第7話 今日、ぬいぐるみしか居ないの
「アンタたちなに言う事聞いてんのよ」
肩車されたまま道の端に運ばれる綺羅星。
上から顔を殴って正気に戻そうとするが、男は一切反応を示さずに他の男達と一緒に壁に沿って整列する。
「アンタたちも立ってないで深森を追いかけなさいよ! ほら早く! 早く行きなさいよ!」
最初から表情が乏しい奴等ではあったが、こうやって整列してからはただの精巧な人形にしか見えない。
綺羅星に命令を受けている間はまだ人間味はあったのだが、一体どうしたのだろうか。
俺の声に合わせて聞こえた知らない男の声と言い、この男達の不自然で奇妙な行動と言い、理解出来ない奇行と奇怪な現象の連続で気味が悪い。
突如生えた自分の紅い髪を弄ってこの現象の理解を進めようとした所で、翔流が道の向こうから走って来る。
「今の内に逃げるぞ!」
「あ、ああ。行こう」
翔流の呼び声で考え込もうとしていた頭を一度リセットさせて逃走する方向へ思考を変える。
「翔流。紡祇を抱っこしてくれ。このまま紡祇の家に行くぞ」
「任せな」
翔流はおどおどしている紡祇を無理やりお姫様抱っこして颯爽と走り出す。
流石は身体能力オバケの翔流だ。紡祇程度の体重なら抱えた状態でも走る事にそこまで支障がないらしい。
「じゃあな。『着いてくるんじゃねぇぞ』」
逃げる前にもう一度彼等に命令してみる。
男達は一度大きく頷いてその場から動かなくなった。
肩車している男も大きく頷いたので当然乗っていた綺羅星はそのまま振り落とされて、体を痛そうにして寝転がっていた。顔から落ちたので相当なダメージになっているだろう。起き上がって見えた顔は痛々しそうな傷や痣が出来てしまっている。
先程とは違って声を荒げていないが、それでもあの知らない男の声は丁度命令の言葉を口に出すタイミングと同時に俺の声と重なって聞こえてきた。
それがどうした程度の事なのは理解している。だがそれで良い。これを吟味するのは後で良い。今は残り逃げ一択だ。
背中から綺羅星の汚らしい鳴き声が聞こえるのを無視をして、遅れて翔流を追い掛けるように全力疾走する。
無駄に時間を掛けてしまった。早く行かなければ。
~~~~~~
綺羅星達から逃げるように突っ走って約10分。紡祇が住むマンションの前まで到着した。
翔流1人でなら、裕太の家から紡祇の家までノンストップで走っておよそ5分で到着出来るのだが、申し訳ない事に翔流よりも足の遅い俺のペースに合わせて走っていたのでこのくらい掛かってしまった。
10分間も走りっぱなしで流石に息が荒くなってしまった。
余裕そうな表情の翔流が大変癪に障るが、身体能力に関しては翔流の方が圧倒的に上なのでしょうもない嫉妬なのだと自分に言い聞かせて息を整えながら紡祇の家まで一緒に歩いて行く。
道中、会話らしい会話は無かった。というか、会話する余裕が俺には無かった。
ゆっくりと息を整えながら歩いて数分後。ずっと回復に専念させてもらったおかげでビッショり汗はかいているが体力はほとんど万全だ。
マンションの玄関を抜けて、紡祇の家の前に着く。
「ここが紡祇の家だったよな?」
「ああ。その通りだ」
翔流が確認するように聞いて来る。
お前、紡祇の家の場所をよく知らないで来てたのか……前にも来たことがあるのに? 紡祇の家に行ったと言っていたが、この男は本当に紡祇の家に行っていたのだろうか。別人の家に行ったから犬耳のイケメンが出てきたんじゃねぇの?
