第50話 出陣
「よしよし。これなら髪の毛は作れそうかな」
胴体部分の素材はお兄ちゃんに王都で調達してもらおう。
瓶を大切にポーチに仕舞い込んで掃除を再開する。
と言っても、髪の毛を探してる間にも魔法は起動させていたからほとんど終わってるんだけどね。魔力使用量のコスパは最悪だけど、箒とか必要ないし時間も掛からないから便利だ。
他に何しようかとお兄ちゃんの枕をギュッと抱えてベッドで寝転がる。
今日は雨だから外で遊ぶのもなんだか気が向かない。お洋服の洗濯も朝の内に終わらせたし、ご飯の準備はもう少し後で良いし、何もやる事がない。
このまま夕方まで寝ちゃおうかな……。
雨音と心地良い布団の暖かさで夢の中に入ってしまいそうになる。
少しだけ……少しだけ寝ちゃおっかな。
離れ難い布団の誘惑に負けそうになっていたその時、家の周囲を囲っている結界から人間が侵入した反応を受け取る。
「あれ、お客さんかな」
布団を畳み直して玄関まで歩いていく。
この結界、最初はお兄ちゃんが発動させていた物だけれど、僕が魔法の勉強を始めたタイミングで主な結界の生成は自分でやるようになった物だ。
結界にはいくつか種類はあるけど、このタイプは魔力を注いだ人物に探知した物の種類を送るという物で、対象を護るだとか侵入者を迎撃するとかいう機能は付けていない。そういう結界は家と庭辺りに仕掛けてある。こちらはお兄ちゃん製と僕製を二重で付けていて、先に僕の分が発動するようにしている。
これら複数設置した結界のお陰でこの家は見た目に反した要塞のような機能が付いてしまっている。
さて、その僕製探索用の結界に反応した人物だが、一体どういう人達なのだろうか。
体格から分かるのは男が三人。女が一人。知り合いではなさそうだ。
一名だけ除いて。
「お兄ちゃんの形してる」
三人歩いている男の内一名だけ兄と全く同じ形をしていた。
同じ形をしているだけだ。歩き方が違うし、魔力量も違う。
そもそもお兄ちゃんならこの距離に到達した時点で念話を飛ばしてくるはずだ。それをしないという事は疑いようのない偽物だ。
戦闘用ポーチから魔法の補助をする宝石が埋め込まれた杖と、様々な魔法陣を書き込んだローブを身に付けて戦闘の準備をする。
わざわざ成りすまして来る奴だ。歓迎すべき相手ではない。
「にしても人間の敵さんか。家に来るのは初めましてだね」
魔力供給用ポーションを飲んで家事で消耗した魔力を補充する。
僕達の家は森の真ん中に建ててある。
この森が並みの冒険者では侵入する事すらも危険と言われる場所で、周辺に街がある訳でもないので人間が近寄る事は少ない。
冒険者協会とやらが定めたランクの中で上位に値するSランク冒険者パーティですら近寄ろうともしない場所だ。そんな人間が居ちゃいけない場所に来る奴なんて、例え複数人であっても相当な実力者なのだろう。
「お兄ちゃんが来るまでの辛抱だ。ここを守り切らなきゃ」
侵入者が到着する前にここで出来る限りの分析をする。
魔力量は多少隠しているのだろうけれど全員かなり高い方だ。
ただ一名だけ魔力量が極端に少ない男が居る。身体能力が高い前衛職だろうか。
以前、お兄ちゃんに最前線で戦っている冒険者の動きを模倣してもらって模擬戦した時は、魔法を使わずに純粋な己の身体能力で戦うタイプが一番辛かった。魔力量が少ないから普段魔力の動きで見ている僕としては動きが分かりにくいし、そのクセ機動力や攻撃力が高いからそれに対応する為に自分自身に身体能力補助魔法を付けないといけない。
相手の動きが見えるレベルまで補助魔法を付与すれば対応出来るけど、相手の実力次第ではその分補助魔法に割くリソースが増えてしまう。
