第4話 ドーナッツ
05
「おっす、お待たせ」
「遅いよ。何してたのさ」
テーブルに戻ると、俺が出る前にあったドーナッツが2個から12個入りの箱三つに増えていた。
「また買ったのか。ってこれ全部ポンデリングかよ!?」
箱の中身は全てポンデリングだった。ストロベリーや黒糖が付いてるものは一つも入ってない。紡祇の好みドンピシャだ。
唯一、一箱だけ中身が違う物があったが、それもただのごみ箱になっているものだった。多分この空箱もポンデリングでいっぱいだったのだろう。三箱とも同じ匂いがする。全てプレーンのポンデリングだ。
紡祇はドーナッツと言えばポンデリング。砂糖まぶすくらいなら許すが他は許さない。ポンデリングの中に何か入れるようならば、ハラワタにポンデリングの粒を一つずつ詰めてソーセージのポンデリングを作ってやると言うくらいには、少しズレたポンデリング愛を持っている。
紡祇がポンデリング好きなのも知っているとは……。まぁ、好きだとは言っても36個も買ってくるのは機嫌が悪い時だけなので、そこ辺りは微妙に違う風に理解しているみたいだ。
「信世も食べる?」
「いや、俺は良い」
「そう?珍しいね」
「そうでもないだろ」
椅子に座って残しておいたジュースを飲み干す。氷が溶けてしまって味がかなり薄くなってしまっていた。また後で買いなしておこう。
「それで、誰からの電話だったの?」
「秘密だ。お前の誕生日サプライズの計画だからな」
「何も秘密になってないけど!?本人の目の前なんですけど!」
そもそも紡祇の誕生日は9月。
誕生日サプライズの計画自体はするつもりだが、まずは紡祇の安全を確保してコイツをどうにかしてからだ。
「まぁ、そんなに言いたくないなら無理に聞き出さないけどさ」
不服そうな顔をしてまた一つドーナッツの箱を開封する。
おかしいな、さっき二箱丸々あったはずなんだが。いつのまにか一箱分個食べている。
ラーメンとクレープ、ドーナッツ三箱。こんな小さな体なのによく入るものだ。
「ところで話が変わるが、俺ちょっと用事が出来たから一旦帰るよ」
前置きやら言い訳を作ったりして時間かけるのは時間の無駄だ。さっさと適当に理由付けて出て行こう。
「えっ、なんでよ!?今日色んな所見ていくって言ったじゃん!水着だって買いに行くって!!」
さすがに雑過ぎる理由だったか。袖を引っ張って引き留めようとしてくる。
「あぁ、すまない。約束してたのにごめんな」
「いやだって……だって……」
往生際の悪い奴だ。鬱陶しい。
腕を払い除けて出ていく支度をする。
「じゃあ、俺は先に行ってくるよ。また今度、遊びに行こうぜ」
呆然と立っている紡祇の偽物をその場に置いて、彼が出したドーナッツの箱やクレープの包み紙をついでにまとめて近場のゴミ箱に捨てる。
ここで油売ってる訳にはいかないんだ。ゴミ程度なら捨てて帰るがここで長話をする気は一片もない。紡祇にならともかくコイツは別人だ。ただの他人でしかない。
何故かこうも、食べ物の好みや、キャラの好みや、歩き方や、話し方や、話題の作り方や、他人との距離感や、手の握り方や、スマホの中のアプリの配置やご飯の食べ方や話す合間の呼吸の入れ方や意識の移り方や視線の変わり方や無理した笑顔の作り方が同じでも。
こうやって泣きそうな時に両手に握りこぶしを作って爪跡が付くくらいに力を入れて、とっくに涙なんて出てるのに泣きそうなのを我慢して声を押し殺して、溢れ出る涙を必死に落とさないように目を擦る所も。そっくりだ。
それでも彼は紡祇じゃない。フィクションじゃないんだ。普通に考えて見た目が全く違うのは別人だ。
「おかしいよ」
「そうか。それじゃあな」
「おかしいよ。しんや」
「おかしいかもな。それじゃ」
「おかしいよ!」
