第51話 ぬいぬいそうる
「みんな。配置は分かるよね」
人形達が高い声で「ミッ!」と叫んで返事をする。
理由は分からないが、特殊能力で創ったこの子達は基本的に「ミ」しか喋れないように出来ている。喋ろうと思えば喋れるのだけど、魔法で頭に直接語りかける念話みたいな技術と似た仕組みで「ミ」だけで伝わるように創られているみたいだ。不思議だね。
「攻撃用結界が発動したら始めるよ」
必要な事だけ伝えると、人形達が気配を殺す魔法を使って外に飛び出し各々配置に着く。
合図は必要ない。全員僕の分身体みたいな物だから。
みんなを見送って、後は四人の敵を監視する。
彼等の動揺具合から感知用の結界には気付いたみたいだ。
さて、先程少し声に出した攻撃用結界だけど、これのほとんどはお兄ちゃんが仕掛けた物だ。
一番外側の威力が弱い物は僕が仕掛けた物で、それに掛かった獲物が逃げたり死なない位の魔物や人間が侵入した時に、お兄ちゃんの攻撃用結界が発動するようになっている。
あれは特殊能力も混ぜて使ってるから魔法と言って良いかはちょっと分からないけど……一応魔力も使ってるし魔法の部類で良いかな。
それぞれの結界が発動した際にもお兄ちゃんに結界が反応した知らせが向かう様にはなっているけれど、最初の反応の時点でどういう種類の生物が侵入したかの詳細がお兄ちゃんの頭に直接届いているから既にこちらに向かっているはずだ。
「もうそろそろかな」
透視の魔法と目をとても良くする魔法で敵さんの動きを監視する。
僕の攻撃用結界まで後50メートルくらい。それに反応したら外に配置した人形達が襲いに行く手筈だ。
「あと5歩……4……3……2……1……」
0。
結界の端に触れた瞬間、彼等の足元に大きな魔法陣が展開される。
魔法陣の内容は、周囲の魔力吸収、範囲内の魔法陣の破壊。
この二つで、魔力を多く持っている敵さんの魔力量は半分くらいまでは削れただろうか。もう一人の前衛職らしき変なマントを付けた人の魔力は完全に無くなったみたいだ。そもそもの魔力保持量が少なかったのだろうか。
一番最初に魔力の吸収に気付いたのは一番後ろを歩いていた魔力の多い男だ。他の偽物や前衛職の男や魔力の多い女はその男の反応を見てようやく魔法陣の存在に気付いた。
魔力の多い男が地面に手を触れて魔法陣を即座に破壊する。
「えっもう解析したの!?」
あまりの解析と破壊の速さに驚いてしまう。
あの魔法陣は魔導書に載っている物からかなり癖強めのアレンジを加えて解析まで時間が掛かるようにしておいたのに、一秒足らずで解析と破壊までされてしまった。
だけど、仕掛けておいた罠はこれだけじゃない。
破壊された魔法陣の真下からもう一つ小さな魔法陣が出現する。
そして、魔力の多い男が反応する前にその魔法陣が発動する。
こっちの魔法陣は至極単純な仕組みの物。
集めた魔力を固体になるまで圧縮して上方向へと放つ物だ。
単純が故に発動が早い。お兄ちゃんを除いて魔法陣の姿が現れた時点で防ぐのは不可能だ。
極彩色の光を淡い放つ魔力の塊を直に受けて四人の侵入者が空へと吹き飛ばされる。
「みんな、攻めるよ!」
『ミッ!』
念話で人形達の声を聞いて僕自身も攻撃を開始する。
相手は特殊能力持ち。という事は、何らかの常軌を逸した行動をするはずだ。
ならば、こちらはその特殊能力とは相性が悪い魔力の塊で攻撃するまで。
家から一歩も動かずに侵入者の周囲を逃げれないように障壁を作る魔法で囲って人形達に魔力を送る。
空と陸に配置した20体の人形達が魔力を集めて、先程の魔法陣の様に魔力を固体へと変えて放つ。
地を抉り、木々を薙ぎ払い、空を裂いて、光を飲み込んで。
