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君との絆が奇跡になる  作者: 呂束 翠
泣いても笑っても男の娘は可愛いんだよ
8/41

第8話 逃走

08

 唐突だがついさっき説明した通り、紡祇の家には大量のぬいぐるみが至る所に置いてある。

 先程まで居た場所を例に挙げるとするなら、玄関には靴置きの上に小さなぬいぐるみが3つ程。洗面所には洗剤や柔軟剤が置いてある棚には泡や洗剤をモチーフにしたぬいぐるみが5つ程。廊下にはわざわざ棚を付けて小さなぬいぐるみを沢山置いている。

 そんなぬいぐるみ屋敷のような紡祇の家だが、一番ぬいぐるみが多いのはさっき挙げた場所ではない。

 紡祇の部屋だ。

 あそこは視界のどこかに必ずぬいぐるみが置いてある。

 机の上だろうと、棚の上だろうと、壁やタンスの中にも丁寧に置いてある。

 特にベッドの上は大きいぬいぐるみでいっぱいだ。40センチ以上の物が5個はある。今も少しずつ増えているらしいが人形遣いにでもなるつもりなのだろうか。

 まぁ、ぬいぐるみを集めている理由なんて、単に可愛いから気が付いたら買っていただけだろう。本人も自分でそう言っていたので間違いない。可愛い奴め。

 そんな、ぬいぐるみだらけの部屋の前に到着した俺達だったが、俺が扉を開けようとした瞬間に違和感を感じてつい手を引いてしまう。

「どうした。静電気でもあったのか?」

 心配そうに翔流が俺の顔を見る。

「なんでもない。大丈夫だ」

 不安感を悟られないようにこう言ったものの、正直あまりこの先には行きたくない。何か嫌な予感がする。

 たまにある事だ。この予感がする時は決まって悪い事が起きる。

 ただの直感で非常に曖昧で、これを証明する方法なんて一つも無いけれど。それでもこの”嫌な予感”には素直に従いたい。そうしないと……良くない事が起こりそうだから。

「すまない。代わりに開けてくれないか?」

 とは言っても、その”嫌な予感”がする行先には紡祇待ってるので進まない訳にはいかない。

 翔流に頼んで先陣を切ってもらう。

 翔流の体は一般的な高校生と比べて遥かに強靭だ。もし何かあっても、彼の体なら大した傷にはならないだろうから遠慮なく身代わりに出来る。都合の良い盾である。

「なんかあったのか?」

 まぁ、別に良いけどよ。と言いながら扉を開ける翔流。

 翔流の肩越しに部屋の中の様子を見る。特別不自然な所はなく、いつもの紡祇の部屋と同じだった。

 違う所と言えば、毎回ベッドの上で圧倒的な存在感を出している紡祇宅最大サイズのぬいぐるみであるきりるんが居ない事、そして、自称紡祇の銀髪美少女と自称きりるんの高身長イケメンが部屋の主かのように寛いでいる事くらいか。

 俺を入口に放っておいて、何も違和感を感じていない翔流がずかずかと紡祇の部屋に入る。

「遅かったね。何してたの?」

「いやー、信世がなんかもたもたしてたんだよー」

 部屋のど真ん中に座った翔流と雑談する紡祇。

 紡祇の見た目は違うが、いつもの二人と変わりない。何気ない日常の延長を見ている。

 和服っぽい派手な服を着た自称きりるんのみが異常にしか見えない程に、この場に自称紡祇が馴染んでいる。そんな勘違いをしてしまう。

 これだけ見たらおかしな所は無いのだが、何か違和感がある。

 何か…………

(何かが違う)

