第46話 翔流の『奇跡』2
「俺が変態なのは確定なのかよ……」
「翔流君……君ってやつは」
ため息を吐いて信世君と紡祇君に視線を流すが、既に2人共呆れた顔で軽蔑な眼差しを彼に向けていた。
きりるんだけは何も分かってなさそうな顔で皆んなの顔を見ているだけだった。
あそこまでの事を僕にしておいて心当たりがないと言うのは無理があるんじゃないだろうか。
「翔流君。一度、胸に手を当てて考えてみなよ」
こちらから言うだけじゃあ分からないのだろう。そう思って自分で考えさせようと伝えてみる。
しばらく僕の顔と胸をボケっと見てくる。何を言っているか分からないと言いたいそうな顔だ。
何故か生唾をごくりと飲んで、手を前に出す。
「あ、じゃあ遠慮なく」
そして、膝に添えていた両手を僕の両胸に向かった手を伸ばしてガッシリと掴み、軽く揉む。
「え?」
「なるほど……縮んだ分胸のサイズも減ってるんだな」
続けて下から上にモミモミと出された料理をしっかり味わうように吟味する。
何? 今僕は何をされてるの。なんで揉まれてんの。
「あの……」
顔が熱い。紅潮していくのを感じる。
セクハラを超えてこれはもう辱めというか……。どうしよう。殺すべきかな。辞めなかったら殺すべきかな。
「あ、でもちゃんと柔らかい。柔らかくてハリがしっかりしてて」
ダメだ殺そう。
「死ねぇぇ!!」
食レポならず胸レポをした所で彼の両目に指を突っ込む。
「目がぁぁぁ!! 目がぁぁぁぁぁ!!!」
「翔流!? 目だいじょうぶ!? それはそれとして一回死んだ方が良いと思うよ!」
血が垂れる目を抑えて転げ回る彼。テーブルの上に置いてあったティッシュで自分の指を拭いて、信世君の元に逃げる。
反射的に目を深く突き刺してしまった。ギャグじゃ済まされない行動だけど、彼に関してはこの程度の怪我では奇跡で勝手に治るので、後遺症とかは一切心配しなくて良い。彼の『奇跡』の回復能力なら片腕欠損程度でも一日で元に戻るからね。
にしても、まさか急に胸を揉むとは……脳が現実を受け入れ拒否してしまってやりたい放題されてしまった。
「信世君。もうあの人はダメだよ。救えない」
微かに震える体を信世君の足元にピタッと引っ付けて守ってもらう。
一度手を洗って僕の体を翔流君から見えない所に移動させてくれる彼。その時の翔流君に向ける目は害虫を見る目だった。
あの目ではもはや人間として扱われる事はないだろう。
「目がぁぁぁ……目が痛ぇ……。あっでもちょっと見えてきたかも。凄い変な感じがするけど見えてきてるわ。クソ程痛いけど治ってきてるわ」
「なぁシオン。結構深く指してたが、アレの持ってる『奇跡』は、目潰ししても勝手に再生するような物なのか?」
アレが痛そうに呻いている割には余裕そうなのを見て色々と考えたのだろうか。信世君が今まで聞くのを後回しにしていたアレの『奇跡』について質問してきた。
別に隠す事でもないので普通に答える。
「うん。アレの『奇跡』は常に怪我や体の不調が治るようになっているから、片腕が斬られたりしない限りは一日で元通りになるよ」
「そうか。怪我の酷さで再生までの時間が掛かる訳か」
目から垂れる血を両手で塞いでいる翔流君を見かねた紡祇君が、ティッシュ箱を彼の顔に投げつける。
あの塞いでいる手を外したら、ホラゲーみたいな絵面になっているんだろうなと思いつつ、放置して信世君とのお話を続ける。
「あ、でも、脳と心臓は再生が他の部位よりも遅いから、再生する前に死ぬからあんまり狙っちゃダメだよ。やるなら指が1番だね」
この世界に飛ばされる前に、アレと同じ『奇跡』を使う人と戦った事がある。
その時の『奇跡』は今よりも格段に凄まじく強かったので、心臓を引き抜いたり頭を引きちぎっても生きていた。
だけど、今のアレが使う『奇跡』はかなり弱体化されている。以前の使い手のような回復能力は期待出来ないので、殺人罪を被りたくなかったらそこを狙わない方が賢明だろう。
「ありがとう、感謝する」
そう言って持っていた包丁を洗って元の場所に戻す。
多分、僕がこれを言っていなかったら脳天に包丁が直撃していたのだろう。彼ならやりかねない。死なないと分かれば躊躇なく説教を交えてやりそうだ。
そういえば、信世君は料理をしていたはずだけど、なぜ包丁を仕舞ったのだろう。
信世君のおかげで少し震えが収まったのと同時に、鼻腔に焼いたお肉の芳ばしい香りが漂ってくる。
「あれ、信世君もうご飯出来上がったんだ」
「まぁな」
想像よりも格段に早い出来上がりに驚く。
料理を始めてからそこまで時間は経っていないはずなのに、もう既に上手く焼き上がったお肉の香りが台所に充満している。
その匂いに気付いたら紡祇君が台所まで歩いてくる。
翔流君は消毒液と使い捨てのタオルを3枚渡されて、完全に治った両目でしっかり見て落ち込んだ様子で床を拭いている。
「あ、もうご飯出来たの?」
「ああ。少しズルをしてしまったが出来たぞ。時間も遅いし、食うのは早い方が良いだろ」
ズルか……。普通に作れば数分でこんな熱々のハンバーグを綺麗に作る手段なんて無いはずだ。
普通なら。という事は多分__
「信世君、『奇跡』で良い感じに焼いたでしょ」
「よく分かったな。タネだけ作って『奇跡』で良い感じに焼いてもらった」
「すごっ。信世の『奇跡』ってそんな能力なんだ」
紡祇君が少し誤解してそうだけど、わざわざ説明する気も無いのでスルーする。
信世君の『奇跡』は割となんでも出来る能力だからね。口に出さないと発動しないから状況次第じゃ使いにくいけど、やれる事の幅広さならトップクラスなんだよなぁ。
基本何でも出来る人に、何でも出来る『奇跡』。あまりにも相性が良過ぎる組み合わせだ。
「駄弁ってないで料理運ぶぞ。紡祇はハンバーグ。俺はそうめん持っていく。シオンは箸とか細かいもん持って行ってくれ。きりるんは……大人しく椅子に座っていてくれ」
「「はーい」」「わかったのだっ!」
紡祇君と一緒に食器を運ぶ。翔流君がテーブルの近くで床掃除をしていて少し邪魔だったけど、順調にご飯を並べていく。きりるんだけはコケそうで危なっかしかったから大人しく座らせたのだろう。
一通り並べ終えて、仕方なく翔流君の分の皿と箸も用意する。信世君には「自分でさせとけ」と言われたけれど、流石に可哀想と思ったから……なんて事はなく、それで省いたら翔流君が面倒臭そうな事言いそうだったので仕方なくだ。
「翔流。床拭き終わったか?」
「勿論よ! 見ろよこの汚れ一つない」「さっさと席に座れ。飯が冷める」「へい……」
5人全員が席に座ったのを確認して信世君が手を合わせる。
それと一緒に全員で手を合わせる。
「それじゃ、飯食うぞ。頂きます」
「「「「頂きます」」」」
信世君って保護者みたいですよね。口下手なおとうさんみたい。




