやく。


「めんごめんご。興味本位で観る映画じゃなかったね」


 全くの予想外だった鬱展開に、ホラーの苦手なあやめは引きつった笑顔で答えた。


「まったく! あやめに任せると、ろくな映画を借りて来ないんだから!」

「え、えへへ」

「そこ! 笑うところじゃない!」

「今日はわたしたちのモヤモヤ記念日だね」


 顔の横にコーラを持った片手を上げ、ウインクをしながらあやめが言う。


「変な記念日を作らないで!」

「じゃあ、どんな記念日が良いの?」


 あたしは少し視線を横に泳がせボソッと呟く。


「……あたしたちの初めて記念日が良い」

「ぷっ!」

「あっ! 笑ったな!」


 掴み掛かるあたしに、危ない危ないとコーラを持ったあやめが笑って応える。


「初めて記念日は後にして、それよりもまた映画を観ようよ」

「……暗い映画なら、もう観ないわよ」


 ぶっきらぼうに返すあたし。


「それはさておき、今日は泊って行くよね?」


 借りてきた映画を物色しながら、あやめがあたしに尋ねる。


「……泊ってく。あたしのモヤモヤを晴らしてくれ」

「ふふっ、了解。映画は後回しだね」


 あたしたちは笑い合うと、手を繋ぎ合い、そのままベッドへと潜り込むのであった。

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