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溺れるほど愛した百合の花  作者: 七色果実
【SEASON1】
6/20

6輪目【悪魔が来たりて】

 カメラのシャッター音がパシャパシャと大きく響く中、わたしは激しい恐怖感でパニックに陥る。


「や、やめてくださいっ……!」


 わたしは何でこんな目に遭っているんだろう……。


          *


 マンガやアニメ、ゲームなどの種々様々なキャラクターに扮した男女が思い思いのポーズを取っている。

 此処はコスパ。日本最大のコスプレイベントだ。


 愛と勇気に溢れるアニメの変身ヒロインに憧れていた幼い頃、偶然目にしたコスプレイベントの特集番組。

 まるでアニメの世界から飛び出してきたかのような、様々なキャラクターの恰好をして楽しんでいる人々の姿に、わたしの心は一瞬にして鷲掴みにされた。

 わたしもしてみたい。幼い心に灯ったその小さな灯りは消えることなく、時を経てわたしを此処へ呼び寄せるに至った。


 わたしは予てから興味のあった、とある作品の、主人公である女の子のコスプレをしている。

 フリフリのスカートが特徴的で、大きなリボンがアクセントのその衣装は、俗に言うロリータ服に形状が近い。

 衣装はインターネットのコスプレ専門店で購入した。


(安くない買い物だったけど、やっぱり可愛いなこの衣装。初めてのコスプレだけど、大好きなキャラクターになりきるって、凄くドキドキして楽しい!)


「そのうち自分でも作れるようになるといいんだけどなぁ」


 わたしは現在小学五年生。

 自分でも悲しくなるぐらいまだ子供だし、大手を振って行動出来るような身分じゃない。


 今回のコスパに参加するのも実は非常に悩んだ。

 でも、コスパに参加するのは、小さい頃からの夢だったので、今回周りの反対を押し切って参加することにしたのだった。


(思い切って一人での参加にしちゃったけど、ちょっと心細いな……)


 憧れのコスプレに少し舞い上がっていたが、次第に冷静さを取り戻す。普段はすることのない恰好への恥ずかしさも手伝い、わたしはふと一抹の不安を抱いた。


「――まぁ気にせず、コスプレイヤーさんたちを見て回ろう!」


 わたしはそれよりもと、気持ちを改め、会場をぶらぶらと歩き出した。


 会場のコスプレイヤーさんたちは、みんな意気揚々としていて、心の底から本当に楽しそうな様子が見て取れる。


 わたしはさっきまでの不安はとうに忘れ、やや興奮気味に会場を回っていた。


(凄いなぁ。いつかわたしもあんな風になれたら――)


「……あの」


 コスプレイヤーさんたちに見蕩れていると、ふと一人の男の人に声を掛けられた。


「なんですか?」

「それ、〝悪魔が奏でるセレナーデ〟のユズちゃんのコスプレですよね? 写真を一枚いいですか?」


 写真を一枚。

 わたしはその一言に思わず驚いてしまう。


(写真? わたしなんかの? 嬉しいけど、なんか怖い……)


「え、えっと、その……」

「じゃあ、一枚撮らせて貰いますね」


 パシャ。


(まだ『うん』って言ってないのに撮られてしまった……)


「ありがとうございました」


 素っ気なくお礼を言うと、男の人はすぐさま去って行った。


「あの、僕も一枚いいですか?」

「えっ!?」


 振り向くと、背後にもう一人、男の人がカメラを持って立っていた。


「ご、ごめんなさい……。写真はちょっと……」


 パシャ。


「ありがとうございました」


 拒否をしたはずなのに、写真を撮られ、わたしはあ然としてしまう。


(写真は断ってるのに……)


「……あの、いいですか?」


 気付くと、わたしは男の人に囲まれていた。


          *


「や、やめてくださいっ……!」


 激しい恐怖に怯えるわたしの小さな声は、男の人たちに届かず、わたしは次々と写真を撮られ続ける。


 強烈な不快感に我慢が出来なくなったわたしは、思わず泣いてしまいそうになるが、その時、一人の女性の声が聞こえた。


「おいっ! その子、嫌がってるだろっ!」


 わたしははっとし、声がした方に顔を向ける。


 女性は男装コスプレイヤーだった。


 山高帽に燕尾服、それだけなら紳士的なイメージだが、真っ赤な絵の具を思いっ切りぶちまけたかのような全身が赤ずくめのその出で立ちは、鈍く光る生地の質感と相まって不気味さを際立たせていた。


