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溺れるほど愛した百合の花  作者: 七色果実
【SEASON1】
4/20

4輪目【世界でただひとりのモンスター】

「ねぇ、あゆむちゃん。わたしたち、もう一緒に居るのやめようか……」


 ぬいぐるみだらけの可愛らしい部屋に二人きり。出し抜けにわたしはそんな言葉を口にする。


          *


 あゆむちゃんは二つ年下の妹のような幼馴染だ。


 親同士の付き合いもあり、その関係性は家族と言っても過言ではない。


 わたしは幼い頃からずっと、あゆむちゃんの姉のような存在として仲良くしてきた。


 しかし、ここ最近、あゆむちゃんの様子がおかしいことに気付き、わたしは何となく、彼女の『恋わずらい』を察した。


 わたしもそうだが、あゆむちゃんも現在思春期。きっと色々あるのだろう。


 今しがたもそうだ。わたしの何気なく尋ねたこの一言に、突然嫌悪感をあらわにした。


『ねぇねぇ、あゆむちゃんはさ、好きな人とかっているの?』


 ムスッとした表情のまま、あゆむちゃんは、つっけんどんな態度で、大きく溜め息を吐いた。


「……デリカシーのない人は嫌いです」


 実はわたし、彼女に相当嫌われている。

 理由はまったく分からないのだが、でも、あゆむちゃんのわたしへの態度は、明らかに嫌っている者へのそれだった。


 ここしばらく彼女の笑った顔を見たことがない。

 常に仏頂面のあゆむちゃんを見ていると、わたしと居ても『楽しいのかな?』と思ってしまう。


「はぁ……」


 あゆむちゃんが溜め息を吐く。


「はぁ……」


 それに釣られて、わたしも溜め息を吐いてしまう。


(何だかなぁ何だかなぁ……)


 ぼんやりと昔を思い出す。


 ……昔は良かった。


 なんて言ったら笑われるかもしれないが、切実にそう思う……。


 互いに無邪気だったあの頃のわたしたちは、本当に実の姉妹のように仲が良かったのだから。


「「はあ……」」


 深い溜め息が重なった。


 最早、わたしたちの関係は、溜め息を吐き合うだけの仲でしかないのかもしれない。


 それはもう、考えただけで嫌になる、ほとほと寂しくて虚しい間柄だ……。


「……どうしたのですか?」


 昔を思い出して、泣きそうになりながら俯いていると、怪訝な面持ちで、あゆむちゃんがわたしの顔を覗き込んでいた。


 そして私はついこんな言葉を口にしてしまった。


「ねぇ、あゆむちゃん。わたしたち、もう一緒に居るのやめようか……」


 わたしの急な一言にあゆむちゃんは眉根を寄せる。


「……なんでそんなこと言うのですか?」

「だって、あゆむちゃん、わたしといても全然楽しそうじゃないし……」


 〝楽しそうじゃない〟


 不意に予期しないことを言われた。


 そんな風な面持ちで、あゆむちゃんは、何故か突然泣き出してしまう。


「えっ! えっ!?」

「……わたし、ちとせお姉ちゃんのこと嫌いです!」

「そ、それはもう分かってるよ……」

「ちとせお姉ちゃんはアホです! だから、嫌いです!」


 あゆむちゃんは続ける。

「ちとせお姉ちゃんはドアホです! だから、大嫌いです!」


 あゆむちゃんはさらに続ける。


「ちとせお姉ちゃんは、わたしの本当の気持ちをまったく分かってないです!」


 わたしは頭に疑問符を浮かべる。


「本当の気持ちって……?」

「そんなことも分からないのですか!?」

「わ、分からないよ……。わたしはあゆむちゃんのことを本当の妹のように思っているし、大事に思っているよ」

「わたしはちとせお姉ちゃんの妹なんかじゃない!」


 しんと静まり返るあゆむちゃんの部屋。


 わたしは悲しくなって、言葉が出なくなってしまう。


「……ごめんなさい。わたし、今から本当のことを言います」

「本当のこと……?」

「ちとせお姉ちゃん、わたしのことを本当に大事だと思っているのなら、目を瞑ってください」


 わたしはすぐさま目を瞑る。


 しばらくして、わたしの唇に柔らかい何かが触れた。


「……もう目を開けていいですよ」

「な、なに?」

「……ちとせお姉ちゃんは、もうそのままのお姉ちゃんでいいです」

「ど、どういうこと……?」

「……さぁ。ちとせお姉ちゃんには永遠に分からないですよ」


 さっきまでの不機嫌は何処へやら。


 あゆむちゃんは含み笑いを浮かべた。


「……ねぇ、ちとせお姉ちゃん? わたしたちは家族だけど、決して姉妹ではないんですよ。それを頭の片隅に置いてよく考えてみてください」


 あゆむちゃんが燃えるような視線で、真っ直ぐわたしを見つめてくる。


 初めて見せるその艶めかしい表情に、わたしは思わず息を呑む。そこにいつもの幼さはなかった。


「……あなたの横に居る〝妹〟は、本当にあなたの〝妹〟ですか?」


 現在の時刻は逢魔おうまとき


 俗に魔物に遭遇すると言われる時間帯である。


 その時のあゆむちゃんは、〝魔性の女〟という言葉がピタリと当てはまった。

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