疑問が沸々と湧き出てきたが先に済ませないといけない用事が目の前にあるので声には出さないでおく。
「そろそろ降ろしてほしいんだけど」
そんな無駄なやり取りはしていると、偽紡祇が不機嫌な顔して翔流にそう言った。
俺がお姫様抱っこした時よりもかなり不服そうだ。走っていたから乗り心地__というか抱っこされごこちが悪かったのだろう。
にしても、お姫様抱っこがかなり様になっている。紡祇の見た目も相まって本当にお姫様のようだ。服装はスニーカーにショートパンツとかなりボーイッシュで庶民的ではあるが、お忍びでどっかの令嬢が外に出てきたと解釈すればギリギリ納得出来る見た目である。
「あぁ、すまんすまん。今度は信世がお姫様抱っこしてくれるって言ってるから許してくれよ。な?」
「そんなこと」「ありがとう信世!楽しみにしてるね!」
喋っている途中で偽紡祇に被せて話されてしまった。
最近、俺の話聞いてくれない奴しかいないなぁ。
「そういや、翔流も呼んでたんだ」
今更ながら偽紡祇に翔流の存在について言及されてしまう。
「まぁ、そうだな。流れってやつだ」
細かく経緯を話してしまうと深堀りされてしまうだろう。出来るだけふわっとした回答をしてあまり興味を持たれないようにする。
友人が途中から合流する事はよくあることだ。フットワークが非常に軽い翔流に限って言えば流れで合流していただなんて、出会って半年もしない今までで何度もあった。ありすぎて気付いたらそこに居ても誰も気にしないくらいだ。
今回もそういうパターンだと思ってもらえば、翔流が合流している件は流してもらえるはず。
「あー。いつものね」
そっか、と言って翔流から降ろしてもらった紡祇が家の鍵を開ける。
翔流のことを言われて一瞬ドキッとしたが、偽紡祇はあまり気にしてなさそうだ。普段の翔流の奇行を見ていればこういう反応になるのも当然か。
にしても、こんなにあっさりと家に上げるという事は、この家には本物の紡祇は居ないのだろうか。そうだとしても、自称紡祇が言う『穂波坂 銀之助』と思われる銀髪犬耳イケメンの正体を知っておかなければいけないので、どちらにせよ紡祇の家に行くのは変わらない。
そもそも紡祇の家に変な奴がいるのは気に入らないんだ。顔が良いだけで良い人とは限らない。一刻も早く正体を掴んで追い出さなければいけない。
ここからが本番だと思い気合を入れ直す。家主が居ない間のこの家の治安は俺が守らなければ。
「きりるん、みんな~、ただいま~」
偽紡祇が家に入るなり、いつものようにぬいぐるみ達に挨拶をする。
きりるんとは、紡祇の一番のお気に入りのぬいぐるみの名前だ。全長が紡祇の身長の半分以上もあって、見た目はハスキー犬モチーフだ。体はまん丸でなんとも可愛らしいフォルムだが、目はキリっとしているのでその目付きから『きりるん』と名付けたらしい。
いつもベッドのかなりの割合を占領しているので、紡祇の私室に入る度にその存在感に圧倒される。
他にもぬいぐるみは沢山あるが、ほとんどは部屋の隅や机の上に飾られているだけのモブだ。紡祇が言うには全員に名前を付けているみたいだが、全員説明された所で俺は覚えきれないので詳しくは聞いていない。
「あれ、きりるん寝ちゃったのかな」
「きりるんはいつも寝てるだろ」
つい突っ込んでしまった。不思議なことを言うものだ。きりるんはぬいぐるみだから起きるも寝るもないだろうに。
と、言っている内に奥からドタドタと走る音が聞こえ始める。
これは……例のイケメンくんか。
「おかえりなさいご主人!」
綺羅星もだが、この紡祇っぽい人物も従者みたいなのがいるのか。そういう流行りでもあるのだろうか。
お出迎えの挨拶をしつつ玄関の向こうからやってきた人物は、犬耳を付けて長い銀髪で片目を隠した長身のこれはこれは麗しい男だった。翔流が言っていたのはコイツか。
「あっ!信世さんと……かけなんとかさんも!こんにちは」
人懐っこい笑顔を浮かべて俺と翔流の手を掴み、大袈裟にぶんぶん上下に振る。まるで人懐っこい犬みたいだ。
「お、おう。こんにちは。邪魔するぜ。あと俺の名前は翔流だ」