 それとは対照的な、短く切り揃えられた金髪と、青く澄んだサファイアブルーの瞳が、わたしの心を深く惹きつける。


「ナナツ?」


 あまりに、あまりに〝そのまま〟だったので、それは自然と口に出た。


 目の前の女性は、わたしが大好きなキャラクター、〝悪魔が奏でるセレナーデ〟のもう一人の主人公、悪魔・ナナツそのものだった。


 左手にはこれまた赤いステッキが握られている。


「ほらっ! こっちにおいで!」


 女性は男性たちを蹴散らすと、微笑みながら、わたしに手を差し伸べる。


「怖かっただろ? もう大丈夫だよ」


 わたしは安堵の溜め息を漏らす。

 大袈裟かもしれないが、九死に一生を得た気分だ。


「助けてくれて、ありがとうございます」

「いいよいいよ。それよりも気を付けなよ。キミみたいな可愛い子がいたら、男たちがほっとかないよ」

「えっ? わたしが可愛い……?」

「……自覚なしか。また一人でいると、危ない目に遭うかもしれないし、もし良かったら、ぼくと一緒に回ってみるかい?」

「いいんですか……?」

「もちろん!」


 女性は朗らかに笑った。


「……じゃあ」


 わたしは女性と手を繋ぎ、会場を一緒に回ることにした。


「……あの、お名前を聞いてもいいですか?」

「かける。ぼくの名前はかけるだよ」

『あ、ちなみに、コスネームね』と、付け加えられた。

「わたしは、めぐと言います。よろしくお願いします」


          *


 かけるさんとの一緒の時間はあっという間だった。


 主人公の二人という組み合わせだったこともあり、その後何度もカメラを持った人たちに声を掛けられたが、かけるさんが対応してくれたおかげで、安心して会場を回ることが出来た。


 コスパももうすぐ閉会時間である。


「かけるさん、今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ。今日一日、ぼくも楽しかったよ」

「……あの、また会えますか?」

「キミがコスプレを続ける限り、またどこかで会えるさ」


 わたしたちは笑い合うと、その場で手を振ってお別れをした。


(何だろう、胸がドキドキする……。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだ……)


「――またイベントに行こう。かけるさんと会う為に!」


          *


 イベントから帰ると、家の前に仲の良い近所のお姉さんがいた。


「しょうちゃん、どうしたの?」

「え、えっと、そ、そのね……!」


 しょうちゃんは何か言いたげに、わたしの目をチラチラと見てくる。


 しどろもどろなのは、しょうちゃんのいつもの癖だ。


 しょうちゃんは現在大学一年生。


 わたしとは、八つ歳が離れている。


 が、しょうちゃんはどこか子供っぽく、わたしたちの関係性は、親友と言っても過言ではない。


 しょうちゃんが、もっさりとした黒髪ロングヘアの前髪を、サラッとかき上げる。


「世界で一番憎らしいキミよ。もしも、許されるならば、私は世界で一番キミを愛したい」


 しん、と一瞬辺りが静まり返ったような気がした。しょうちゃんの顔は西日のせいなのか、赤い。


「あれ? しょうちゃんも〝悪魔が奏でるセレナーデ〟好きだったの?」

「う、うん……!」


 セリフと共に差し出してきた手をそそくさと引っ込め、少し照れたようにはにかむしょうちゃん。


「良いよね! 〝悪魔が奏でるセレナーデ〟! 今の言い方、まるで本物のナナ――!」


 言いかけて、わたしはここでふと思い出す。


(しょうちゃんの名前は翔。今日出会ったコスプレイヤーさんの名前は……)


「――えっ! まさか!? かけるさんって!?」

「……え、えへへ、ようやく気が付いてくれた?」

「凄い! 本物そっくりで全然分からなかったよ! わたしなんか服を着ただけだったのに」

「フ、フフーン、めぐちゃんとは歴が違うのよ」


 いつもとは違い、得意げに胸を張りにんまりと笑うしょうちゃんの姿に、会場で一緒に居る時と同じ胸の高鳴りを感じた。


「わたしはまだまだだなぁ……」


 対等だと思っていたしょうちゃんが少し遠い存在に感じ、わたしはうなだれる。

 その様子を見たしょうちゃんは、そっと左手をわたしの頬に添え、顔を近付けて言った。


「フフッ、は、早く成長してね、めぐちゃん」

「……う、うん」


 コスプレのこと……、だよね、と思いながらも胸の鼓動はわたしの意思を無視して一段と激しさを増す。


 それに気が付いているのかいないのか、しょうちゃんは一段と優しい笑顔でフフッと笑い掛けてきた。


 この日わたしが感じた初めては始まりでもあったが、この時のわたしはまだそれを知らない。


 それからのち、わたしが人気コスプレイヤーとなり、かけるさんとしのぎを削る仲になるのは、また別の話である。

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