二十本の廃液に似た濃く暗い極彩色が相手の障壁魔法をも貫いて周囲を飲み込み膨大な魔力の質量を侵入者達に浴びせる。
魔法と呼べない魔力使い方。固めて纏めて飛ばすだけの単純な質量攻撃。誰でも出来る物。
ただし、ここまでの威力を出すには技術が要る。
この魔力の質量攻撃は、魔法使いに取っての空気みたいな物だ。
空気を押したり、吹いたり、吸ったりするのは簡単。だけど一ヶ所に纏めて固体にするのは簡単じゃない。それと同じだ。
この技を最初に見つけたのはお兄ちゃんだった。
あの日、興奮した様子のお兄ちゃんに無理やり外に連れ出されて、まだ国に見つかっていない【魔王】を倒すついでに見せ付けられたのだった。
蛇足だけど【魔王】というと大層な存在かと思いがちだけどそんな凄い物じゃない。15年前から突如各地で出現するようになった非常に強力な魔物だ。
あの時のお兄ちゃんは特殊能力を一切使わずに一人であのサイズであの威力の魔力を何百個も放出していた。
お兄ちゃんに比べたらこういう攻撃は苦手だけど、ここまでの威力があればトリプルSランク程度の人間は死ぬだろう。
僕を倒したければ【魔王】の軍勢でも連れて来るんだね。
念のために敵さんの様子を魔法で割り込んで見てみるけれど、魔力の密度が高過ぎて魔法が割り込む隙間が無い。絶え間無く魔力の塊が注がれているから穴を空けて見る事も出来ないみたいだ。
すっかり安心してソファーにどかっと座る。
意外と呆気ない。
特殊能力持ちだから相当警戒して最初から切り札一つ出したけど、こんなもので終わるなんて。
そういえば、お兄ちゃんから念話が届かないのはおかしいな。こういう人間が来れば即座に安否を確認するはずなのに。
もしかして危険な目に合ってるとか…………?
いやいやそれは無いだろう。あのお兄ちゃんに限ってそれはない。
一騎当千じゃ足らない位強いお兄ちゃんだよ。ないない。絶対あり得ない。
お兄ちゃん相手に邪推してしまった自分に反省だ。
それにしても、戻って来るのが随分と遅い。
普段なら……こんな事態になった事なんて無いから分かんないや。
でも、もうそろそろ帰ってきてもおかしくない頃合いだ。
「遅いなぁ……」
脚をぶらつかせてお兄ちゃんの帰りを待つ。
今日の献立はどうしよっかな。
魔力攻撃で雨雲吹き飛んで晴れたし洗濯物干そうかな。
そんな事よりも、戦闘で外がグチャグチャになっちゃったからお掃除しなきゃな。
そうやって色々考えて後片付けに取り掛かる。その前に__
「外の様子は見といた方が良いよね」
再び、視力の強化と透視をして外の様子を見る。
状況は変わらず濁った魔力の光が侵入者達を照らし続けている。
周囲の人形達は周辺の魔力を吸収して、他の物体を魔力に変換して力尽きるまで攻撃している。これは不具合でも何でもなくてそういう風に指示しているからだ。
もし相手がこれで死ななかったら攻撃を止めた瞬間に終わりだ。
正直、過剰な気もしなくはないんだけど……これでお兄ちゃんが来るまでの時間稼ぎが出来るのならそれで良い。
でも……なんだかおかしい気がする。
普通、高密度の魔力がぶつかり合えばちょっとした引力が発生して大惨事になっちゃうはずなんだけど……。
シオンちゃんが居る世界はよくある異世界物にかなり近いです。
稀に異世界人が出現して、世界を救ったり、救わなかったり、異世界の知識を持ってきたりしているので、所々技術や文化が偏っていたりします。
また、本編中でも説明しましたが、【魔王】はそういう名称を付けられているだけで、ただの超強力な個体の魔物ってだけです。そこそこの頻度で自然スポーンします。
魔法の名称については一応あるにはありますが、シオンちゃんが相当な量の改造を加えているので元の魔法とは完全に別物になっています。