 どこに原因がある。

 入口に立ったまま、ぬいぐるみだらけの紡祇の部屋を見渡して違和感の正体を探し出す。

 机、窓、外の風景、家具の配置。気になる場所は無い。いつもの紡祇の部屋だ。

「信世ー、どうしたの?」

 紡祇が俺を呼んでいる。

 しばらく部屋の中を見渡してみたが、きりるん以外には物が無くなっている訳ではなさそうだ。

 ただ、ぬいぐるみが心なしか何かが違う気がした。

 全てのぬいぐるみにただのぬいぐるみ以外の何かだと感じた。

 心霊スポットに置いてあるぬいぐるみや日本人形に感じるあの不気味さと似た、不思議な非現実味を帯びたおぞましさを感じる。

「しーんーやー。来ないの?」

「あ、あぁ。今行くよ」

 紡祇に急かされて部屋に入る。

 違和感があるのはぬいぐるみだけじゃない。紡祇も何かおかしい。まるで他人みたいだ。

 いや元々見た目からして紡祇ではないだろという事ではなく、なにかこう…………違う。これは間違いなく紡祇では無いと直感的に思ってしまった。

 見た目は昼に会った時から何一つとして変わっていないのだが、昼と違って今は雰囲気が違う。

 いつもはふわふわしていて幸せオーラ全開だが、今の紡祇は全く違った。ふわふわなんて一切していない。表情は来た時と変わらずニコニコしているが、前とは違って威圧感がある。

 俺の方を真っ直ぐ見ている。真っ直ぐ見据えている。俺の中にある何かを見ているような、そんな気がする。

 なんだコイツは。一体誰だ。

 仕草や喋り方は確かに紡祇とそっくりだ。だけど、表面上だけをなぞっているだけのような、中身はまるっきり違うのに無理に他人のマネをしているような、そんな感じがする。

「どうしたの?ボーと突っ立って。ほら、早く僕の隣に来て」

 出入口で立ったまま紡祇を見つめている俺を不思議に思ったのか、自分の隣をぽんぽんと叩いて俺を呼ぶ。

 コイツ、本当に俺の事を見ているのか?

 とにかく、ここには居たくない。アイツの視界から一度離れなければ。何か”嫌な予感”がする。

「すまん。俺、トイレ行って来るよ」

 俺が適当に口実を付けて部屋から出て行こうとした瞬間、机の上に飾られているぬいぐるみの目がぐりんと動いて俺の方を見た。

 まずい逃げよう。

 紡祇に背を向けて逃げ出そうとすると、真正面から軟らかくてふわふわな物が腹に目掛けて突進して俺を紡祇の部屋へと吹っ飛ばした。それと同時に部屋の扉が近くに居た小さなぬいぐるみ達の手によって閉められる。

 翔流に助けを求めようとしたが、いつの間にか出現していた大きな銀色の狼にのしかかられて動けなくなっていた。

 現実味は無いが、もうフィクションがなんだと言い訳していられない。これが現実味がないのもアリなのだとしたら、今までの情報から見てこの狼は間違いなくきりるんだ。

 さっきの銀髪イケメンの髪の色と狼の毛の色や、耳の毛の配色が完全に同じ。そして、紡祇のお気に入りのぬいぐるみのつまりは本物のきりるんの体毛と耳の色の配色が完全に一致している。

 さっきから銀髪イケメンもぬいぐるみのきりるんも居ないのは、この狼がきりるんだからなのだろう。理屈とかは分からないが、こうなった元凶は消去法で紡祇のフリをしたコイツだ。

 色々聞き出したい所だが、今の状況はあまりにも悪すぎる。

 翔流は捕まっているし、本物の紡祇がどうなっているのかも分からない。だが、フィクションのような事が現実で起きているのだとするなら、目の前のコイツは紡祇本人なのだろう。

 少なくともさっき手を洗いに行った時まではこの銀髪美少女は紡祇だった。見た目以外は仕草も雰囲気も癖も全て同じだった。何らかの原因で見た目だけが変わっていたのだろう。

