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溺れるほど愛した百合の花  作者: 七色果実
【SEASON1】
7/20

7輪目【ぼくときみのふしだらな関係】

〝息をするのも面倒臭い〟

 

 それは父の本棚にあった昔の漫画に描かれていたまさに迷セリフと言っても過言ではない際立った一言だ。


「あー、今日もだるくて何もやる気が起きない……」


 ぼくはベッドの上で、ごろごろと寝返りを打つ。


 本当なら高校三年の身の上――。


 ……だったのだが、高校はとある問題で中退した。


 今はベッドの上で日がな一日ごろごろしている、絵に描いたような駄目人間だ。


「れいこお姉さま、馬鹿丸出しの顔してどうしたんですか?」


 ぼくの横でベッドに持たれ掛かっていた五つ年下のありさがきょとんとした顔でぼくを見つめてくる。


「いや、どうすれば死ぬまでだらだら出来るかなって、思慮に思慮を重ねてた」

「ちょっと何言ってるか分からないですけど、れいこお姉さまはわたしのヒモになればいいと思いますよ」


 ありさは破顔一笑すると、ぼくのおでこをぺちぺちと叩く。


 ありさはぼくの父の友人の娘なのだが、ぼくをまるで年上扱いせず、むしろ自分の年下のような気やすい接し方をしてくるので、たまにどっちが年上か分からなくなる。


 だが、そんな接し方が安心出来て、ぼくはありさと同じ時間をよく共にしていた。


「れいこお姉さま、好きですー!」


 ありさはベッドに上がると、ぼくの上に伸し掛かってきた。


「ちょっ! 暑苦しい!」


 ぼくはありさを引き離そうとするが、それ以上の力でしがみ付かれてしまった。


「好きです好きです好きですー!」


 ありさは俗に言う積極的な子だ。


 そして、何故かは分からないが、ぼくはありさに好かれている。


 ここで言っておくが、ぼくは年上が好きだ。

 もっと言うなら、包容力のある大人の女性に憧れている。


 ありさの好意に悪い気はしないが、でも、今まで恋愛対象として意識したことはない。


「ねぇ、ありさ。なんできみはぼくのことがそんなに好きなの?」


 ずっと疑問だったそれをふと口にする。


「んー、ありさお姉さまってなんか放って置けないんですよね。母性本能がくすぐられるというか」

「……ぼく、本当に駄目人間だよ?」

「それにはそうなった理由があるじゃないですか」


 一年前、大好きだった母が急逝した。


 ぼくはお母さん子だったので、それが本当にショックで、学校にも行けなくなり、家に引きこもるようになった。


 母が亡くなってからというもの、ぼくは生きる意義を見出せない。


 ぼくのことをたくさん可愛がってくれた母――。

 脳裏に去来するのは、あれをしてあげたかった、これをしてあげたかったという、母への恩返し。


 もっと親孝行をしてあげたかった。


 もっともっと一緒に居たかった。


 ぼくの心には、母への後悔だけしか残っていない。


 薄っすら目に涙を浮かべていると、ありさが辛そうな面持ちで、涙を指で拭ってくれた。


「れいこお姉さま。さっきわたしがなんでれいこお姉さまを好きなのか? って聞いてくれたじゃないですか?」

「うん」

「人を好きになるのに理由なんて要りますか?」


 ありさはぼくに笑顔を向ける。


「わたしはまだ子供ですから、れいこお姉さまのことをそんなに支えてあげられないかもしれない。でも――」

「でも?」

「わたしはあなたの〝パトロン〟になりたいです」


 子供らしくないその一言に、ぼくはぷっと吹き出してしまう。


「パトロンって……、ありさの口からそんなませた言葉が出るとは思ってなかったよ」

「ふふん。れいこお姉さまが思ってるより、わたしはずっと大人ですよ」


 ありさはぼくのおでこをぺちぺちと叩く。


「ヒモとパトロンの関係か。ぼくは嫌だな、そんな関係。ありさとはもっと――」


 ぼくは微笑を浮かべると、ぼくに伸し掛かっているありさの腰に手を回す。


 珍しく積極的なぼくの態度に、ありさは驚いたような表情を見せる。


「れ、れいこお姉さま……」


 ありさがぼくの名前を口にする。

 が、気に留めず、ぼくはありさを優しく強く抱き締める。


 しばらくして、ありさの顔を見てみると、よく熟れた林檎みたいな顔付きになっていた。


「はは、何だい、その顔」

「もう! 分からないのですか?」


 ――とくんとくん。


 重なり合う胸からは、鼓膜の内側を刺激するような低い鼓動が伝わってくる。


 これはありさの鼓動……? それとも――。


「目を瞑ってください……」


 ぼくはありさに促されるまま、固く目を瞑る。そして、ありさ主導でぎこちないキスを交わし合った。


「……ありさのこと、女の子だなんて意識したことなかったのに」

「ふふっ、わたしも日々少しずつ成長して行ってるんですよ」


 ぼくたちは大きく笑い合うと、手を繋ぎ合い、いつまでも互いを見つめ合った。

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