14輪目【喧嘩するほど仲が良い】
日が落ち始めている。部活動が終わった学校からの帰り道。
わたしは幼なじみのしおりと一緒に帰路に就いていた。
「ちょっと! もっと離れて歩いてよ!」
あからさまに距離は開いているのに、しおりが声を荒らげる。
「うるさいなぁ! 言われなくても、分かってるわよ!」
今となってはもう懐かしいが、幼い頃、しおりとは無二の親友だった。
それがいつしか喧嘩ばかりするようになり、今ではもうただ一緒にいるだけという仲だ。
自分でも分かっている。
わたしはしおりのことが嫌いじゃない。
ただ自分の気持ちに素直になれないだけだ。
恐らくだが、それはしおりも……。
わたしたちは家が隣同士だ。
だから、ギリギリまで一緒に帰れる。
いつまでも意固地になっていないで、わたしは昔みたいにしおりと仲良くしたい。
『よし!』と心の中で呟くと、意を決して、わたしはしおりに話し掛ける。
「……あのさ、いったいわたしの何が気に入らないわけ? わたしたち、昔はもっと仲良かったじゃん……」
精一杯の譲歩。わたしは声を震わせながら、しおりに言った。
すると、しおりはキョトンとした顔になる。
「……覚えてないの?」
「何が?」
わたしは首を傾げる。その態度が気に入らなかったらしく、しおりは激怒した。
「あんたが言ったんじゃん! あたしの気持ちも知らないで、あんたはあたしの幸せを祈るって言った! あたしの幸せはあんたとずっと一緒にいることだったのに! 幸せを祈るなんて言って欲しくなかった! あたしはあんたと一緒に幸せになろうって言って欲しかった! それなのに……!」
「ちょっ、ちょっと! 少し落ち着いてよ……」
「落ち着いてなんかいられないわよ!」
「それじゃ、あなたはわたしとずっと一緒にいたくて、不貞腐れてたってこと?」
「そうよ!」
目に涙を溜めながら、しおりは大きな声で言った。
やっぱりだった。
わたしがしおりに好意を抱いているのと同じく、しおりもわたしに好意を抱いていた。
でも、わたしが抱いていた好意とはちょっと違うような気もするけど。
「みはる」
「何?」
「あたしはあんたのことが好き」
「えっ!?」
「あんたはあたしのことどう思ってるの?」
「そりゃまぁ、好き……だけど」
わたしは少し照れた表情でそう言う。
「あんたの好きはどんな好き?」
茶化すことを許さない真剣な面持ちで、しおりは静かに言った。
「……」
思わず沈黙してしまう。
しかし、
「答えて」
しおりはその先を促す。
考えに考え抜いたあと、わたしは汲々とその答えを口にする。
「友達として好き……かな」
「分かった」
「一言だけ言わせて」
わたしは絞り出した答えに待ったをかける。
「何よ?」
「今のは『今のところは』、って意味よ」
「……期待していいの?」
「それは分からないけど……。でも、わたしはしおりとずっと一緒にいたいと思っているわ」
『だから……』と言おうとしたところで、笑顔のしおりにそれを遮られた。
「ありがとう。それだけ聞ければ、十分よ」
しおりはそう言って、わたしを抱き締めてきた。
こんなにしおらしいしおりは久し振りだ。
「納得行った?」
「うん」
「わたしたち、これで昔みたいに無二の親友に戻れるかな?」
「あ、それは無理」
両手でバツ印を作ると、しおりはすぱっと言った。
「ど、どうして」
「あたし、やっぱりあんたのことムカつくから」
「な、何よそれ」
「だって、女心をまったく分かってないし」
不満そうな表情を浮かべると、しおりは『ふんっ!』とそっぽを向いた。
それに対し、わたしも怒ったようにこう言う。
「余計なお世話よ」
「それよそれ。そんな態度を取られていたら、無二の親友になんか戻れないわ」
あっかんべー。
しおりが舌を出してわたしを馬鹿にしてきた。
先ほどのしおらしさはどこへやら。
ふざけた態度のしおりに苛立ったわたしは、お返しとでも言わんばかりにあっかんべーをする。
「バーカバーカ」
そして、低レベルな罵倒をした。
「まるで子供ね。バカはどっちよ」
「ぐぬぬ……」
「何よ?」
「……もう知らないわ」
「知らなくて結構。その方があたしたちの関係に期待が持てるし」
しおりは楽しそうに小さく笑った。
何となく。何となくだが、その時のしおりがわたしにとって、とても可愛い女の子に思えた。
この時をきっかけに、わたしはしおりを女の子として意識する。
そして、そう遠くない未来、わたしは生涯のパートナーにしおりを選ぶのであった――。