第44話 ゲームでもしてお茶濁し
ただいま、紡祇宅。
「シオン。流石にしがみつかれると料理の邪魔だ。リビングでゲームでもしとけ」
「あ、ごめんなさい」
鋭い目付きやその言い方からして明らかに不快そうに言う信世君。
料理している人の足元にしがみついてた僕が悪いのはごもっともだけど、そんな言い方しなくて良いじゃないか。
優しくしてくれないその態度に内心イラっとしてしまったけど、感じるままに不遜な態度を取って良い相手ではないので大人しく引き下がってリビングに向かう。
今の僕じゃあ彼をどうにかする程の力は一切無い。
一応、体や魂を削って魔力を精製してその魔力で魔法を使うのも不可能じゃないけれど、それで信世君を殺して『奇跡』を取り戻した所で、どうせ紡祇君の時みたいに体の制御が効かなくなって自滅するオチは見えている。
というか、魔法を使っても今の体で使える範囲では彼に負ける可能性の方が高い。
彼、異常なまでに勘が鋭いからね。しかも、他人に危害を加える際にある筈の躊躇が全くと言って良い程無い。
不意打ちしても彼は予知していたかのように避けて何の躊躇いも無しに僕を殺すだろう。
多分、お兄ちゃんよりも勘は鋭いし、躊躇いの無さも同じくらいだ。正直言って怖い。
と、いう事なので僕は大人しく彼の言う事を聞くしかないのである。
彼に言われた通りに、リビングにとぼとぼ歩いて行く。
今の体は元の体より随分小さくなってしまっていて、普段よりも距離がちょっと遠く感じる。
普段の1.5倍くらいの歩数で歩いてリビングで家庭用ゲーム機をテレビに繋げている紡祇君の隣に座る。
「紡祇君、何してるの?」
「信世がご飯作るまでの暇つぶしー」
テレビの画面がゲーム画面に切り替わる。
起動したのは様々な作品のキャラクターが戦うゲームだ。
みんな(主に信世君)がよく泊まりに来るから、とりあえず買ってみた大人数で出来るゲームの内の一つだ。
紡祇君の友人の大半は、パーティゲームよりもこういう戦うゲームが得意な人が多い。その為、複数人で泊まる時は大抵このゲームをしている。
今回も、翔流君と信世君が泊まるから真っ先にこのゲームを起動したのだろう。
「シオンちゃんやってみる?」
「え、あ、うん。やる」
画面を見つめ過ぎたのだろう。紡祇君がコントローラーを手渡してくれる。
彼が誘ってくれるのはちょっと意外だった。
いや、彼がお泊りする人をハブるような無情な人間だと言いたい訳ではなくて。
数時間前まで体を乗っ取って勝手に友人にキスして挙句に想い人を殺そうとしていた人間相手を受け入れてくれている事に驚いた。
こんな散々やった人に優しく出来る人なんて存在しているのか。
目的の為とはいえ、大切な人を殺そうとした事に罪悪感で心が一杯だというのに。更に心が痛くなってしまう。
心がチクチクする。
ま、まぁ、スライムに意識を移す前に紡祇君とお話した時の感じからして、多分この子は体を乗っ取った直後の記憶は無いみたいだから、とてつもなく優しい訳じゃなくて、単に殺そうとしたのを知らなかっただけなのかも知れないけれど。
それはそれで罪悪感が…………。
自業自得な出来事に勝手に傷心しているのを悟られないようにしなきゃな。
「シオンちゃんどのキャラクター使う?」
「うーん……。じゃあ、この剣と魔法使う女の子にしようかな」
「じゃあボクはこの子にしよ〜っと」
紡祇君は可愛らしいピンク色の球を選択する。「じゃあ」とか言っているけど、この子は毎回このキャラクターを使っている。僕が何を使っていても選ぶキャラクターは変わらなかったと思う。
紡祇君はキャラクターを選択するのと即座にゲーム開始ボタンを押す。
操作説明とか無しのノータイム開始である。
「ところで、シオンちゃんってこのゲームのやり方知ってるの?」
「え、今聞くの?」
画面を見たまま今更過ぎる事を聞いて来る彼。そんなやり取りをしている間にゲーム画面に映ったバトルステージ上には、僕ら二人が選んだキャラクターが登場してバトル開始のゴングがなっていた。
「ちょっ、ちょっと待って。操作の確認だけして良い?」
「良いよ〜」
戦闘開始の合図がなったのに戦わずに練習とはなんとも悠長だ。実際の戦闘だったらやられてる。
まぁ、これはあくまでこれはゲームだ。実際の戦闘とは違う。
ジャンプや攻撃等の基本的な動作を一通り確認してみる。
操作方法やルール自体は、彼の記憶を覗いた時についでに勉強しておいたので、情報だけなら知っている。
ただし、当然の事ながら実践するのはこれが初めてなので操作が全くおぼつかない。
ボタンを押したのにゲーム画面に反映されるまで0.006秒位遅い気がする。ラグというやつだろうか。
その微妙な誤差が大きな違和感になって、同じ行動を二連続でしてしまったり、一回分余分に動いたり足らなかったりとおかしな動きをしてしまう。