名前を訂正しつつ挨拶する翔流。家に来る頻度が少ないからか自称きりるんからは殆ど名前を覚えられていないようだ。
「ほら、信世も挨拶してあげて。いつもしてるでしょ?」
「お、おう。こんにちは。きりるん」
紡祇に急かされて動揺しながらも返事をする。その俺の反応に何も違和感を感じさせないような明るさできりるんが「こんにちは!」と元気に返した。
「いつもご主人がお世話になってるのだ!」
勢い良くぺこりと頭を下げてお辞儀するきりるん。釣られて俺と翔流も一緒に軽く会釈する。
「それじゃあ、二人は手洗ってきてて。ボクは先にきりるんと一緒に部屋の片付けしに行ってくるよ」
きりるんと呼ばれた男の手を引っ張って自室へと向かう紡祇。二人が去るのと同時に翔流が俺に話しかける。
「ほら、居ただろ?イケメンがよ」
「いやたしかにそうだが」
「なんだか気になることが他にもありそうな顔だな。お前のことだ。紡祇関連でお前以上に分かる奴なんていないから、気付いた事があれば今すぐに言ってくれ」
紡祇関連についての俺への期待が異常に厚いのは分かったが、今回のこれについてはある程度知っている人なら誰でも分かるだろう。
だが、おかしいんだ。ここは現実だぞ。見た目だけならまだしも、声までそっくりそのままだなんてそうそう居ないぞ。
「知ってるか?『百鬼繚乱』ってゲーム」
「まぁ、名前だけは知ってる。紡祇がよくやってるやつだろ? クラスのやつも結構な人数やってたよな。特にオタク寄りの女子はほとんどやってるイメージだぜ」
「そうだ。それであの男なんだが」
「まさかそのゲームのキャラクターですってオチじゃねぇよな」
無言で頷く。
そのまさかだ。
漫画や小説でこんな展開があるなら、ここに来るまでの会話でこういう流れになりそうだと誰もが直感的に分かりそうだが、これは現実だぞ。
これじゃもう、フィクションじゃないか。
あの男の見た目はまさに『穂波坂 銀之助』だ。ゲーム『百鬼繚乱』の人気キャラクターであり、紡祇の推しキャラの『穂波坂 銀之助』そのままだ。
「ってことは、あの男はその『百鬼繚乱』のゲームのキャラクターそのものかも知れない訳か」
「いや、そうとも限らない。あの男は自分を紡祇の一番お気に入りのぬいぐるみの『きりるん』だと思って行動しているみたいだし、声や見た目は『穂波坂 銀之助』そのままだが、性格までは同じという訳ではなさそうだ」
まぁ、性格は多少は近くはあるんだが。
元ネタである『穂波坂 銀之助』は主人に献身的で主人のみに異様に甘える性格らしく、パッと見さっきの自称きりるんは元ネタの性格そのものだが、口調や甘え方は全く違った。あのキャラクターはもっと体面上はクールにしていたはずだ。クールなのだけれども甘えたさが溢れているようなキャラクターのはずだ。口調もあそこまで媚びた感じはしていなかった。
「お前、紡祇関連になると本当に心強いよな。やってるゲームに関してもしっかり調べてるしな」
感心して褒めてくれる翔流。
「何言ってんだ。このくらい普通だろ」
気になった事を調べるくらい誰でもしている事のはずだ。俺が特別調べている訳ではないだろう。
「たしかに、これくらいならそうなんだがな。それだけじゃないからなぁ……特に紡祇関連は中々なぁ……」
色々と言いたい事があるようだが、もごもご喋っていてよく聞き取れない。
「とりあえず、きりるんについてはここで話していても仕方ない。ささっと手洗って行くぞ」
「あいよ」
長くなる前に話を切って二人で洗面所に行く。
念のために洗濯機を覗いて洗濯物から紡祇の持っている服と何か差が無いか見てみたが、下着や普段着、寝間着からハンカチまで全て紡祇が持っている物と完全に一致していた。
確認している途中、翔流から「お前やっぱ気持ち悪いよな。いや誉め言葉だぞ?」と言われていたので腹に一発殴った後、しっかり手を洗ってから紡祇の部屋に向かう。
親友とはいえ、下着からハンカチまで一つ一つを全て把握しているのは普通にキモイですよね。
ちなみに、紡祇くんは3日に一回洗濯を回しています。