そこに魔法使いタイプの人間が三人。戦いずらいったらありゃしない。
見た目だけで分かる武器では、魔力が少ない男は両刃の剣で、残りの男は僕と同じ様な魔法の補助をする杖を持っている。女は何も持っていないけど魔力量が多め。杖の補助が必要無いのか、自身に補助魔法を使って戦うタイプなのか。何してくるのか分からないから要注意か。
そしてそれとは別に一番危ないのはお兄ちゃんの偽物。アイツ、僕やお兄ちゃんと同じ類の特殊能力を持ってる。魔力と違って特殊能力の動きは無色透明な空気みたいで普通分からないのだけど、今回のケースはちょっと違う。
多分、アイツの能力は自分の体に何かさせるタイプの物。
そのお陰で、普通は体に纏わり付く魔力が体中に引っ付いていた特殊能力の膜と反発し合って、魔力だけが体から少し浮いて見える。
これは………………ちょっと緊急事態かな。
そこそこ高い魔力量が二人と前衛職が一人。しかも魔力が多い特殊能力持ちが一人。強さ的には前衛職以外は最上位の冒険者とか言われてるらしいダブルSランクだかトリプルSランクだかの人と同じくらいだ。お兄ちゃんの戦闘講座で教えて貰ったことある。
正直、お兄ちゃんかそれ以外、もしくはそれ以外の弱い人くらいしか差が分からなかったけど。
そんなお兄ちゃん以外に該当する人達でも相当な実力者が四人も来たのは大変マズイ。その内一人は何をするか分からない特殊能力持ち。
初めから本気で行かないと勝てない。
「補助魔法各種展開」
身体能力上昇の補助魔法全部盛り。普通の人に使ったら加減出来なくて自滅するだけだけど、そこら辺はお兄ちゃんにやり方を教えてもらって上手く使えるようにした。
数時間程度なら通常時のお兄ちゃんと並んで戦える……はず。本気のお兄ちゃんと戦った事ないからどこまで強いかは分からないけれど。少なくとも補助魔法を全て使っているこの数時間の間ならトリプルSランクの冒険者パーティと対等に戦える。
でも、これだけじゃ足らない。
戦闘用ポーチからスライム、イノシシ、ゴブリン、ドラゴン、剣、盾、水晶と多種多様の形をした人形を20個取り出す。
「あまり使わないようにって言われてたけど……この力使わなきゃね」
その全てには全身に魔法陣がビッシリと書き込まれている。内容は僕に使っている身体能力向上系や物理攻撃と魔法攻撃への耐性を大幅に上昇させる魔法陣。魔法陣なら魔力を注ぐだけで発動させられるから扱いが楽で、発動だけなら魔法を使えない人でも出来る代物だ。
その魔法陣で一杯の人形を並べて、魔力とは違う回路で人形に向かって特殊能力由来の力を込める。
並べられた人形達が力と共鳴して細かく振動する。
能力のふわふわした空気みたいな力が人形の中に入り込んで中で別の形に生っていく。
空気みたいな力は人形の中で固まって、いつしか人形の形に沿って絡まって行って、魂と同じ動きをし始める。
魂が宿れば意思が宿る。
魂が宿れば魔力が集まる。
意思と魔力があれば魔法を使える。
そこに、この特殊能力特有の「僕の知識を魂を与えた物体に与えれる」効果を存分に使う。
そうすれば、誕生したてでも即席の強力な戦力になる。
それぞれの人形が生物かのように動き出して、20個ものの人形達が眼前に整列する。
魔法陣は魔力が集まった時点で既に発動されている。知識は僕と同等の物があるから体の扱いは完璧だ。
これで、ちょっと弱い僕が20人出来上がった。
最前線の冒険者四人に対して、僕とちょっと弱い僕20人分。
お兄ちゃんが結界の反応に気付いて来るまでの時間稼ぎには十分な戦力。
「みんな。行くよ」
人形達を背に立たせて玄関の扉を開ける。
絶対にこの家を守るからね。