モール内に自称紡祇の声が響く。見た目がかなりの美少女で当然声も一級品。このよく通る声でこの声量ならフードコート以外にも近場の店にも届いてるだろう。
置いて行かれてすすり泣いている自称紡祇に周りの目が集まる。
「なにあれ痴話喧嘩?」「うわっあの子可愛い」「泣いてるよあの子」「かわいそー」「彼氏最低かよ」「ここでするなよ」ひそひそひそひそひそひそ
見た目も声も目立つ女の子が
周りが何しようとも何を言おうとも俺には関係が無い。俺はコイツに構う気はない。構う必要がない。
ゴミをさっさと捨てて彼を置き去りにしてモールから出ようとする。すれ違いざまにすすり泣く彼の元に駆け寄る男数名を無視して。
「大丈夫?」
見知らぬ男達が落ち着かせようと下心も含めて善意から、抱き寄せようと手を出そうとする。
「こ、こないで」
だが彼は逃げるように距離を取る。
「しんや」
怯えている。まるで紡祇のように。ナンパされて震えて何も言えずに俺を見ていたあの時のように怯えて助けを求めるように俺を見ている。
中学生の頃、クラスや先輩達に言い寄られて囲まれて関わりもない女達に陰口を言われて人目から隠れて過ごしていた時のように怯えて助けを求めるように俺を見ている。
虐められて校舎の影で蹴られて泥だらけにされて罵倒されて逃げ出したくて怯えて助けを求めるように俺を見ている。
あの時のようにあの目はずっと俺を見ている。
「しんや」
ずっと俺を見ている。
「しんや」
ずっと俺を見つめている。
「しんや」
俺を見つめて「ああもう!」
「はいはい、そこどいてそこどいて」
近寄った男達を引きはがして抱き寄せる。自分から手を広げてくれてたおかげで周りの男達も邪魔しなかったのはありがたい。
くそっ、こういう手を広げる動作も紡祇と同じなんだよな
想像以上に軽かったからついでに抱きかかえる。つまりはお姫様抱っこだ。。
「場所を変えようか」
「はぁい」
声はまだ震えているが涙まみれの笑顔で返事して俺の胸元に顔をうずめてくる。
「抱っこしたままで良いか?」
「うん。このままでいいよ」
周りからの目が痛くてウニにされた気分だ。一種の刑罰に出来るかもしれん。
涙で顔がぐしゃぐしゃになっているけども、なんとも幸せそうな顔だ。抱っこされただけで、ここまで幸せそうに出来るのなんて紡祇くらいしか知らない。紡祇以外を知らない。
本当に……本当に紡祇なのだろうか。
まぁ、それと一緒に紡祇の安否を確かめるためにコイツを置いて紡祇の家に行くはずだったんだがな。
心の隅っこではこの子は紡祇なんじゃないか、とはずっと思っていた。フィクションのように、朝起きたら美少女になって人生一変バラ色の人生になりますよとか言うご都合主義の創作だと思っていた。だけどもそんなのはフィクションの世界でしか起きえない事だとも思っている。当たり前だ。この世界はノンフィクションだぞ。現実を見ろ。
だけど……一度信じてみようか。頑固になるのも良くない。
それに、紡祇の家に行けば翔流が先に到着しているはずだ。もしコイツが何か企んでいたとしても、俺一人よりかは何か起きてもなんとかなるだろう。
「なぁ、紡祇」
「なぁに」
「本当に紡祇なんだよな」
「最初から言ってるじゃん。ボクは紡祇だよ」
「じゃあ、今からお前の家に行っても良いな?」
「良いけど……用事はどうしたの?」
そういやそういう設定で行こうとしていたな。
「別に良いさ。今日はお前の家で遊ぼう」
「やった~」
「買い物はまた今度裕太と一緒に行こう」
「らじゃ!」
行先は決まった。距離はそこそこあるがまぁ、雑談しながらなら暇にはならないだろう。計画とは全く違う結果にはなったがこうなっては仕方ない。このまま行くとしよう。
…………ところで、俺はお姫様抱っこしたまま20分かけて紡祇の家に行くのだろうか。
残ったドーナッツ一箱はスタッフが美味しくいただきました。