 だが、今、目の前に居る奴は誰だ。

 俺の目の奥を覗き込んでいるお前は誰なんだ。

「テメェが犯人か。紡祇はどこだ」

「紡祇君の意識は今寝てるよ」

「意識は今寝てるって……。一つの体に二つの魂が入っている的なアレか」

「そ~。この世界って魔法が存在しないのに創作物でそういう概念が沢山あるから、君みたいな人にはすぐ通じるからありがたいよ」

 『この世界』か。この言い方からしてコイツは別世界から来たようだ。ぬいぐるみが動いているのもコイツの能力みたいだな。

 部屋に入った時の違和感はこれだったのか。

 たしかに、妙にぬいぐるみに違和感はあったが、まさか動き出すとは思わないだろう。これさえ分かっていれば、先に外に行っていたのだが。

 とりあえず逃げるのは諦めよう。目的次第では無事で済む可能性がある。

「そこに座りなよ。おしゃべりは座ってゆっくりやるもんでしょ?」

 相手は親友の体を人質に取っているようなもんだ。従うしかあるまい。

 大人しく座って質問をする。相手が話す前にこっちが聞きたいことを全て聞かせてもらおう。

「なんで俺達をここに閉じ込めた」

「それは、君が欲しいからだよ」

 新手の告白か? いや、まさかな。

 どうせ君の命が欲しいとか、君の体が欲しいとかそんな所だろう。現に今は紡祇の体を乗っ取っている。紡祇の本来の姿と全く違うが、憑依した人物の見た目に変わるとかそういうやつだろうか。

 まぁ、健康的な良い体が欲しいなら、そこの翔流の方が鍛えられていて良いと思うがな。一応友達だから勧めはしないが。

 無言で紡祇らしき人間の目を見詰める。相手もずっと俺の目を見ているので、無言で見詰め合う妙な時間が流れた。

 その横で狼に踏みつけられている翔流が俺達を交互に見る。何しているか分かっていないのだろう。俺も分からん。どう返せば良いか分からん。告白自体された事はあるが、威圧感をたっぷりまき散らしている相手から告白された事はない。

「あ、ごめんごめん。告白とかじゃないんだよ」

 先に口を開いたのは相手だった。

「まだこの世界の言葉に慣れてなくてね。変な言い回しになってたらごめんね」

 申し訳なさそうに謝る彼女。

 別世界から来たというなら、当然この世界とは全く違う言語を使っていても不思議じゃない。それなのに、母国語を使わずにこちらの言語に合わせて会話してくれているんだ。一応コミュニケーションを取ろうとする気持ちはあるんだろう。

 つまり、交渉の余地はある訳だ。まだ望みはある。

「じゃあ、何と言い間違えたんだ。紡祇の体を乗っ取ったみたいに、俺の体が欲しいとかか?」

「いや、僕が欲しいのはそっちじゃないよ。僕が欲しいのはね」

 彼女が俺の顔を__ではなく目を指差す。 

「信世君が持っているその魔法。僕の世界では『奇跡』って呼んでるやつだよ」

「『奇跡』?魔法と何が違うんだ」

 魔法か……彼女の世界では『奇跡』と呼ばれているそうだが、俺にはそういった魔法みたいな特殊な能力は持っていない。まだこの世界の言葉に慣れていないみたいだから誤訳の可能性もある。

 彼女はコミュニケーションが取れるタイプみたいだ。ここで会話のキャッチボールを続けて出来るだけ情報を引き出しておこう。

 何処かで有益な情報が出てくれるかも知れない。

「気になるの?興味があるのは良い事だね」

「そうだ。めちゃくちゃ気になる。だから教えてくれ」

「でも、教えてあげない」

 相手の背後からまんまるな小鳥のぬいぐるみがとんでもない勢いで顔面目掛けて飛んでくる。顔面に当たる寸前に回避すると背後から大きな破壊音がした。止まり切れずに壁か床に衝突したのだろう。

 背後を見ると、吹き飛んだぬいぐるみ達と勢いに負けて吹き飛んだ扉があった。直撃していたらただじゃ済まなかっただろう。

 対等な話し合いは無理そうだな。下手に出よう。

「お前の目的は俺が持ってる『奇跡』ってやつなんだろ。大人しく渡してやるから戦うのはやめてくれ」

「そうなんだ。じゃあ、大人しく死んでよ」

 ダメだ話が通じない。

 幸い扉は開いた__というか吹き飛んで無いのと同じになったのでそこから逃げ出す。廊下には床に突き刺さった小鳥のぬいぐるみがあった。

 翔流には悪いが先に逃げさせてもらう。相手の目的は俺だけだ。ここに置いて行っても死にはしないだろう。

 道中、廊下に飾られているぬいぐるみ達が突進してきたが、道中のぬいぐるみ達にはさっきの小鳥のみたいな異常な威力を持っていなかったお陰で、簡単に蹴飛ばして振りほどけれた。

 玄関に到着するやいなや、急いで靴箱から自分のクロックスを取り出して外に出る。

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