反応速度が速すぎるのかな。
いつもは動きの早いお兄ちゃんに合わせたサポートをしていたから、その逆をやれば良いのだろうか。
ジャンプボタンを押して遅延がどれくらいあるかを確認する。
遅延の感覚は……やっぱりボタンを押してから動き始めるまでの秒数は0.006で合ってるみたいだ。
後は、それぞれの技の発動前と発動後のクールタイムを確認して……。
「よし、お待たせ」
互いに初期位置に戻ってアピールモーションを互いに一回挟んで戦闘開始する。
「おてわらかに〜」
戦い方は紡祇君の記憶にある信世君が実際にプレイしていた時の使い方を参考にしてやってみて、使いやすいやり方で慣らしていく。
紡祇君はあまりやり込んで無いからか、単純に戦闘自体に慣れていないのか隙が多い。
その大量に晒している隙を狙ってコンボを差し込んで……。
「うわぁ、信世と同じ動きしてる……」
少し引いた表情で必死に逃げようとする紡祇君が操作するピンク玉。
その逃げ方もあまり上手くない。知識としては頭の中に入っていたけど、実際に戦うとこんなにもやりやすいのか。
逃げながら攻撃する隙を探っているその動作にも隙が多い。お兄ちゃんみたいに言うなら守りが甘いって言うのかな。
制限時間10分なのに3分も立たずに終わってしまった。操作確認の時間を除いたら1分くらいか。
「すご、もう終わった……。シオンちゃん上手いんだね」
「紡祇君の記憶全部見てたからね。やり方だけなら知ってるよ」
紡祇君のおかげみたいに言ったけど、実際には紡祇君が見ていた信世君の動きを参考にしたんだけどね。
「すごいなぁ……。初めて触るのに信世みたいな動きしてた」
「俺の動き程度ならすぐ物に出来るのか。さすがは異世界人だな」
2人して褒めてくれるのは嬉しいけど、ずっとこっちを見たまま料理している信世が凄く気になる。手元狂ったら指チョンパじゃないか。
「異世界人とかあんまし関係ないでしょ。ていうか手元見て料理しなさい。指切っちゃうよ」
軽く叱ったのに、すまんすまんと反省の欠片もしてなさそうな態度で料理に専念する彼。
「いやでも、本当に凄いよ。信世ってかなり上手い方なのにすぐ同じ事出来ちゃってるじゃん」
「いやいや。信世君には敵わないよ」
コントローラーを置いて雑談に花を咲かせる紡祇君。
雑談したいのもあるのだろうけれど、彼としては信世以外で太刀打ち出来ない相手と何度も戦うのはしたくないから雑談に勤しんでるだけだろう。
実際、そういった場面は紡祇君の記憶で何度も見た。
「そんなことないよ〜。シオンちゃんなら信世と良い勝負が出来るよ! ねっ、信世!」
「おう、すまんが今作るのに集中してるから後で良いか」
「はーい」
事あるごとにイチャイチャしようとするんじゃない。翔流君がお菓子を棚に押し込みながら話して欲しそうにこっちを見ているじゃないか。
しかし、どうしてこうも信世を引き合いに出すのか。それは、彼の事が大好きだからと言うのも勿論あるのだろうけれど、それとは別に信世君はこのゲームが大層上手だからだ。
信世君のネットでの勝率は約99%。勝率60%もあればかなり良い方なのに、今、台所でプロの料理人みたいな手捌きでテレビの画面をよそ見しながら野菜を微塵切りにしているこの男は、ネット対戦すればほぼ勝てる化物みたいな人間だそうだ。
紡祇君が調べていたこのゲームの著名人を余裕で上回る勝率を安定して獲得している彼は一体何者なのだろうか。
ゲームのみに関わらず、それ以外の行動からも彼の異常さがよく分かる。
『奇跡』無しで鳥類の中でかなり速く動ける隼の速度を見極めて避けるあの動体視力と反応速度に判断能力。
汗だくになりながらもペースを少し落とした翔流君とギリギリ並走出来るスタミナと足の速さ。
身体能力だけじゃなくて、生物としての能力が全体的に普通の人よりもかなり秀でている。
ただ、その代わりと言ってはなんだが、コミュニケーション能力があまりにも欠落しすぎている。
単純に人との関わり方が下手なのもあるけれど、それ以前に信世君が色々見え過ぎていてそれが世の中の普通だと考えてしまっているのがあまりにも致命的だ。
自分が出来る事で大体の事はみんな出来る事だと思っている。
高校生にもなっても尚、その考え方が変わらず残っているのは、彼自身のコミュニケーション能力の低さのせいだろう。
普通は周りと関わりを持って、自分と他人を見比べて、属しているコミュニティの常識を獲得していく物のはずが、人と関わる事自体をほとんどしないせいで他人の価値観と自分の価値観の違いを認識出来なくなってしまっている。
コミュニケーション能力さえしっかりしていれば、この国ではかなり楽に生きれるだろうに。
まるで僕のお兄ちゃんの劣化版だ。
劣化版でしかないけど似ている。似ているだけで全部お兄ちゃんの方が凄いけど。




